新学期4 『取調室』(犀久馬、針元、五道)
旧校舎の一室を利用して、女教師が急場に
部屋の床は、十数年にわたって塗り重ねられた床用ワックスが何層にも埃と汚れを閉じ込めて、不気味にぬめった深緑色をしていた。窓にはぴったりと目張りが施されたうえ、ガラスに貼られた遮光膜によって日照が絞られている。
部屋の真ん中には武骨な鋼鉄製のデスクが一つぽつんと置かれ、どこから入手したのか
「ここまでやるのか……」
まるで古い刑事ドラマの取調べシーンに出てきそうな、暑苦しい密室だ。女教師は型から入らないと気が済まない
机の向こうには、でかいのと小さいのが、それぞれのパイプ椅子に座りってふんぞり返っていた。
「……針元。また貴様か」
「よう、五道氏」
鉄司は慇懃無礼とも言える物言いで、琉に向かって口元を
「なんだよ鉄司、天下の五道
伍が合いの手を入れる。暴力沙汰の噂が絶えず、校内外の不良連中から恐れられている鉄司だが、伍は知り合って数日であっさり鉄司を呼び捨てにしていた。だが呼び捨てられた当人は怒り狂うなどということもなく、軽く鼻を鳴らしたのみだ。伍の不気味なほどの天真爛漫、というよりも底抜けの遠慮の無さには、何を言っても無駄と諦めた様子である。
「おれも先輩じゃねえか、ちっとは敬意を払え」
「今度メシ代払うんだから、釣りがくるだろ」
「おれへの敬意はワンコイン以下か!?」
「今どきそんな安いラーメンがあるかよ」
「言葉のアヤだろうが。つうか焼肉屋に変更しろよ」
「お前たち、いい加減にしないか」
琉が二人の会話を
「類は友を呼ぶというやつか……」
「おい、その言い方やめろ」
心外な様子で抗議する鉄司を尻目に、琉は学校所有のタブレット端末を取り出し録画プログラムを起動する。
「先ほど同意書に
琉は説明しながら、机上に端末を設置しようとしてその手を止めた。画面のコミュニケーターに、女教師のメッセージが表示されたのだ。それを見た琉は、思い切り口をへの字にひん曲げた。
『こちらはもう一人の生徒と別個に面談をするので、その二人についてはよろしく頼む』
(よろしく頼むって…僕は立会うだけじゃなかったのかよ!)
確かに先刻、女教師から一連の資料や質問内容を受け取っていた。だが立会人の自分にとっては、あくまで参考程度のものと考えていたのだ。
どうやら女教師はもう一人の生徒……瀬名といったか……にご執心らしい。これではまるで残り物の仕事を押し付けられたようではないか。一方、
「しかしアレだね、こんな部屋よく用意したよな。なんつうの、ナントカ主義国みたいだな!」
「ろくに覚えてすらいねえ単語使うんじゃねえよ」
「きっとおれたちこれから尋問とかされちゃうんだぜ、ライトぴかーって顔に当てられてさ。何の容疑か知らねえけど」
「尋問だったらそもそも二人同時に呼ばねえだろ」
「おおなるほど。鉄司頭いいな! 見かけによらず」
「一言多いんだよお前は」
琉はこめかみを抑えながらも、気を取り直して面談を続行することにした。女教師に対していろいろと思うところはあるが、任された仕事は全うしなければ気が済まない。
「その瀬名というのはどういう生徒なんだ」
何とはなしに発した琉の質問に対し、鉄司と伍は微妙な表情で互いに目線を交わした。先ほどまでの軽薄さとは打って変わった、なんともらしくない反応である。琉は二人の顔を交互に見やりながら、二人の回答を待った。
「変な奴だ」
「友達だよ」
「腕っ節は……まあ、イイ線いってんじゃねえか」
「無口だけど、いい奴だよ」
鉄司と伍が交互に評するが、どうにも表層的な話ばかりである。琉はため息をついた。この二人のように我の強い人間は、これほどまでに他人に注意を払えないものなのだろうか。あるいは……その瀬名という生徒が、本当に得体の知れない奇妙な人物なのかもしれない。琉には判断がつかなかった。
琉は改めてタブレット端末をデスクにセットし、『面談』を開始する。
「では、■■日前の放課後の、廃工場での騒動について……」
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