新学期3 五道琉(ごどうりゅう)

「それで、僕に何をしろというんです」


 五道琉ごどうりゅうは、眼鏡の真ん中を指で押さえながら、自分の目の前に立つ女教師に質問した。


尋問じんもんだ」

「今なんて言いました?」

「間違えた。取り調べだ」

「あまり変わっていない気がしますが」

「うむ、こういう時何と言うんだったか」

「僕に聞くんですか? ……『面談』、ですかね」

「そう、それだよ君。君には彼らとの『面談』に立ち会ってほしい」

「……」


 随分となやり取りをしているにもかかわらず、彼女の表情は全く動じることがない。この女教師には、夏に赴任したばかりの新人とは到底思えない、奇妙な迫力があった。琉に負けないくらいのずば抜けた高身長と、日本人離れしたエキゾチックな美貌のせいかもしれない。


 ある生徒たちが起こしたトラブルの調査に、風紀委員長として参画してほしいとの依頼。どうにも得体の知れない相手と思っていた矢先に、この無茶振むちゃぶりである。風紀委員を調査機関かなにかと思っているのだろうか。琉は女教師から聞いた情報を反芻はんすうしながら、遠回しに拒絶した。


「さっきの話を聞くに、不良同士の喧嘩でしょう。いくらわが校の生徒とはいえ……住宅街の外れの廃工場でしたか?……校外での暴力沙汰など、僕のようないち学生が調査する範疇を超えています。そもそも先生おひとりが任されたお仕事でしょう」


「私に任された仕事だからこそ、各種調整の主管は私に帰属するともいえる。ともかくだ、君が風紀委員長だからという理由だけで頼んでいるわけではない。君の存在感こそが重要なのだ。は自覚しているだろ?」


 女教師の言葉に、琉は表向きその秀麗な顔に動揺を示すことはなかったが、内心舌打ちしていた。五道家はこの地で知らぬ者のいない名家であり、彼自身、生徒だけでなく教職員からも一目置かれている。己の恵まれた立場に甘んじているつもりなど毛頭ない琉だが、教師たちからすれば彼は「絶対に逆らってはならない相手のご子息」なのだ。


 単位で起こる大小様々な生徒たちのいざこざなど、すべてにいちいち対処していたら教師たちの身がもたない。それぞれの案件にその軽重や『面倒くささ』に応じて優先度の設定をするのは、教師たちの自己防衛であり処世術である。そして早晩、彼女のような新人教師に面倒ごとが押し付けられることになる。


 人によっては生徒の話をもっともらしく傾聴ヒアリングするだけの仕事。だが女教師は本件をただの流れ作業で終わらせるつもりはないらしい。五道の名を巻き込んで、周囲が無視できない、迂闊うかつに手抜きできない案件に仕立てようというわけだ。赴任したばかりにしては、ずいぶんと校内の知られざるパワーバランスを掌握しているようだった。


 それに……彼女の最終的な意図がどうあれ、生徒たちの問題に手抜かりなく取り組もうという女教師の姿勢は、最近の若手教師には珍しい、好ましいものに琉には感じられた。


 結局琉は、立会人オブザーバーとして『面談』に参加することを了承したのだった。



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