3章 3.僕は連弾攻撃で、思考停止する。

「お兄ちゃ~ん、布屋さんがいっぱいだねー! すごーーい!!」


 ちょっと早めに着いた僕たちは日暮里駅前を少し散策していた。


 目の前で目を輝かせてはしゃぐ妹を見ると僕はなんだか不安と申し訳なさしかない。

 本当にこの妹に任せてしまって良かったのだろうか。……僕は心底情けない奴だと思う。

 

「由衣、兄ちゃんはばれないように後から店に行くからさ。先に行っててくれ」

「うん!」


 日暮里駅中に最近オープンした比較的新しいダリーズコーヒーへ向かう由衣の小さくなる後ろ姿を見つめる。

 由衣は今日、少し大きめな白のプリントTシャツをデニムのショートパンツにインしてスポーティーな靴下とスニーカーを履き、小さめな淡いイエローのショルダーバッグを背負っている。そしてそのふんわりと揺れるボブカットの頭にはモノトーンのドットがあしらわれた大き目なリボンが付いたヘアバンドをしている。見るからに元気いっぱいな女子高校生と言った感じだ。


 今日初めて会う二人の服装をメールで事前に教えてもらい、由衣には伝えてある。なんせ皆初対面だから、誰が誰だか分からないはずだから。


 僕はというと、相変わらずな目にかかった真っ黒な髪にグレーのキャップを深く被り、とにかく目立たないように黒のTシャツにカーキのチノパンという、どこでも溶け込めそうな恰好をしている。

 ……どんな格好しても影が薄い事には変わりないけど。


 編集者の田中さんはベージュのジャケットにデニムと、ラフな格好をしているそうだ。うん、僕的に編集者さんってそんなイメージだ。

 そして『ゲイのおっさん』は黒のスーツに眼鏡だそうだ。黒のスーツって……、営業職ではなさそうだよな……。冠婚葬祭の関係者か……?


「どんな人なんだろう……」

 

 僕は重たくなる足を感じつつ、今から出会う、いや、近くから見ることになるであろう『ゲイのおっさん』に胸を焦がす……ではなく、思いを馳せていく。


 日暮里駅に足を踏み入れる。そこに見えてくるは、今日の戦地『ダリーズコーヒー』だ。


 由衣はもう既に中へいるのだろう。なるべくなら皆の会話を聞きたい。少しでも声が届きそうな場所の席が空いてるといいけどな……。


 そして僕はついに戦地へ足を踏み入れる。


 自動ドアが開いた。


「いらっしゃいませ~!」


 女性店員の明るく元気な声と共に、それなりに賑わっている店内をさりげなく見わたすと、由衣と向きあってる無駄に姿勢が良い黒スーツの男性の顔が瞬時に目に入る。髪型は……見覚えのあるオールバックだ。


 ……ちょっと待ってくれ。今見たのは一瞬だ。僕の気のせいかもしれない。そうだ、きっと思い違いだ。


 もう一度確認する。ちらりと。


「うわっ!」


 ……目が合ってしまった!!


 思わずあからさまに顔を背けてしまった……!


 ……見間違いではなかった。

 あの人は、間違いなく『』のマネージャーである水戸さんだ……。


 え?え? なんでここにいるの……?

 もしかしてまさか水戸さんが『ゲイのおっさん』……?

 おいおいおいおいおいおいおい、ちょ、ちょっと待ってくれ。落ち着け、落ち着くんだ、隆斗りゅうと……!!


 挙動不審になっている僕を若干引き気味に微笑みながら見つめる女性店員の前で大きく深呼吸をする。


 僕ってばれたか!? いや、ばれても……問題はないはずだ。由衣の兄とは知られてはいない。僕はたまたまこの日に、日暮里駅のカフェにふらーっと立ち寄ったただの男子高校生だ。

 ……いや、どこのリア充男子高校生だよ、休日に一人カフェって。僕と正反対すぎるだろ……!


 ……というか水戸さんってゲイなわけ? 僕はずっと水戸さんとあんなに楽しくメールしてたってこと? あんなクールな水戸さんの本性がアレなの? どこからシナプス繋げたらいいわけ? 想像以上な戦地過ぎない? もう思考を放棄してもいい……?


 半分思考放棄しながら、飲み物を注文しようとどうにかふらふらとレジへ進む。

 頭がミラクルハイパーパニックになっていたが、注文を待つひきつりお姉さんの前でしどろもどろになりつつ、どうにか体に良さそうなフレッシュオレンジジュースを注文した。


「いらっしゃいませ~!」


 そこでまた店内に、ひきつりにこにこお姉さんの明るい声が響く。


 僕は入店してきた女子を見た瞬間、放棄どころか完全に思考が停止した。


 それは世にも奇妙な恰好をした『最上まこ』だった。

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