第2話 風間さんと初めての空【1】


 半世紀、下手すれば一世紀近くは変わってないキーンコーンカーンコーンとしか表現の仕様がないチャイムか流れてくる。

 つまり、学業が終わる時間である。

 大きく深呼吸すると風間さんは端末を取り出してナノマシンのチェックをする。エラーは許容範囲だ。再配列を簡単に実行。追加の錠剤は必要なしを確認、そして、立ち上がった。

 目指すは部室だ。風間さんは時より空を眺めながら階段を上がっていく。空を飛行機が飛んでいた。種類は、分からない。だが。それを見た風間さんはなんだか上機嫌になって階段を軽やかに登り始めた。

そこには今まで目の前にありながら知らない世界がある。

しかもそれはもう遠い世界ではないのだ。

その思いが彼女の足を先日正式な入部が決まった飛行部に運ばせる。


風間さんが部室に入ると既に滝が来ていた。

「オッスオス滝君?元気?」

「体は元気だがこっちは………」滝は端末のナノマシンの調整画面の数字を指差した。

「あんまり?」

「そりゃあ、ここみたいなゲームするための精度の調整なんてなかなか必要ないからね。」

 先日は風で休んでいた先輩真道寺 佑一は笑いながらそう話してきたが、いつも最高精度でフルダイブしたい風間さんとしてはその認識を認めたくはなかった。

「いいかい?滝?昔から言ってるだろ。ナノマシンと彼女の扱いは……優しくリードを取るように……」

 後ろから沸いて出たように現れてはずこーん、と国語と歴史の資料集でぶん殴った芽衣子は、そのまま「黙れへんタイ!スカポンタン!」と佑一に蹴りを入れた。蹴られた変態は、「ありがとうございます」の一言を残してぶっ飛ばされる。

 目の前のコントにうまいコメントを用意できずに固まっている風間さんに七瀬は目の前で手を振って反応があるか確かめ、それから部屋の中に招き入れた。

「あの二人、いつもああなのよ……。」

 は、はあ……と回答にならない回答をする風間さんに、いい夫婦でしょ。と七瀬が言葉を掛けるとプロレスをしていた二人は一時的に抗争を止めて「「夫婦じゃない!」」とピッタリと息の合った反応を帰えしてきた。

 


「じゃあ、新人部員お二人さん、いいかしら、」

 格闘技の実習を終えた芽衣子は気を取り直して二人の新人にブリーフィングを開始する。

「今から貴方達をしっかり飛べるくらいまで訓練するわ。最初の二週間はきついだろうけど、頑張りなさいね。」

「六月のフェアリー祭までにイロハのイぐらいを目標にね。まあまあ大変だと思うけど、頑張ってね。」

 七瀬のそのフォローに、フェアリー祭?と聞いたことのないイベント名を風間さんは聞き返す。昔からあるバーチャル飛行祭よ。と七瀬は回答した。

「さっそくダイブして貰えないかしら。今日は初歩の初歩からやるわよ。」

はい、と風間さんは現実から仮想現実に飛び込む準備をする。

(あれを操縦するんだ。)

 明晰夢とも臨死体験も区別のつかない浮遊感の中で、頭の片隅に先日の空を切り裂くようなシルエットが浮かべ、上手くできるかなあ、と風間さんは機体との再会について不安と期待の入り混じった感情に思いを巡らせていた。。


「……はい?」

ゲーム内部に入ると目の前にあったのは先日の鋭いシルエット……ではなくこじんまりとしたプロペラ機だった。

「どうしたの?」

「いや、だって、ほら、こないだのおっきな機体じゃなくて、なんですか、これ?」

「Yak-52、初等練習機よ。」芽衣子は言った。特に不思議なことなどないとでも言いたいようなそんな声でだ。

「じゃあ、聞いておくけど、貴女はこれまで飛行の経験は?「リアリー」の基準でなくてもいいわ。」

 リアリティーの程度の線引きも無視していいとの話に風間さんは別のゲームで飛んだことはあったと即答した。詳細を聞かれると魔女の箒で、倒した方向に動くんですと答え、そこから芽衣子は「ゼロ時間」という回答を少々……炭酸飲料の果汁程度……申し訳ないという感情をを含んだ断定型でそう伝えた。

 ええ~と声を上げる風間さんを見ていた芽衣子。そんな彼女のに脇から七瀬は「ほら、やっぱりこうなった。」と小突いてくる。「せめてT-50、最悪でもL-39とか、そこらからでもよかったのでは?」

「ゴールデンイーグルもアルバトロスも高等練習機よ。だから、これからで十分。」

と芽衣子は語る。新入生逃げたらどうすんのさ?という七瀬。なんとかなるという芽衣子。絶望する風間さん。完全にいないことになっている滝と真道寺、その空間は、乗ってと芽衣子が促すまで続いた。

 機体に乗る。風間さんが前の席で、七瀬が後ろの席だ。準備が終わると芽衣子が話しかけてきた。再現された無線ではなくゲームの音声チャットの方を利用している。

「今日の飛行内容は私についてくること。ただ、それだけでいいわ。ゆっくり飛ぶからぶつからにように私についてきて。」

「はぁーい。」

 やる気のなさそうな風間さんの声を聞いた芽衣子は「操縦が上手かったらこの訓練は今日一日で終わりにするわ。」と釣り餌を針に括りつける。案の定食いついた風間さんのはーいという元気な返事を聞いて芽衣子はゲームをスタートさせた。

 次の瞬間、自分と機体以外の全てが消えて、それから突然空に投げ出された。空中スタート。同時に目の前であらゆる機材が動き出し、エンジンや計器が動き出した。

「どう、出た?私が見える?」

 ゲームUIで表示された芽衣子の機体が見えた。右四十五度、反対側の同じような位置に滝が見えた。おーっけーですと風間さんは返す。

「じゃあ、時間を動かすから、暫くはまっすぐ飛ぶからついてきなさい。」

 がくん、と機体が揺れる。時計を見るとさっきまで止まっていた時計は動き出していた。風間さんはとりあえず左手でスロットルを、右手で操縦桿ー握った。少し自分のではない圧力が掛かる。七瀬のものだ。

「かるーく握りなさい。細かい調整はこちらでやるから。」

 右手は添えるだけ、で機体を水平に。それから少し時間を置いて芽衣子からの「じゃあ、右旋回始めるわよ。」の声をを聞いた。

「操縦ユーハブ、じゃあ、やってみなさい。」

 七瀬はそう言って操縦桿から手を離す。芽衣子が旋回する。

 風間さんは操縦桿を一気にお腹の手前まで引き寄せた。

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