第22話 初恋に戸惑う少年みたいに
本来であればジェフは、その場で警察なり〈カットオフ〉の人間なりを呼ぶべきであった。だが彼はそうせず、誘惑に駆られて、見よう見まねでリンツェロイドを稼働させた。〈サンディ〉は彼を認識し、彼の指示に従って、彼の自宅まで「一緒に帰った」。
「夢のようなひとときだった、とジェフ氏は呟きました」
トールも呟いた。
「まるで初恋に戸惑う少年みたいに、この手を取ってもいいだろうかと迷い、距離が近すぎるだろうかと悩み、簡単な返事しかしない彼女を笑わせようとくだらない冗談を言って……」
「馬鹿、みたい」
ライオットは切り捨てた。
「トールは何かロマンを感じてるみたいだけど、そんなの、全然、ロマンチックじゃない」
「別に僕はロマンチストじゃありませんよ」
「果たしてリンツェロイドに心はあるか」
アカシは議題を提示するかのように片手を上げた。
「我らがマスターは必ず、ないと言うな。同時にあの人は、人間とロイドの恋物語が大好きだ。おかしな人だよ」
苦笑いしてアカシは言った。
「まあ、ロイドに『心』なんて曖昧で不確かなものはない。俺もそう思う。俺たちが笑ったり腹を立てたりするのは……するように見せかけるのはみんな、『こういうときにはこうします』と決まってるからだ。人間に対して好悪も抱かない。『マスター』と『マスターにとって重要な人間』及び『その他』、時に『危険人物』の区別はするし、段階をつけたプライオリティは設定できるが、それくらいだ」
「恋愛感情はプログラムされてないからなあ。その手の好きだの嫌いだのは、正直、よく判んない」
ライオットは降参するように両手を上げた。
「機能つけてってマスターにお願いしてみようかな。ちょっと興味あるんだよね」
「やめろ」
うなるようにアカシは制止した。
「何だよ」
「万一、マスターがその気になってみろ。俺たちはお前の恋の悩みを聞かされることになっちまう」
「いいじゃあん、それくらいさあ」
「とにかく」
トールはその話題に乗らなかった。
「ジェフ氏に関して言うのであれば、サンディに恋をした彼が、降って湧いたチャンス……サンディの窃盗でも誘拐でもなく、彼としてはおそらく駆け落ちという気持ちだったのでしょうが、そのチャンスを逃せなかったのだというのが、彼の話に基づいて考えられる真相です」
「駆け落ち、ときたか」
「トール、ロマンチストすぎ」
「ですから僕じゃありません」
彼は息を吐いた。
「マスターが言ったんですよ」
「それなら」
「判る」
弟たちは全面的に同意した。
「でも、トールにぶっちゃけるまではいいとしてもさ、何でああいうことになった訳?」
アカシは〈クレイフィザ〉の外の方を大雑把に指した。
「警察きたときは、俺、まじやばいって思ったよ。俺らみんな機能ストップされて、マスターは刑務所行きじゃないかって」
「そんなことになるもんか」
「何でよ。アカシ、あんたがいちばん、びびってたじゃんか」
「慎重なんだと言っただろ。だがな、違法ロイド程度で刑務所まで行くかよ。罰金は間違いなく課せられるだろうが、それよりも怖いのは」
アカシは顔をしかめた。
「反ロイド団体に知られることだと思うぞ」
「罰金も怖いですよ。経理としては」
トールもしかめ面で口を挟んだ。
「刑罰の重さなんて、判んないじゃない」
ライオットは主張した。
「過剰な自信は怪我の元だよ。……なんて台詞はアカシに言っても仕方ないけど」
「そうそう。マスターに言えよ」
アカシはうんうんとうなずいた。
「ジェフ氏はね、ミスタ・ギャラガーならサンディをきちんと直せる。そう思ったからこそ、ついてきたんだと思います」
静かにトールは考えを告げた。
「ふうん。俺じゃ信用ならんかったって訳か」
「あっはっは。アカシちゃん、かーわいそ」
「何がおかしい!」
「だってさー」
「そういうことじゃないですよ」
トールはぱんぱんと軽くテーブルを叩いて、弟たちのじゃれ合いをとめた。
「彼はサンディの『父親』が誰か……彼女を誰に任せるべきか、最初からよく判っていたというだけ」
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