第10話 よーく判ってますとも

「それで、まだやるんですか?」


「何だって?」


「ですから。エラーが発生した段階のデータはもう無いんですよ。ほじくり返せば一部は行けますが、サルベージできる可能性は……いや、いいです。やります。はい」


「よろしくね」


 にっこりと笑う店主に、青年は息を吐く。


「ええ、いいですとも。何でもしましょ。期限はいつまでです?」


「急かさないよ。じっくりやってくれ」


「判りました」


 アカシは引きつった笑いを浮かべた。


 リンツェロイドでもニューエイジロイドでも、それらにはある程度の形式があって、ここの回路はこの役割、ここをいじればああなると、基本は共通している。ハードだけではない。ソフトも同様だ。製作会社が違っても、判る者が見れば、どのソフトが何を指示しているか、すぐ判る。


 新作が発売されても、予想できないほどの仕様変更などはない。少しばかりの違いなら、工房を開ける技能の持ち主であれば簡単に把握する。仕様書を見ても判らないということなど、まずない。どうしても巧くいかなければ――帳簿事情やプライドが許すかどうかはさておき――メーカー修理という手段もある。企業製品というのは、比較的、気楽に受けられる部類だ。


 問題は個人工房製品。


 おおよその作りは同じと言えるが、大手ではバグとして処理される「個体の癖」が前面に出てくることは否めない。全く意味の判らない回路がついていることもある。バグだらけのソフトが使われていることも。


 個人工房で他工房の製品を見るときは慎重にしなくてはならない。十人中九人のロイド・クリエイターが同じやり方でオプションを追加するとしても、目前のロイドは残りのひとりが作ったものかもしれないのだ。


 もっとも、修理やメンテナンスを依頼されたが余計壊してしまった――というようなことは、まずない。ハードに関しては皆無でもないが、ソフトに関して言うのであれば、データのバックアップさえあればロイドらは元通りになるのだ。


 しかしこのケースでは、そのバックアップですらもはや異常だ。存在していた数日間のデータを「なかったこと」にしてリストアするというのは最後の手段だが、それはもはや、採れない手段となった。


 ――サンディ。


 人と見まごうほどの外見からすれば、「彼女」はほぼ間違いなくリンツェロイドであり、手首には個体識別番号もきちんと記されていた。そこから調べればすぐに「身元」は知れそうだった。


 マスターが照会に出したと言うから、いずれ判るはずだなとアカシは考えた。遅くとも一日で〈リンツェロイド協会〉から返事がくる。


 それまでアカシは、どのリンツェロイドでも共通しているところから調べていくことにした。問題が生じているのはソフトであってハードの方ではない。ライオットもざっとチェックをしたが、異常なしと判定していた。アカシとしてはライオットに「もう一度よく見ろ」と言ってもいいが、「さぼるつもりだろう」などと言われたくはない。


 もとより、ライオットではなくアカシを〈サンディ〉担当にしたのは店主だ。ロイド技術士一級の資格を持つ「ロイド・マスター」には原因の見当がついているのでは、とアカシは推測した。


「それなら」


 部屋に戻ると、ぼそりと彼は呟いた。


「この辺を見ろとかでも、言ってくれりゃいいんだよなあ」


 そのタイミングでドアが静かに開く。


「どうですか、アカシ」


「おー、トール」


 アカシは大きく伸びをした。少年の外見をした新来者はくすりと笑った。


「はい、コーヒーです」


「サンキュ」


「ここでいいですか」


「ああ。すまんな、散らかってて」


「片付けましょうか」


「要らん気ぃ、回すなよ」


 青年は苦笑を返した。


「相手によっちゃ、いいように使われるぜ。その性格」


「あなたは僕に、性格を変えろとでも?」


 トールは肩をすくめた。


「とても面白い冗談ですね」


「怒るなよ」


「怒ってなんかいません。面白いですねと言っただけでしょう」


「それが怒ってる顔と口調じゃなくて何なんだ」


 アカシは手を振った。


「そう言いますがアカシ。僕は怒らないし性格も変えられません。僕の意志ではね。僕らに意志と言えるようなものがあるとして、ですが」


「そいつぁ哲学だなあ」


「解釈の問題ですよ。それとも」


 トールはかすかに口の端を上げた。


「想像力」


「成程ね」


 想像力か、とアカシは繰り返した。


「さ、僕はもう戻ります。コーヒーはアカシ用の特製にしておきましたから、どうぞ」


「お、気が利くな。いい嫁になれるぞ」


「……アカシ。言っておきますが」


「何だ? 仕事があるから手短にな」


「確かに僕らに性別はあってなきがごとしです。ですから僕を女性のように言うのはかまいません。ですが僕は」


 こほん、と少年は咳払いをした。


「外見年齢があなたより年下であっても、言うなればあなたの兄なんですからね」


「判ってます。よーく判ってますとも、おニイちゃん」


 三十前に見えるロイドは、十代後半に見えるロイドににやっと笑った。彼の「兄」はしかめ面をして、店頭に戻っていった。

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