第3話 風間さんと最終試験【3】


 空中スタートした風間さんと滝は編隊と言うには余りにも距離も速度も同期しない距離感を保ちながら北へ向かった。七瀬と真道寺も一緒だ。

『今目の前にある海上油田、判るかな?』

七瀬が言う。風間さんが見ると確かにもやのかかった海面に無骨な建物が立っているのが判る。

『今回の最終試験はここを敵の攻撃から守り切るって内容。一機も撃ち漏らしてはダメよ。そのためには二手に分かれて戦う。いいわね。』

 はい!という二人の若い声が返ってくる。その風間さんの緊張した声に七瀬はそんなにびびらなくてもいいよ。と七瀬は答える。最終試験とはいってもあくまでも通貨礼儀、失敗したからと言って追い出すわけではないからと語る。

「じゃあ、試験開始ね。」

 七瀬が翼を翻す。真道寺のJ-15もしっかりと編隊を組ながらそれに追従する。あくまで二人はゲーム内での風間さん達と、試験官たる芽衣子を監視する役割だ。戦闘には加わらない。七瀬はやや不安な顔をして各々の方向に分かれていく2機の戦闘機をじっと見ていた。


 風間さんはスタートが告げられると右親指の先にあるセンサーコントロールスイッチを内側に倒した。マスターモードはA/Aで点灯、手はその下のマスターアームを押し上げる。これでミサイルの発射が可能となり、HUDに映る「AC 10」の文字にかかっていたバッテンが消える。

『私は右に行くよ。滝は左をお願い。』

 おう!と返答す滝。『何なら、こっちの仕事をさっさと終わらせてそっち分まで食ってやるさ。』

 そんな無茶言ってるより、堕ちないことの方を考えたほうがいいよ。と七瀬が答える。

 その回答を風間さんは無視して戦闘の準備をする。もう画面タクティカルメニューの中のレーダーサブメニューが開かれており、Bスコープの内側では緑の線が行ったり来たりしている。

その画面の中に黄色いホチキスの針を被ったようなシンボルが現れる。敵だ。その一つにカーソルを移動させる。

 習った通りだ。ふと、風間さんの脳裏にその時の記憶が読みがる。


「TDC、スロットル右にあるコントローラーで画面上の操作をする訳。」

七瀬は風間にそう実演した。透過状態を指先だけ解除して右にあるディスプレイの中でイコールを盾にしたようなシンボルを動かす。

「なんか、大昔のゲームみたい。」

「それは……正解かもね。」

と芽衣子は風間さんを肯定した。最初期のゲームは研究用や軍事用でしかなかったコンピュータで遊ぼうとする企てから始まった。だから。似るのはある意味当たり前かもしれないと。


 成程、その時は無駄な知識が一つ増えたという位だったけれども、それは今風間さんを落ち着ける材料となった。

 つまりは、ゲームだ。目的が違うだけで、操作の本質は同じだ。

 素早く正確に操作する。そのためにデザインされるUIやコントローラーの設計。全てはそこから逆算するプロセスを経て設計されている。その部分は共通している。

 人差し指の位置のスイッチを押し込む。レーダーが目標を捜索して敵をロックする。

画面から他のシンボルが消え、ロックした敵機だけになる。随分難しい言葉で教わった通り。捜索中測距モード(RWS)から単一目標追跡モード(STT)に切り替わった。

目の前のHUD中央に描かれた円ASE/NIRDサークルで射程を確認、時計回りで見て一番「後ろ」の位置円の外側の三角形より内側に棒が突っ立っている。つまり、最大射程はすでに超えている。だが、もう少し待って次の三角形の回避不能距離到達のシンボルまで待つ。そして、撃つ。

 ロケット花火のシュン、という音と言うより激しい爆発と言った方がいいジュッという音を残してミサイルが発射される。右画面ではスコープの中を三角形がすごい勢いで上昇して敵のシンボルまで一直線に接近していく。

 やがてその三角形の下で行われているカウントダウンが終わり、右画面の中ではミサイルの三角形の下がAノ一文字に変わっている。ミサイルが自立誘導に入ったということだ。それから命中まで風間さんは画面を見ていた。

 命中!視線を正面に戻すと爆炎が遠くに見える。そして同じ操作をするべくまた横の機体をロックオンする。

 発射。今度は近い。あっという間にこれを破壊する。次、その次、と四機目の攻撃にかかった時だった。

「あっ……」

 右画面の一番下まで敵のシンボルが到達してしまった。のだ。この画面は自分からの扇状に広がるレーダー探知範囲に存在する物体を表示するものだ。つまりは今、敵は風間さんの死角に入り、脇を通っていったということだ。

 振り返らないと!風間さんは機体を右に90度ロールしてきた道を引き返す。

 スロットルを最大限に押し上げる。操縦桿を思いっきり引こうとするが、曲がらない。加速をしすぎたようだ。それどころか、目の前が徐々に暗くなり、手足の感覚が大きく失われていく。

 流石に心肺系にかかるシュミュレートは許可されないためここは不完全な再現だった。行きは多少苦しくなるだけで、脳が血液不足に陥ったりはしない。風間さんは操縦桿を引く手を緩め、ゆっくりと旋回する。

 残りの敵機を確認。ミサイルを再び発射。敵機は爆発した。その瞬間。予想外の声がした。

『あー、俺も撃ってたんだけどなあ。』

滝の声だった。どうやら滝も同じ目標を狙っていたらしい。

『え?早くない?!』

 滝は言う。同時に2機狙っていったから早かったと。そういえば、そんな方法もあった。8機を速度を落としながら四斉射してこっちに加勢しにしたということだ。

『風間!俺の分食い終わったから頂くぞ!』

 獲物を横取りしようとしたことに対して腹を立てた風間さんだったが、すぐに気を取り直し『分かった。お願い。私は左のをやる。右をお願い。』とお願いする。

 RWSモードから捜索中追跡モード(TWS)に切り替える。さっきと同じ要領で一機目のターゲットを選定、それからその隣のもう一つの目標も選定する。

 一発目のミサイルが飛び出す。それから目標を切り替え、操縦桿を握る手の小指の位置にあるアンデジグネートボタンを押す。さっきまでバツがついていたもう一機の目標が四角い照準のマークに変えられる。もう片方はその逆。こちらも撃つ。

 両方のミサイルとも命中。火を噴いて落ちていく。

『終わった……のか?』

『多分ね。』

 やることは単調だが、それを正確にやるのは大変だった。感覚に任せて盛大に攻撃をするということは出来ない。そういう意味で感じた疲労感に任せて風間さんはシートに深くもたれかかった。

その時だった。

突如SAページの画面に何かが移る。レーダー警報受信機(RWR)の情報だ。その方位を確認すべくレーダーの距離を変更して新しい敵のシンボルを把握する。40マイルの範囲のレーダー探知情報範囲から半分ずつ小さくなり、そして、5マイルの最小から最大の160マイルに戻りまた半分に縮まる。見つかった。方位は右斜め前。

『ええと?Tu-95?』

『機械が勘違いしていないか?こっちは今変わった。Tu-22Mって出てる。』

 どうやら大型の爆撃機のようだ。

 どうしようか、ここで滝と風間さんのう意見は真っ二つに分かれた。

 風間さんは少し無理をしても回り込む機動をして、この三機を海上油田に近づけないようにすべきだと語った。万が一ミサイルを撃ち込まれても、迎撃できると。

 滝は逆にミサイルのように爆撃機の予測進路を逆算して最短効率で突っ込もうと提案した。これあ滝がAIM-120を最後の一発以外撃ち尽くしているのも一因だろう。

 結局、二人はそれぞれの意見に従って行動を始めた。風間さんが敵、油田、自分の未来位置を考えて飛ぶのに対して滝は全速力で敵機の後ろに突っ込んだ。

『お前にミサイルは高価すぎる!その綺麗な翼を機関砲でぶっとばしてやる!』

 どうなるか、風間さんが見ている前でそれは起こった。突然爆撃機は後ろに発砲したのだ。『うわああああ!』という滝の叫び声。それを見た風間さんが考えた事はやっぱり、だった。軍事に明るかったわけではない。ただ、なんとなく、そんな死角が何も対応されていないまま放置されているのはおかしい。そんな直感があったからだ。そして、それを無視したのは滝だ。黒煙を吐いて落ちる滝の機体。その時、風間さんはTu-22Mの胴体から何かが切り離されるのをはっきりと見た。

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