第4話 風間さんとお砂糖の菩薩様【2】

JG109公開サーバー「エアラウンドバトル」共産陣営側フリースペース


 翻訳ソフトウェア「バベル・フィッシュ」が書物……相手の指定した言語……を閉じ、脳から出るのテレパシーを食べ終わるアニメ……ニューラルパターンの読み込みが終わり、会話が可能になったということだ……を終えるのを待って、古い軍服を着た少女は喋り始めた。

「ええと、お話、分かりますか?」

「うん。大丈夫……かな?」

 それから、風間さんは名乗った。風間 千秋です。最近始めたばかりで戦い慣れてなくて、助けてくれてありがとう。

「大丈夫です。ここでの初出撃だったんでしょ。なら、生きて帰って来ただけでも十分ですよ。」

 ありがとうと風間さんは謝意を述べる。今度は相手の番だ。

「イルゼ・ルイーゼ・ツァフェルトと申します。長いのでイルゼ、とお呼びください。」

「うん、よろしくね。イルゼちゃん。」

 そう言って風間は挨拶して手を出した。握手した手は明らかに自分より大きい。

(うわ……すごいなあ……)

風間さんは改めて目の前の軍服の少女と向き合う。改めてみると色々凄い。白銀のような銀髪、仮想空間用の調整を行った形跡の無い身体は要所要所を中学の終わりまでに成長ポイントを割り当て尽くされている。それでいて、美しい均衡を保っている。絵にかいたような美少女だ。

「どうか、しました?」

「ああ、いやあ。」初対面でグラスマスですねと言う訳にもいかない風間さんは代わりに何か言おうと目を左右に向けて。それから適当な話題を引っ張り出してきた。

「その服のデータ、どこかの既製品?」

 ああ、これですか?とイルゼは笑って言った。何でも彼女の祖母の制服をスキャンして忠実に再現したものだという。なんでも空軍士官の服らしい。

「へえ、おばあちゃん、パイロットだったんだ。」

 いつの、と風間さんが聞くと春戦争より遥かに前、冷戦の時代の終わりらしい。軍服についている国旗を見れば、それが今はないも国のモノだと判る。

「ええ、素敵なおばあちゃんです。」

 何でも、その祖母が戦闘機乗りだった事に影響されてこのサーバーの運営母体である仮想飛行隊来ることとなったらしい。

「おばあちゃんに影響を受けたんだ……。」

 彼女は首肯する。何でも、祖母がパイロットをやっていたという事を聞かされてこの道に入ったらしい。祖母が見た空と同じものを見てみたいというのが目標だとか。

 その話を聞いても、風間さんはその真理がありありと浮かんでくる、という事はなかった。身近に戦闘機乗りのいる感覚という未知の体験を想像することが出来ない。だが、その祖母の服に袖を通すのはやはりその祖母を尊敬しているという事なんだろうという事は分かった。その事を聞くと嬉しげにイルゼは祖母の話をし始めた。

「……それは、もうどうやって空を飛んでいたということは教えても、その方法は教えてくれなかったんですもの。ずーっと秘密にされて否応なしに気になってしまいまして。」

 話が長くなったのを察して、コーヒーをカップ二つ呼び出して、片方を風間さんに渡す。味覚データを取った豆はそれなりにいいものらしい。

「ある日、古いタンスからこの服を見つけて、それでもう隠しようがないとなってそこから空の飛び方を教わったんです。」

 言いながらイルゼは砂糖の入った壺からお砂糖を取り出すと、それを次から次へとカップに投入する。キリストの奇跡の如き尽きる事のないお砂糖がミルクと共に投入されていく。

「戦闘服も機体も、全部可能な限りお揃いにして、少しでも祖母が感じた風、祖母が飛んだ時に見た空と同じ空を見ようと……。」

 明らかにかき混ぜるスプーンの底からジョリジョリという音が聞こえてくる。すでに飽和量に達しているのは言うまでもない。

「ねえ、その、非常に失礼かも知れないけれど」

 風間さんは口にすべき事とそうでない事の区別が付く人だが、敢えて手を挙げて発言を止めて、言うべきことを言った。

「お砂糖、まだ、入れるの?」

次の瞬間、その絶え間のない砂糖を入れる手が止まった。

「風間さん?」

 ちょっと強めの声ですっと身を乗り出してくる。ぐっと迫力のある顔と肉付きの良い身体が風間さんに突き出されて椅子ごと風間さんは後ろに引こうとするも失敗した。

「心配してくれるのは大変ありがたいです。ですが、知ってます?フルダイブVRが出来てから、三大成人病と家庭内暴力、性犯罪は大幅に減少したのは知っていますか?」

「みんなストレスの発散方法が少ないから現実世界で様々な問題を起こすんです。こおうやってうまく逃げれる虚構があれば、みんな実世界で自分を労わる余力が生まれるんです。」

 大波が引くようにイルゼは椅子に収まった。

「かく言う私も、実世界では一日お砂糖二つまでと決めております。御心配なさらず。」

コーヒーを口に運ぶ彼女を見て、風間さんはそれ以上このことを追求することを止めた。

先程身を乗り出して迫って来た時にものすごい圧を感じたからだ。多分。彼女も嘘をついていないと思ったのも一因だが、これ以上踏み込むと多分本気で怒らせてしまうような気がしてそうしたのだ。

 風間さんはお口直しに自分の最近の身の上話を交える。どうして飛行部に入ったか。取り敢えず最低限の火器の仕様だけは覚えた。ということ。

「ということは、初めてですか。」

「でも、まあ、一か月ぐらいやったらい、どうだろう、道半ばかな?」

「いえいえ、まだ始まったばかりですよ。」

「あ、あやっぱり?なんかそんな気もしてたけど。」

「深い沼ですよ。実在する機械のシミュレーターとなると。それはもう。」

つまり自分はこの果てしなき坂を上り始めたばかりだ、という訳?という言葉にイルゼは首肯。どうやら未知は果てしないらしい。

「焦らなくてもいいんですよ。風間さん。本物のパイロットになる訳じゃあないんです。ゆっくり一つづつ。学んでいけばいいんです。」

ゲーム上級者の言葉と同じだ。ありがとうと風間さんは謝意を述べた。イルゼは「ところで、」と話題を変えて対面テーブルの間に何かを映し出す。先程の飛行のリプレイデータだ。

「先程の飛行、風間さんはどうして最後、あんな風に追いかけられていたと思います?」

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