二章序 それで、じゃあズボンにすればいいんじゃないかと言うと七瀬さんは夏に蒸れるからいやだと言い……(下)

「あー七瀬先輩?」滝が質問する。「で、これ、どうやって避けるんですか。」

「逃げる。」

「いや逃げない場合なんですけれども。」

「逃げる一択。」

「いや……その……。」

「いや、ホントだよ。基本この時代以降の自立誘導ミサイルは確実に避けたいなら推力切れを狙うぐらいしか避けようがない。」

「あ、やっぱ映画とかで急旋回で避けるなんて無理ですか……。」

「本当に本当の直前で祈るならともかく、中途半端な距離でやってもミサイルから見れば着弾予測をちょっと手前に修正すればいいだけの問題だしね。」

「え?なんかジャマーで妨害ばら撒いて回避するんじゃあ?」

風間さんが話に割り込むも、七瀬はそれを否定する。

「妨害受けたら妨害電波を追うようになってるよ。この世代のなら。」

二人のちょっとした落胆を見て頃合いかなと思った七瀬は「まーでも、一応頼りないけど、定石があるけどね。」と言って講義を進める用意に入った。七瀬は真道寺に実演のお願いをして彼と芽衣子の位置を最初期の正対の位置に戻した。

「じゃあ、一応それをやってみるけど、二人はこれと同時に見て。」

 七瀬が二人の前に映像を出す。真道寺の機体を真上から見た視点、そこにレーダー警報装置の受信方向データの表示が追加されている。

 それを見せながら七瀬はミサイル関係の演算をリアルから少々シューティング寄りのモードに持っていき、時間を動かした。

『撃ったわよ。どうぞ。』

『インスト、ビーミングレフト。』

 真道寺はその場で90度向きを変えて降下する。風間さんと滝が見るとミサイルのレーダー照射は真横から来ていた。

(あれ?この赤い部分?)

 よく見ると1度あるかないかの範囲が赤く塗られている。どうやらその角度の先にミサイルが居るように飛んでいるらしい。

 ミサイルは途中で唐突に誘導を止め、そのまま外れた。

「これは……?」

「ビーム軌道。」七瀬はそれが決まった瞬間の2機の位置を示しながら続けた。

「さて、ちょっと質問だよ。ミサイルや戦闘機もレーダー出すけど、それを地面に向けて出したら何が映ると思う?」

「山?」と答えた風間は正解で、伝統的なクソゲーの購入権の権利を口約束でもらった。

「そう、低空を飛んでいたり、見下ろしていた場合、レーダーは地面からの反射も拾ってしまうの。だから、特殊な処理を施して、それをフィルタリングする。」

「特殊な処理って?」

「動かないものは除外する。」つまり、自分の機体の速度分しか動かないものは地面や鳥だとして除外するのだと説明された。

「だからそれを逆に利用して、さっきみたいに相手のレーダーに対して90度の角度で飛べばレーダーのフィルターに入ってロックが外れるって訳。」真道寺がそう説明する。

「尤も、あくまでこれは「理屈上では」って話だけどね。」芽衣子も解説に加わる。「その狭い隙間に亜音速で飛び込むなんて相当シビアな角度を要求されるし、飛び込んだとしても、ミサイルや戦闘機がちょっと角度を変えるだけでその「死角」の条件は変わるから本来ならさっきのミサイルに再補足される。ミサイルの自立誘導が始まった時にやったら近距離で側面晒してる事になるからフィルター切られたらただバカでかいレーダー反射を返してしまうから却って逆効果、などなど。まあ、無いよりはましな代物よ。」

「つまりは、気休めって事ですか。」そうだね。やっぱり、逃げるのが一番。と七瀬は答えた。

 で、それで、と続きを言いながら移動する七瀬に風間は「あ……」と言って止めようとして、その後の「そこ、真道寺先輩……」と言い終えたときには既に風間が予測した最悪の事態へ発展した後だった。

 ん?と下を向いた七瀬は丁度股の間あたりを起点に「INST」の表示が出ていることに気付いた。

「……な……。」

 ななななな!と絶叫してその場から三歩退いた七瀬はぎっと真道寺を睨むと「見たな!見たね!よくも見たね!」と絶叫。

『「プレイエリアの外」大丈夫だよ七瀬!「プレイエリアの外」』

『それがどうした!』点にしか見えない相手に七瀬は真っ赤に死ながら指を指して怒りをぶつける。「女の子の絶対領域だよ!そんなところを虫みたいにフラフラ飛んで……。」

『この位置で演算停止したの七瀬だよね。』

そう言われて七瀬は返す言葉がない。しかし、怒りと羞恥の反応でここまで来た七瀬はそのまま急に止まれず怒りのまま更なる大破進軍に踏み出してしまった。

「今日のパンツは着るもの無くて中学の時のくまさんパンツだったんだよ!どうしてくれるのさ!!それを覗くなんて……」言いながら七瀬は自分が墓穴を掘っていることに気づいた。自爆である。子供向けのパンツにVRゲー反映対応の下着など有る筈がない。それに気づいた七瀬は顔を真っ赤にしたままログアウトした。それから続いて真道寺が強制ログアウトした。

 嫌な予感がして部室のカメラを呼び出した風間さんはカメラの使用権限を手に入れ、見回す。VRゲー必須のフルダイブ中に痴漢や殺人鬼の襲撃を防止する必須アイテムだ。現実世界ではいつの間にか簡易パワードスーツを着こんでいた七瀬が真道寺を接触と振動……正確にはプロレス技めいた暴力……で叩き起こしている最中だった。

「痛い痛い痛い!」

「なんてことしてくれたん?……パンツ柄大公開じゃないか!」

「ぼ、僕が悪いのかな?」

「ギルティ―!!」七瀬の怒りは止まらない。

「こうなったら……」聞く耳を持たない七瀬は処刑道具を真道寺を引きずりながら取りに行く。主文、即刻死刑になると思います。カバンの中から出てきたのはデスソースだった。

「七瀬、落ち着こう!まずは落ち着こう!」

「口を開けろ真道寺!死刑だ!」

「これは死ぬ方の「死刑」じゃなくて勝手な制裁の方の「私刑」じゃないかな?」

 うるさい!の声と共にペットボトルを改造した漏斗が口にぶちこまれる。そこにデスソースを流し込む。

「飲め……。」

 ごくり、と音がした。

 そして物の数秒後、胃のひりつく感覚を訴え始める真道寺。七瀬はパワードスーツを使いこなし暫く抑えた後、「さいしょはグー!」と唱えて一発腹パンしてから真道寺を解放する。トイレに駆け込む真道寺。それを呆然と眺める風間さんと、それを笑う滝。風間さんは滝に止めといたほうがいいよと止めるもすでに遅し。数秒後、前触れなく接触ロストと表示されて滝は消え失せた。そして、どん、という衝撃がして、風間さんも強制にログアウトした。急に虚構の世界から引き戻されたせいで酷いVR酔いがしたが、その中でどうにか三半規管の感覚のずれを取り戻して振り返ると、振り返った向こう側では七瀬が滝を真道寺と同様に羽交い絞めにしてデスソースを飲ませようとしているところだった。

「やめてー僕は無罪だ!」

「喜べ!横で聞いて笑っていたお前もセクハラの共犯者だ!」

 そして流れるようにデスソースが流し込まれる。勿論飲み込んだ滝は狼狽する。そして、絶叫してトイレに消えていく。

「あ……」

 二名をトイレ送り込んだ七瀬の後ろ姿に自分もああなるのかという恐怖で立ち尽く風間さんだったが、振り返る七瀬は「ごっめーん。」と舌を出して笑って来た。それでも警戒心を解かない風間さん。七瀬は笑いながら「安心して。この最終兵器を使うのはあーゆー盛ったオス相手だけだからさ。ね。」と言った。

 は、はい。しか返せない風間さんにVRゴーグルを渡しながら「風間は気にしなくてもいいよ。」とウィンクする。

「風間なら火の中、草の中、プレイエリアの内、どこにに入ろうが目に飛び込まれようが痛くないから。」

 ね。と遠からず自分が落とされるであろうその瞳を見ながら風間さんが出来る事は、どうぞお手柔らかにと祈るしかなかった。


 ちなみに被害者二人は一時間後、トイレで気絶しているところを発見されたという。

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