絵の中の窓1 相楽鈴音(さがらすずね)

 いじめのきっかけは、いつだって些細なものだ。


 普通の女の子だった相楽鈴音さがらすずねが無口で陰気な性格になった原因も、仕掛けた側からすれば他愛ないもののはずだった。


 小学生の頃の無視という悪戯。教室クラスのリーダー格が気まぐれで獲物ターゲットを決め、クラスメイトと申し合わせる。鈴音がクラスメイトに何を話しかけても「は?」「え?」などとしか返さない。愕然と立ち尽くした鈴音を尻目に、まるで彼女が存在しないかのように冗談を言い合ってケラケラと笑っている。


 仕掛けた側からすれば大したことではない。ちょっとの間からかうだけ。


 すべては偶然の重ね合わせだ。誰かがもうやめようと思う。ちょうどそのタイミングで偶々たまたまが悪戯を続行する。その頃のこどもたちにとって最も重要なのは、正しさではなく力の強さ、スポーツのうまさ、声の大きさ、冗談の上手さである。


 小さな間違いはいつしか慣習となり、「相楽鈴音は無視する」という暗黙の了解が定着する。こどもたちは間違え続ける。彼らのつたない感性では解決策を見いだせないほどに。


 鈴音の心はだれにも気付かれないまま、だれからも目を背けられたまま、傷を負い続ける。



 ***



 だれにも話しかけられなくなって、だれもわたしのことを知らなくなって。どれくらい時間が過ぎただろう。


 わたしに絵の才能はない。

 だからわたしは「窓」を描く。


 直線を四回。鉛筆をまっすぐ滑らせるだけだ。簡単だ。その窓の中に、木々や花や、さんさんと輝く太陽を描く。それらがと思うと、なぜかそれなりに上手く描ける。窓がないとダメだ。


 顔を描く。


 花々の中に、木々の幹に、太陽の中に。


 そうやって一人ぼっちの自分から目を逸らす。逸らせない。決して開かない窓の、決して届かない向こうのものに焦がれる自分を再確認するだけだ。花の中の顔が、木の幹の顔が、太陽の中の顔が、わたしを見ている。わたしを見ている顔顔顔顔顔顔顔顔顔


 わたしは窓を真っ黒に塗りつぶす。


 窓を描くようになってから、ずっとそうやって過ごした。


 窓を塗りつぶす。

 窓を塗りつぶす。

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