第4話 風間さんとお砂糖の菩薩様【5】
風間さんが開放されたのは一時間後、疑似的とはいえ、激しいGに打ち付けられた風間さんはくたくたになっていた。
「どうですか?風間さん?」
風間さんは、「とってもジューシー」と春戦争の最中に死んだ首相のマネをして仰向けに硬いコンクリートの上に倒れ込んだ。
「思ったんだけど、」立ち上がりながら、唐突にふと思考の脇から入ってきた関連性がまあある事案を風間さんは聞いてみた。「最初から低空に入ればずっと近くから撃てていいんじゃないかな?って思うんだけど。」
「難しいですね」とイルゼはそれを即否定する。「例えば、実戦で進行側となると、低空にいた場合、携行対空ミサイルや対空砲の餌食になります。逆に防衛側なら低空で侵入してから必中距離まで侵入、としようとすると、位置エネルギーが想定的にマイナスな分こちらのミサイルの射程が相手に劣りますから……。」
「そっか……」戦争はスポーツとは違う。フェアな勝負事ではない。用意したあらゆる要素を組み合わせて行う。当たり前と言えば当たり前のことだ。そうなると、実際の戦場を参考に、制限がかかっていたり、他のゲームみたいなある種のフェアな状況にない試合もあるわけか、ということに気付いてそれを質問してみる。イルゼは、肯定する。
「ただ、純粋な試合形式だったり、海の上とかならそういう考えも有効ですかね。そういった応用に発展するためには、基礎は必要ですね。」
確かに基礎は大事だ。風間さんもシューティングやその他VRゲームの戦歴は長いからその重要性は分かる。ノーカラテがなんとやら、そう、古事記にも書いてある、あれのこと。
「取り敢えず、まあ、なんか、少し見えてきたような、来ていないような……」
「急がなくても、いいんですよ?」手を握って顔をぐっと近づけてきたイルゼが視界を全部顔で覆うぐらい接近して「少しづつ、少しづつ、一歩一歩前進していけば、それでいいんです。」とにこやかな笑顔で手を差し伸べてくる。それを聞いて「ありがとう。」と手を出した風間さんは、その湿っぽく温かい手を握った瞬間、風間さんはこの手から逃げられないと本能的に悟るに至った。
言うなれば、イルゼは一匹の蜘蛛であり、風間さんは蜘蛛の巣に引っかかった一匹の蝶だ。
(なんだろう、この、押し付けの強制とかじゃなくて、その……)
ブラックホールみたいな、という感想をその手の暖かさに感じ、逃げられない運命を悟った風間さんは、笑うイルゼの顔をログアウトする瞬間までずっと見ていた。
『……っていうことがあったんです。』
飛行部の空対空講習を難なくクリアして驚かれた風間さんはその事情を手短に説明した。
『今時そんなフレンドリーな人がいるなんてねえ……どう思う?七瀬。』
うーんと唸るような声を上げて七瀬は答える。
『棲んでいる場所も場の空気も違うんだよ。まあ、もうちょっと警戒してもいいんじゃない?』
風間さんは、多分、大丈夫じゃないかなあと答えるも、そういうのは慣れが怖いよと七瀬は諭す。
『で、さ、どんな感じの人だった??』
『なんというか、すんごくふわっふわです。』
風間さんは表現力皆無の回答をした。
『何それ?』
『ええと、いや、本当にふわっふわなんです……でも、すんごく優しくてすんごく強いんです。』
その時、これまで発言が無かった真道寺は、もしかして、と意味深な独り言をその場に残した。七瀬が問い詰める。そして、こう答えた。
『いや、前444が戦った相手のヨーロッパのチームに、「菩薩様」っていうあだ名がつけられたパイロットがいたとか、そんな事を思い出してね……。』
『まさか……その人の名前とかわかる?』
七瀬の問いに新道寺は『いや、そこまでは……その時は居なかったし……』と困った顔で答えた。
「おはよう、イルゼ!」
ヨハンが手を振って横断歩道を渡って来る。イルゼも手を振って挨拶する。
「おはよう!今日の小テスト、対策は?」
「ダイス転がすよ。」
「あはは……」
それから二人はいつも通り登校しながら他愛のない話をした。話題が早々に尽きると自然と内容は彼彼女らの間に現れた日本人の事に自然と移る。
「風間さん、どう思います?」
「何だろう、なんか天賦の才みたいなもんで飛んでるけど、こっから先は本人の努力次第……まあ、経験相応ってことじゃないかな?」
「同じく、ですね。」
「でもなんか、楽しそうにやってますし。いい感じになるんじゃ無いんですかね?」
「かもね……」
ヨハンがそう返し終える前にイルゼは「そうだ……」と何かを思いついたジェスチャーをした。何事か?と聞くヨハンにイルゼはこう答えた。
「次あったら風間さんに聞いてみ様と思ったんです……菩薩ってどういう意味かって」
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