不遜 蘭堂凪(らんどうなぎ)

怪物ばけもの


 だれかがささやく。


「気にしない気にしない。さ、日焼け止め塗ってあげる」

「うん」


 白露しろう兄さんがいつもの笑顔で言う。


 外に出かけるのは嫌いだ。白子症アルビノのせいで日差しにとても弱い私は、一日に何度も日焼け止めを塗らなければならない。そして、兄さんの手を煩わせてしまう。兄さんの足手まといになるのは私には耐えがたかった。


 一方で外に出かけるのを楽しみにしている自分もいた。兄さんに日焼け止めを塗ってもらえるから。兄さんの指がそっと私の肌をなぞるたびにひんやりとくすぐったく、物心ついて以来これ以外に人との触れ合いを禁じられた私にとって、唯一人肌を感じられる時間だった。


 こそばゆさと気恥ずかしさで、いつもちょっと笑ってしまっていた。他愛ない会話をしながら、一心に私の肌に薬を塗ってくれる兄。私はその顔をずっと見つめ続ける。でも目を合わせることはない。幼少の頃の私はまだ霊力ちからを上手く使いこなせなくて、見つめた相手の目を灼いてしまったことがあったからだ。


 塗り終えた。私はあわてて特殊な色眼鏡を掛ける。そうしてようやく兄さんと向かい合った。微笑む兄さんの顔をみて、私も思わず頬が緩む。自分が肯定される瞬間だ。


 私は自分が嫌いだ。この紅い瞳がこの白い髪が肌が嫌いだ。私以外の人間も嫌いだ。私たちをモノ扱いする奴ら。どいつもこいつも死んでしまえ。この世界が嫌いだ。全部壊れてしまえばいいのに。兄さんは別だ。怪物と陰口を言われる私と、妾腹の子と陰口を言われる兄。でも私は兄と血がつながっていないことを知っている。どうでもいい。私たちは一緒だ。ずっと一緒だ。一緒なら大丈夫だ。



 ***



 兄さまが死んだという。


 ウソだ。


 兄さまは最強の退魔師だ。死ぬはずがない。


 蘭堂家であれほどの退魔刀の使い手はこれまでいないと、あれほどに童子切を手懐けた者はいないと言われていたではないか。


 兄が最後に放った、式神しきの残骸を握りしめる。これが兄の死の証拠だ。分かってる。退魔師の常識。分かってる。


 でもウソだ。兄さまが死ぬはずがない。そこに行かなくては。



 ***



 高校生たち。私と同じ年くらいだろうか。異界に迷い込んで逃げ回っているようだ。男二人。その後ろから怪物たちが追ってくる。


 邪魔するなクソどもが!



 ***



 本家に連れ戻されて1年過ぎた。


 兄さまは戻ってこなかった。


 異界は消滅していた。謎だ。


 もう会えない?ウソだ。



 ***



 高校生があの地で保護されたらしい。


 異界から生還した?


 何か知っているはずだ。会わなくては。





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