第2話 風間さんと初めての空【2】
芽衣子は黙って後ろを振り向き、その一部始終を見ていた。
あきらかに急な旋回とそれに続く「わー」という風間さんの声、それから風間さんの機体はくるくると回転しながらあまり高く無い空から落下していく。
そのまま風間さんは低い空から地面に真っ逆さまに墜落、という時に地面は風間さんの機体を受け止めて薄いゴム膜を背後から引っ張ったように陥没して巨大な飛行機型の穴を作り、それから元に戻ろうとして「ぼよーん」という音がしそうな勢いで深い穴から風間さんの機体を打ち出した。
「うん、予想通りね。」
打ち出された機体を七瀬が安定させるのを見ると芽衣子はそう言った。だねーという七瀬の声の後ろで風間さんは「ふへー」と気の抜け切ったような声を上げた。七瀬が前を覗いてみると風間さんは完全に魂が抜けた抜け殻のように真っ白になっていた。
「どう?もう一回やる?」
もういいです。と風間さんは返答した。それを聞いた芽衣子はブリーフィングルームに全員を移動させた。
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移動先は教室だった。
それはいい。問題は服装だ。秒で違和感に気づいた風間さんには思い当たるものあった。水色の服、黄色い帽子これは、つまりは……。
「よ……よ……」
「幼稚園のスモックだね。」答えを渋る風間さんの代わりに七瀬が笑いながら回答を言った。
「そりゃあ、一年生ですらないからね。」芽衣子はフライトスーツの姿で黒板の前に立った。そういえば周りの景色も幼稚園風だ。教室の壁にはクレヨンで書いたチューリップや太陽が見えた。
「うう……」
なんだけ気恥ずかしい気分になった風間さんは顔を真っ赤にして頭を抱えて、促されるまま机に座った。
自信満々で操縦桿を引いた先程までの自分が恥ずかしい。と思うと同時に。なんであんなことになったんだろうかと頭を抱えた。
確かに最初は順調に旋回した。それからスティックを横に倒し過ぎた訳でもないのに異様な横転をして、それを補おうと必死に操縦桿を動かしたのに全く機体が言うことを聞かなかった。
「さて、飛行機は魔法での浮遊とかと違って、翼を流れる空気の気圧差を利用して飛んでいるの。」
「もし急激な軌道や速度の低下で翼を流れる空気が十分な気圧差を生み出せなかった場合、翼から空気が剥がれ落ちる。それを「失速」といって」
「さて、風間さん?貴女はさっき私についてこようとしてどんなふうに操縦桿を動かしました?」
「ええと、操縦桿を思いっきり引きました。」
「うん。それが原因。」
純粋な技量の低さが原因と分かって風間さんは再び机にうつむいた。頭の中にはああ、どうしてあんなに急に引いちゃったんだろうか、他のゲームでも理由は違うが普通急な操作は禁忌なのに。という後悔が頭の中を駆け巡った。それから気を取り直して、じゃあ、どうするんですか?どうやって覚えるんですか?聞いた。すると、予想外の答えが返ってきた。
「風と相談するのよ。」
「は……?」
意味不明としか言いような答えに風間さんは一瞬呆気にとられた後、滝の方に視線を向けた。それを見て七瀬は「つまり、理屈だけじゃあないって事。」とフォローを入れる。
「飛行機が失速する時って、翼が空気から剥がれ落ちる兆候があるの。」
それは?という問いに七瀬は「あのさっきの翼がガタガタするやつ。」と答えた。
「それと、操縦桿はぐっと全部引く必要はないの。」「必要な分だけ、ほんの少しだけ引く感じかな。」
「必要な分を、か。」
「そうそう、初めてデートで女の子を……」
真道寺はそれ以上言うことはできなかった。芽衣子が明らかに実世界では出せないような強力な一撃でマップ外に吹き飛ばしたからだ。
「おー久々に見た気がする。メイコパンチ……。」
「勝手に名前を付けない……。」
勝手な技名の命名に芽衣子はそう突っ込み終わると風間と滝にさて。じゃあ今のを踏まえて飛んでみなさい。と告げて元に戻ろうとする。質問はない?という問いに風間さんはこんな事を聞いた。
「これ、覚えるまでの時間ってどれくらいですか。」
芽衣子は答える。
「覚えるまで、よ。」
つまり人それぞれという意味だ。風間さんはそのトートロジーを回答されて少しだけ心が折れそうになった。
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「じゃあ、ゆーっくりと、そーっとね。引いてみて。ロールも同じでいいよ。」
再び機上に戻って練習が再開される。二度目の旋回は七瀬の言葉を信じて操縦桿をゆっくりと引く。胸元まで一気にではなくほんの数センチ右手前に捻ると機体はゆっくりと旋回を始めた。
「すぐにロールを……横方向を戻して。」
戻す。ほんの少し傾いた機体はゆっくりと芽衣子の機体を追って旋回する。
「そう、こんな感じ。スティックは乱暴に動かしちゃダメ。いい?」
ハイ、ワカリマシタ、と完全に緊張した声で返事をした。後ろで七瀬が過去の自分もこうだったなとにやにや笑いながら同期するスティックに力を添える。
だが、この日は結局それでも不用意に操縦桿を動かしてしまうことが連続し、全くと言っていい程まともに飛ぶことが出来なかった。
変わったのは二日目だ。一晩寝て頭が冷えたのか。風間さんは風と相談するのがとてつもなく上手になっていた。
「すごいねー昨日と別人みたいだ。どうしたの?」
別に特に。という風間さんの横で、無線越しに滝の大あくびが聞こえた。
「どうした?滝?」
「……誰かさんの自主練に夜遅くまで付き合わされて……。」
それを聞いた七瀬ははーん、成程。とわざとらしく納得したリアクションを取る。風間さんは視線を感じると「何もしていません。」との否定が入った。
それからまた練習に入る。ゆっくりとした角度で旋回。風間さんは、ふらつきながらも追従した。
「……ほう?」感心した芽衣子はもう少し、旋回半径を縮めて曲がる。風間さんは、やはりふらつきながらもついてきた。
「なかなかじゃない。特訓の成果があったようね。」風間さんの変容について、芽衣子は素直に褒めた。
こうして滝のあくびの数だけ、ぎこちないながらも風間さんと(ついでに滝)は繊細な操縦を少しづつ身に着けていった。離着陸を覚え、高度計を見ながら高度を変更する。
それにしても早い。と思った。七瀬は翌日、風間さんの呑み込みの速さの秘訣を先に部室に現れた滝に聞いた。
「ああ、風間の事ですか?」滝は別に驚きもしないで淡々と答えた。「あいつ、中学生の時からずっとゲームに文字通り入り浸りっぱなしなんです。」
だから、飲み込みの速さの秘訣っていうより、体が新しい事の覚え方を知っているじゃないですか。そう答えた。
それでも妙に引っかかる、その熱意はどこから来たんだろう。それを聞くと。先日の体験入部で感銘を受けたという話を滝がした。
まだ何か足りない気がしたが、それ以上考えても仕方がないし意味もないと思った七瀬は、まあ、今の時代、珍しくないよね。と返してその日の準備を始めた。
ちなみに、この日までの間に芽衣子から真道寺への渾身のパンチは7回に及んでいだがそれはどうでもいいことであった。
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