第3話 風間さんと最終試験【1】

 風間さんが自転車を取りに駐輪場に向かうと先程別れた七瀬がそこにいた。

「あれ、風間?帰り?」

 バイクを充電床から動かしてから振り返った七瀬はバイクを持ったまま風間さんの前までやってきた。

「どうだい?明日はいけそう?」

 問われた風間さんからは、まあ、うん。という濁った言葉が出てくる。

「もっと自信もっていいよ。」七瀬はそう言って風間さんがビックリするぐらいの勢いで背中を叩いた。

「や、ホント、覚えとか、結構いいから……。」

 ありがとうございます。と風間さんはかしこまった返事をした。まだ、お世辞だと思ってるようだと七瀬は判断して、少し残念そうな顔をした。

「こんなこと言うと変かもしれないけど……私は風間がここを選んでくれて感謝している。」

「二つ上の先輩達が出ていった後、私達は三人でやっていかなければならなかった……芽衣子は強いし、真道寺は444部隊のマジモンのエースよ。でも、三人じゃあ編隊には一人足りない。」

 風間さんにも意味は理解できた。欠員が生じる恐れがあったのだ。それが部の機能不全を意味するのは言われなくても分かる。

「だからさ、今年の新入部員をしっかり残せるか、本当に不安だった。」と七瀬は口にした。そりゃそーなんだ。空を自由に飛びたいな、って人にこんな複雑なシステムを投げつけるんだから……とも語る七瀬はの口調がお世辞ばかりではないことは風間さんにも何となくわかる。

「だから正直不安だったよ、でも無事ミサイル発射まで覚えてくれた。もう十分な位。」

 ありがと。と七瀬は感謝を口にして、それから。明日の飛行部の最終試験に関して一つ裏話をした。

「そうそう、最終試験、先輩達が必ず一つ小さな説明にないサプライズをしてくる。説明と少しでも違うと思った事態が始まったら注意してね……」

 それは何?と風間さんが聞くも、七瀬は「ひみつ」と答えただけで何も教えなかった。

 酷いじゃないですか!という風間さんに秘密だからサプライズなんだよと答える七瀬だったが、言葉の終わりに勢い良くポケットを叩き、ガサガサと鞄を開き、それから、ARグラスを見て、「財布忘れた」と呟いた。

 たぶん、部室だとも言った。

「……あれま。」 

「ごめん、一回部室戻るよ……」

かくして校門まで一緒するつもりだった七瀬はじゃあ、と軽めの挨拶をして再びバイクを立て掛けて校舎へと戻っていった。



 七瀬が部室に戻ると驚くべきことにそこには芽衣子がまだ残っていた。机に突っ伏すような体制で仮想現実に入っていた彼女を一瞥してそれから財布を取る。そのまま帰ればいいものを七瀬は勢いで芽衣子の前のモニターを見てしまった。シミュレーションが立ち上がっていた。マップを上から見下ろした視点が写し出されていたモニターでは芽衣子の機体が何かを破壊する瞬間が写し出されていた。

「今のは?」

 起き上がる芽衣子に七瀬は話しかける。話しかけられた方は驚く事もなく起き上がると「明日のミッションのテスト。」とだけ答える。嫌な予感がした。

「……隠しのサプライズは去年と同じ爆撃機の後部機銃でしょ。」

 そうね。と芽衣子は笑みで答える。ねえ、なんか密かに変なの仕込んでないよね。七瀬は問い詰めるも芽衣子は笑ったまま大丈夫。出来ない事はやらせないから。と返答する。

「今更いうまでもないけど、もし風間達が辞めそうになったらこの部活はおしまいだからね。」

 七瀬は力説する。風間さんに言ったこと嘘ではない。なんとかチームとしてやっていけるかどうかという時にこの沼に飛び込んできてくれたのだ。だからこそ、時よりエキセントリッな行動をする芽衣子の行動を不安視していた。

ーーーーはじめての人が興味をなくすほどの難題を出してくるんじゃないかって。

 未熟者を笑う形であれ、君には将来があるという言い方でのマゾプレイをさせる形であれ、それはその業界に価値を認め、険しい崖を上ってくると安心しているから行うのである。だが、入門者はそうではない。数ある選択肢の中から本の少しだけ揺らぎのポテンシャルが大きい空間があったから飛び込んだに過ぎない。そんなシャボン玉みたいな希望が上級者ムーブにぶつかれば?パチンと音を立てて消えてしまう。

 芽衣子は分かっている、大丈夫という答えが帰ってくる。七瀬はそれ以上の追求をすることはなかった。確かめる術はない。例え今ミッションを閲覧しても、巧妙に隠されていたり、密かに本物のミッションのバッグアップをどこかに隠していたら手出しが出来ない。それに最終調整を任せたリストには自分の名前も乗っている。七瀬は、他人や組織、イベントを管理する自信がない。

まあ、任せたよと七瀬は力なく返事をすると教室を出ていった。

 駐輪場に戻るともうそこに風間さんはいなかった。大きなため息を吐くと七瀬はとぼとぼと家路につく。当初、部活のリーダーに七瀬は新道寺を押していた。なんていったって東京オリンピックの不祥事に起源を持つ444飛行隊「アラヤ·プティーサ」の一員だ。そこで培われた技術やその継承方法があれば後輩もよく育つだろうと。だが、彼は其を拒否してあっさりと芽衣子が部長に就任した。自分が成ればよかった。多分、それが正解なのだろう。だが、それを実行に移すほどの精神力とか気概もまた七瀬にはなかった。そして今それを後悔している。

 なんとか二人が最終試験を突破しますように。そんな願いを沈み行く太陽に向けて願をかける。そんな七瀬などお構いなしに春の太陽は地平線の彼方に消えようとしていた。

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