第16話 リンツロイド
「お手伝いいたします、ミスタ・トール」
きれいな声で、爪のある手を持つ〈シャロン〉は言った。
「いえ、けっこうです」
トールは苦笑した。
「お話ししてみたい、気持ちはありますけどね」
「ギャラガー氏さえお許しになれば、いくらでもお喋りするといい。普段言えない、マスターに対する愚痴でも言い合えば」
「何? まさかそいつも」
驚いてギャラガーはトールを見た。
「黙っているのはフェアじゃありませんから」
「ううん、判らなかった」
悔しそうに彼はうなった。
違法ロイドを抱えたマスター同士は、自分たちの行為を「ちょっと変わった趣味」とでも思うかのように、法律について何も問題にしなかった。
「どれ」
それからギャラガーは一歩を踏み出してトールに近寄ると、大きな両手で少年ロイドの顔を掴んだ。
「ちょ、ちょっと」
「ふん……少年タイプは珍しいな。こぉの、男のくせにきれいな肌しやがって」
「あ、あの、ミスタ」
「トールだって? 何か由来があるのか」
「え、ええと、古い神話の雷神だそうです」
「ご立派だな」
「す、すみません」
「謝らんでもいい。名付けたのはクリエイター、要するにリンツだろ」
ギャラガーはトールを解放した。
「成程ね」
それから、彼はにやりとした。
「君はリンツロイド、って訳だ」
「は?」
トールは目をぱちぱちとさせた。
「ヴァージョンは? 最新、もう試したのか?」
「あ――」
戸惑うように、トールは視線を落とした。
「LJ_1.2、です」
「はぁ!? 何の冗談」
「サンディはいいんですか、ミスタ・ギャラガー」
ゆっくりと〈クレイフィザ〉店主が口を挟んだ。
「ああ、そうだった。そっちそっち」
ぱっとギャラガーはトールから離れた。
「シャロンとのお喋りはどうかってな話だったな。だが生憎、シャロンは仕事用に特化してるから、雑談には向かないんだ。〈トール〉君は多様なのかもしれんが、そうであればあるだけ、話し相手にゃつまらんだろう。それに、彼女にもサンディを見てもらわにゃならんのでね」
「秘書兼助手というところですか。ではご一緒にどうぞ」
店主は客人たちを裏へ案内した。
表のショールームも決して派手ではないが、裏はますます、簡素だ。大きな工場や研究所を思わせる無機質さ。
だが客に見せる場所ではないのだからこれでいい。それが〈クレイフィザ〉店主の考えだった。もちろんと言おうか「従業員」からの苦情は出ない。
ギャラガーが何か思ったとしても、彼は特に口に出さず、黙って店主に従った。
「こちらです、ミスタ……」
彼がドアを開けて室内を示したと同時であった。
「サンディ!」
ギャラガーは店主を押しのけ、駆け込むようにした。
「おっと」
ふらついて彼は、壁に手をつく。と、シャロンが手を差し伸べた。
「申し訳ありません、ミスタ・リンツ。ギャラガーは『娘』のことになると見境がなくて」
「いやいや、けっこう。大丈夫だ」
店主は手を振った。
「サンディ、ああ、可哀想に。怖かっただろう? 世の中には本当、酷いことする奴がいるもんだ。でももう大丈夫だからな」
「……申し訳ありません、ミスタ・リンツ」
シャロンはまた言った。いやいや、と店主もまた言った。
「いささか、意外だ。受賞コメントの類からは、もっと割り切った考え方をする人と思えたのに」
「あれらのコメントは私が考えています」
「成程」
眼鏡の位置を直しながら、店主はうなずいた。
「いいね」
彼は呟いた。
「非常に好感が持てる。好きなタイプだ」
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