第4話 風間さんとお砂糖の菩薩様【4】
翌日から風間さんの朝練……朝早く、向こうの部隊練習の終了を見計らった時間に一時間だけ時間をもらって練習という感じ……が始まった。
『それでは始めて生きましょう。風間さん!』
空中に湧き出たイルゼは無事横に現れた風間さんにそう声をかけた。
『準備ができましたら声をかけてください。動かしますから。』
風間さんは各種システムを扱いやすいように設定しなおして、『準備いいよ。』と返事をする。向こう側に湧いたハンスとヨハンの二人も合図。周囲の一切の時間が動き出す。全機無敵モード、燃料7割の重量で燃料弾薬は無限設定だ。
『それではまずは最初は教本通りの動きをしましょう。スロットルは最大で構いません。高度を下げないようにして、加速して、25マイルで攻撃してください。』
風間は加速して迫って来るEF-2000に照準を合わせる。ミサイル発射。AIM-120が機体から飛び出る。
『撃ったよ。』
『それでは、HUDの右下に今減っている数字があると思うんですけれども、それが、5秒になったら反転してください。』
『最後まで誘導しなくてもいいんの?』
はい。とイルゼは時間を止めてそれを首肯した。
『ミサイルは常に自分の効率的な飛行方法を計算しています。ですので、母機の誘導が中断された場合、最後に計算して出した「未来の敵の予測位置」に向かってミサイルは飛翔して、目標の予測位置に従って自分のレーダーを起動します。』
風間さんの目の前に表示させた映像ではレーダーの索敵範囲を占める円錐が突如ミサイルの先端から現れて敵機を追尾する様子が描き出されていた。それが繰り返し再生され始める。
『勿論戦闘機は絶えず方向を変え続けていますから時間が空けば空く程ミサイルの予測範囲に要る確率は減ってしまうのですが、自分のレーダーが起動するまでの数秒程度の間であれば問題ありません。』
先程まで繰り返し再生と思っていた映像は途中で戦闘機が反転するという別展開を始める事となった。ミサイルは数秒間、予測地点の示す場所に向けて飛翔し、数秒以内に円錐を出現させる。その中に敵の戦闘機は収まっており、それを目指して飛んでいった。
『では、続きをやっていきましょう!誘導終了の合図は「ピットブル」もしくは「ハスキー」ですね。』
時間が動き出す。風間さんは『分かった。じゃあ、ハスキー。回避します。』と宣言して高度を落とす。真横までターンしてそのまま斜め45度で降下する。一万フィート高度を落として、それから水平に。データリンク場では左斜め上をイルゼが通過している。そのイルゼの指示に合わせて風間さんは再び元の高度と速度を取り戻す。
『ええと、こででどうかな?』
『はい、まずは十分、といった所でしょうか。』イルゼは子を諭すお親の様に慈愛に溢れているかのような声でそう評する。
『では次なのですが、今空中に出したラインに沿って飛んで頂きます。』
左斜めの線が空中に引かれていた。
『ミサイルを発射して、それから左に舵を切ってください。』
分かったと風間さんはAIM-120を撃ち出し、進路を左に切る。正面のEF-2000は進路を変えない。自分から見て敵は正面より60度程ずれている。警報機が鳴る。風間さんは回避する。
風間さんは回避成功、向かい合っていた敵機から悲鳴と、「食らった」の声。
『お見事です。風間さん。』
『ええと、今のって、どゆこと』
説明のために一時的にコックピットが消える。正面には立体映像で先程の風間さんと敵機の軌道が書かれる。
『当たり前ですが、ミサイルを撃った後、敵機に向けて直進するメリットはありません。』
先程のリプレイのミサイル発射瞬間が映し出され、「接近の必要なし」と評される。
『しかし、まだ、ミサイルの中間誘導は残っています。』見るとミサイルの自律誘導まで時間が十分ある事になっている。
『その場合、さっきみたいに斜めに飛んだ場合、例え同時にミサイルを発射した場合でも、こちらは相手や相手のミサイルとの接近を遅らせることになります。』
『そっか、同じ距離を飛んでも斜めに飛べば見せかけの距離は縮まらないからね。』
ふむふむと風間さんは頷く。ここで速度を落としたら、今度は逃げるだけの速度を失ってしまうというのは言うまでもない。速度が変えられないのを方位でカバーするというのには、素直に納得できた。
周囲は再び戦闘機のコックピットの戻る。
『今の動作はクランクと呼ばれていて、速度を落とさず、かつ自分の機体が相手のミサイルの離脱不能ゾーンに入らないようにする動きになります。この動きを繰り返しが基本の型になります。あくまで、基礎、ですが。』
うん、なんとなく分かったよ。と言う風間さんだが、意外とこういう基礎的な動作というのが覚えにくく、忘れやすいんだろうなあと考えていたら、大体同じことを連想したいらしいイルゼがフォローしてくる。
『まあ、焦らなくても結構です。」大変そうだという風間さんのオーラを否定せずにイルゼはそれを受け入れた上でこう続けた。「毎日こつこつとやっていけば、いつかは覚えられますよ。』
『えっと、どのくらい?』
風間さんの問いに「身体が、覚えるまで。です。』とイルゼは返して来る。
『訓練して訓練して訓練して、そして身体と機体が一つになるくらい練習して……』
(あ、これは、ガチゲーマーの理論だ。)
自分もいっぱしのゲーマのつもりでいるが、彼彼女らの様に人生をゲームに捧げれる事が出来るかと言われると自信がない。
『そこらへんにしておけよ、イルゼ。』敵側で飛んでいたヨハンが止めに入る。「あちらさんにはあちらさんのペースがある。』
あらら、そうでしたね。とイルゼは舌を出して笑ってごまかす。ガチ勢から開放された風間さんだったが、その意見に対して異論がない。だが、それでも廃人とは程遠い風間さんにとっては修練と言うのはやはりきついモノなのだ。練習あるのみという事実にそうだなあと面倒だなあという両方を感じた。
『それじゃあ、続きを始めましょう。風間さん!』
合図したイルゼによってシュミュレートが再び動き出す。迷惑にならないなら暫くの間、朝、少しだけなら、ここで甘えていくのもいいかなと思いながら風間さんは操縦桿を握りしめた。
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