1章 7.私は車内で、暴露する。

 震えている。明らかに奴は震えている。それもそうだろう。ほぼ拉致ってきたみたいなもんだからな。


「な、何が起こってる、ん、です、か……」


 明らかに言動能力も低下している。血糖値も落ちているのか顔も青白い。そんな奴とマネージャー水戸と私と3人で近くの駐車場に停止中の車内に居座っている。そしてこの変な空気と共にここは静まり返っている。


 そんな後部座席の私の隣でずっと下を向き、縮こまり頭を抱え、小刻みに震えている同じクラスメイト『立石隆斗』を私は今眺めている。はっきり言ってもいいなら、クラスの中でもだいぶ影の薄い根暗そうな奴だ。あ、はっきり言いすぎた、すまん。


 ここでも顔と名前を一発で覚えると言う私の特殊能力が発揮されるわけだ。奴は友人もいないのではなかろうか。まー私も人のこと言えないけどな。


 言い訳がましいが、私はあえて作っていないのだ。友人なんて作ってみろ、この素がぽろっと出てアイドル業は一貫の終わりだ。何度でも言おう、そのために友人を敢えて作っていないのだ。敢えてだ、あえて。


「おい、顔を上げろ」

「だ、だれの声、で、すか……」

「私に決まってるだろ。最上さいじょうまこだ」

「うわああああああああ!!」


 駄目だ、錯乱状態だ。増々体を縮こませ、絶対こっちを振り向かないつもりだな。やっぱり土曜日見たな、このを。


 立石よ、受け止めろ、これは現実だ。


 アイドルや美人に憧れを持つのはいい。だが、私のような奴もいるってことだ。アイドルを始め、アニメや漫画、ライトノベルの虚像全てを信じたら終わりだ。現実をしっかり見るんだ、立石。誰もがアイドルと『僕』だけがお近づきなれて『僕の癒しアイドルがこんな天使なわけがない』な、キュンキュンドタバタラブコメディといくわけではない。現実は『僕の癒しアイドルがこんなおっさんなわけがない』だろう。

 

 もしキュンキュンアイドルとお近づきになれるそんな奴がほんとにいるとすれば、300円の宝くじ1枚で前後賞合わせて3億円当てるみたいなものだ。現実を見ろ立石。地に足を付けてしっかり現実を生きろ……と言いたいところだが、流石にここまで地獄に落とすようなことはやめよう。私はそのおかげで仕事が出来ているからな。そしてなんていったって私は『大天使ミカエル』だからだ。


「そんな風にあおってばかりでは無理かと」


 私の心の声をまるで聞いたかのように水戸が運転席から投げかけてきた。


「だが、どうすりゃいいんだよ」

「1から順に話をする必要があるかと」

「は~1からか~。めんどいな」

「仕方ありません。これはあなたの仕事に関わりますよ」


 メガネをくいっと上げた水戸から鋭い視線を送られる。その視線に私は深いため息をつき立石に向き直った。


「……なぁ、立石、土曜日あの橋で私を見ただろう? いや、聞いただろう? まーあれだ、色々仕事であるわけだ。要するに私の素はこれだ。仕事のために全てを偽りで固めている。金のためにな」

「簡潔過ぎませんか」


 水戸からまた突っ込まれるが、これをどう説明しろっていうんだ。横で小動物のごとくがたがたと震えている奴に今何を言ってもどうせ半分も覚えていられないだろう。


「……偽り? 金……?」


 お、返してきた。


「そうだ。まーこちらも色々事情があるわけだ。だから言わないでくれ。このをな」

「……わ、分かりました」


 やけに素直だな。冷静さを取り戻したのか?


「まーよろしく頼む!」


 同時に立石の肩を勢いよく叩いた途端、体をびくっとさせ、顔をタコのごとく真っ赤にした奴は顔をやっと上げた。私を初めてそろっと見たかと思うと、奴はさっと青ざめ、まるで怯えたうさぎのようになった。


「は、はい……」

「敬語使うなよ、同じクラスメイトだろ」

「は、はい……」


 だめだこりゃ。その後立石を自宅の家まで送り届け、近くの塀にぶつかりながらもふらふらと帰宅する奴を車の窓から見送る。


「あいつ、大丈夫か……?」

「ではないでしょうね」

「……やはりか。様子を見ていくしかないな」


 これは彼と私の『秘密』の始まりだった。



 ……と言えばちょっとはロマンチックかもな。

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