第5話 風間さんと荒野の決闘?!【2】

 七瀬風間さんの話を聞くなり腹を立て、異国のサーバーに出向くに至ったのには、ちょっと長い話がある。

 結論から言うと、理性を際限なく過大に評価し、感情の存在を否定してきた社会が人類滅亡一歩手前まで行き着いてしまったから、新しい常識が出来た、ということだ。

こんな例え話がある。

「寒空の下の共産主義者」という言葉がある。不況の度に全体主義や共産主義を再評価しようという話題が盛り上がることを指す。

 今ならそんな論が流行るのは失業や貧困の被害を受けたか、あるいはそう言った悲劇を身近に感じたが故に、脳が走馬灯のように脳のライブラリの中で「言葉を探した」からだというだろう。何故なら「寒い、苦しい、今の世界はアングットである」という響きだけでは誰も耳を貸さないからだ。

 だから、社会性動物として持っている「認知」の本能は、「この世界が間違っている。」を裏付ける価値観の存在を必要とするからだ。人間の「理性」とは本能のまま各器官が動いたその結果をまとめた時にでっち上げたに過ぎず、本質は感情だ、つまりは、カール・マルクスの名前を語るのは貝類が危険を感じて殻を閉じるのとなにも変わらない。人の理性は、認識に認識を重ねた故に生み出された幻影だ。

 だが、戦前の世代はそれを理解しない、経済学者や歴史学者はマルクスの話をする。いかにそれが間違いか、まあ、それは正しい、だが、殻を閉じて身構える貝にはそれはどう聞こえるか?

 お前は間違っている。故に救われる価値がない。

 そう言われていると「感じる」のだ。

 現代ならば何も不思議がることは無い。五感と神経の出入力を情報を感情という変数で人繋ぎの「理性ある人格」という四次元的な錯覚が個人であるり、大方の問題は「感情を害された」が問題の原点になるのというのを理解しない戦前世界は他人の苦しみに土足で踏み込んで。論破に精進した。これが、あらゆる認知価値で発生した。

 春戦争三年目、弾薬庫をいくつも空にしてドニエプル川とカリーニングラードの線で停滞した両軍はこの積み上げられた絶望の火薬庫に火をつけた。

 見捨てられた、と感じていた人々に工作員がてを握り、「辛かったね、もう心配ないよ」と語りかけ始めた。彼らは暖かいシェルターとスープを武器に反乱を促し、やがて世界を万人に対する万人の絶滅戦争へと姿を変えていった。様々な理性を語る人々が各々の正義を主観的に体系化したと信じては武器を取る地獄だ。

 戦争が終わったとき、人々は自分とは違う顔の、同じ表情をした他人の姿を見ることになった。不安と不信に満たされた頭蓋骨を抱えた人々、ここでようやく人々は理性を疑い、戦争中に生まれた人間より比較他人を愛せる人工知能に諭され、自分達は「理路整然と声を荒げる」存在であり、2リットルの「その場の感情で綴った矛盾だらけのコンテを整える監督」を持っているに過ぎない事を受け入れた。

 そしてこう言って世界の再生を始めた。人類は自らを理性的で客観的な存在であるという呪縛から自由になり、そして他人の事について頼まれていないのにとやかく言うことはなくなった。

 そう、そうなったのが現代で、だから七瀬さんは乗り気になったなんだけど……これはどうすればよかったんだろうか……


「七瀬さん!理性的に!理性的に落ち着いてください!」

「これに黙っていられるかああああ!!!」

 がっつりと脇から手を入れて風間さんは七瀬がイルゼに飛びかかるのを阻止した。

「何、何あれ!私より年下なのにからだの厚みが倍になるぐらいでっかいの……」

「弄ってるでしょ!ぜったいモデルデータ弄ってるでしょ!」

 イルゼは「いえいえ、そのままですよ。」と返答するもんだから七瀬はますます手をつけられなくなる。

 仕方がないからそのまま後ろに倒れて手足を封じる。そのまま落ちつくまで待つ。落ち着いて開放したのち仕切り直しとなった。

「はいはい七瀬さん、挨拶からです。」

「ああ、ええと……はぶあいしんふぉーゆー?」

ノーハブ!イルゼは元気よく挨拶した「よろしくお願いしますね。」

 ぐっと手を出す。自分より一回り大きい手を七瀬は握る。

「ええと、話は聞いているよ。随分ひどい人もいたもんだ。」

 そう七瀬が呼ぶ相手がイルゼに突っかかってきたのは先日の事である。


 始まりは、オープンサーバーで風間さんとの訓練をしていて、帰ってきた時に起こった。

「ミグなんてだっせーよな!」

 謎の二人組がイルゼの期待を指差してそう言って来た。風間さんは当初声だけ聴いていた、ひどい言い方もあったものだとイルゼのほうを向く。そこで見たのは、怒りを顔に浮かべたイルゼの「あ゛あ゛?」という感じの今まで聞いたことのないような低い唸り声と、「ちょっと表に出ろ」とでも言いたい顔。

「いま何とおっしゃいましたか?」

 殺気を忍ばせた言葉ってこのぐらい寒気がするんだ。というのを直に感じれるような一言だった。

「え?だって?ミグ29なんて、フランカーやF-16に比べれば全然じゃん。なんかよわっちいし、なんか取り敢えず冷戦終わりの映画とかでぱっと飛んでいればなんかそれっぽくなるフレーバー?」

 神経を逆撫で擦る言い方。イルゼは怒りを放出するのをギリギリ留まっている。

「ええ、確かに兵器として見た場合、その経済的負担や費用対効果に疑問が出るのは分かります。ですが、いざ戦闘、となると標準装備されているIRSTを使ったレーダー抜きの射撃が出来る事は同世代の機体に対してアドバンテージを取れるだけの性能はあると思います。現に統一後行われた模擬戦では……R-73の性能と合わせて近距離での戦いでは幾分かの分を認めています。」

 二人うち一人は、うわっソース何処だよwwwそれ、ネット辞典に乗っているやつでしょwwwと言って笑う。仲間と、次は何だ?どうせ「ハルキウの熾天使」一人だけだろ。一つの異常値で全体を語るなんてちゃんちゃらおかしい。とゲラゲラと笑ってくる。

 こんな感じで互いにヒートアップした議論の末、「じゃあ、この機体がそちらに引けを取らないことをご自身の身をもってご体験させてあげます。」と啖呵を切った。切ってしまった。ついで、その時集まったチームメイトを前にしていたので、機体の性能ではなく練度で押し切られる事を懸念した相手に自分のチームの仲間は使わないと約束して……当然仲間と間違われた風間さんもである。


「何度聞いても酷い話だ。」

七瀬はその話にそう呟いた。当然の話だが、七瀬がここを訪れた訳はこれである。

 人格とは脳の認識の集合を四次元的に並べたものであり、どんな認知であっても、認知をしたこと自体を笑っていいものではない。どんなファクトでも、容易に投げつけていいものでないし、間違いならなおさらだ。

 さすがに現代に真面目にモノを考える、という脳発火を起こす時にそれを手繰り寄せられないのはどうかしている。

「しっかりお灸を据えないとね!」

 ハリウッド戦争時に編み出されたというニュー・バリツの構えを見せながらいかにも「頼もしそうな先輩」の姿を見せる七瀬にイルゼは「宜しくお願いします」と礼儀正しく頭を下げる。

かくして七瀬は通りすがりのお節介として戦うべく、練習に入るが……


「風間、何回目?」

「六回目です。」

 ダメじゃねーかとセルフ突っ込みを入れる。七瀬の誤算、それは助ける彼女らが強すぎることであった。

 判断のサイクルが早い。動きが自分本位ではなく全体を常に見て最適な動きをしようとしている。ダメだ。それらは七瀬のもっているそれを凌駕しすぎて逆に足手まといにしかなっていない。

「ごめん、全然役に立たなかったわ……」

 平謝りする七瀬にイルゼは気にしないでくださいと笑う。

「昔の友人をアテにしてみます。」

「あーよければ私も探してみるよ。なんかいい感じに飛べる人。」

「例えば?」

「反りが合わない事も結構多いOB何だけど、一応いい感じのチームにいる先輩がいる。まあ、真道寺辺りにでも聞いてみるよ。」

 ん?と七瀬はイルゼの視線が自分に向いてない事に気づいた。風間さんも同様である。そして、さっきの「例えば?」って誰が言ったのか?という問題が認識されると同時に風間さんに促されるまま七瀬は後ろを振り向いた。女が立っていた。

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