第23話 冷静な顔で感情論
「でもさあ、それってトールと一緒にうちまでくる理由になんないんじゃない」
ライオットは疑問を挟んだ。
「そいつがサンディに惚れてるんだとしてもよ?〈カットオフ〉に戻すことにしたなら、元通りってだけでしょ。余計なこと言わず、ジェフは素知らぬ顔してりゃいい」
「そうはいかないだろ」
「何でよ。ばれたらどうしようとびくつく暮らしが嫌で、いっそ捕まっちゃいましょうって『そんなら最初からやんな』みたいなヘタレってこと?」
「男気があるかないかと言えば、ないようだがなあ。俺がやりましたという自白……防犯システムを突破したりはしなくとも、サンディが〈カットオフ〉の商品であることを知りながら勝手に連れ帰りましたという自白。これは責任を取る覚悟をしたってことだ」
「責任ん? 何それ。サンディちゃん、セクサロイドじゃなかったよ?」
「服」を脱がせる必要のあるハード担当者は、首をかしげてそう言った。
「阿呆。確かにそういう機能はなかったが、そういう話じゃない」
ソフト担当者は顔をしかめた。
「処女奪っちゃいましたって『責任』の話じゃないの?」
「違うに決まってるだろうが」
「万一にもそんなことがあったなら、シャロンでもミスタ・ギャラガーを止められなかったかもしれませんよ」
苦笑混じりにトールは言った。
「サンディの異常は、アカシのサーチと推測の通り。『何らかの事情』、防犯ロックのためにオーソルへのアクセスが遮断され、起動を妨げたというだけ。つまり、サンディは異常どころか、正常だったんです」
彼女の反応は組み込まれたものだ。
「そのことだけは、ミスタ・ギャラガーも認めない訳にいきませんでしたよ」
「ん? そのことって?」
「要するに、ジェフはサンディを不当に扱ったりしなかったってことだ。連れ去り以外はな」
「そういうことです」
アカシの補足に、トールはうなずいた。
「ミスタ・ギャラガーが思ったより冷静に対応してくれて安心しました。また殴りかかるんじゃないかと思ったので」
ジェフはトールにぶちまけたことで気持ちの整理がついたのか、或いはもう逃げられないと考えたか、ギャラガーと顔を合わせることに同意した。
そこには〈クレイフィザ〉店主、トール、シャロンも立ち会った。ギャラガーは拳を握ってジェフを睨んだが、暴力は振るわなかった。
「そりゃあ何回も同じことはしないんじゃないの。いい大人なんだから」
ライオットは偉そうに言った。
「抑制できない自覚があるからシャロンを連れてるんですよ、あの人。常識と非常識の境界にいるみたいです」
「性格は違うようなのに、マスターと似てるな。……で、説得されたんだろ」
「ええ? 説得って、うちのマスターに?」
「説得でぴんとこないなら洗脳とか、煙に巻かれたとか言ってもいい」
「あは、それなら納得納得」
ライオットは手を叩いた。
「大筋ではそんなところでしょうね」
トールは肩をすくめた。
「マスターとミスタ・ギャラガーの間には、何だか冷たい壁ができてましたけど」
「あの人、冷静な顔で感情論を話すからなあ。技術者のくせに技術者に嫌われるタイプと言うか」
「そんな感じでしたね。マスターは相変わらずにこにこしてましたけど、ミスタ・ギャラガーはずっとしかめ面でした」
助手は息を吐いた。
「ミスタ・ギャラガーは、完全に同意したという様子でこそありませんでしたが、言ったように暴力的な態度は抑えてくれました。何と言いますか、『うちの娘に惚れるとは見どころがある』と『勝手に連れ出した罪は重い』の融合」
「その結果としての通報と」
「連行、なのか?」
判るような判らないような、とリンツェロイドたちは顔を見合わせた。
「ミスタ・ギャラガーは、こんな話をしていました。以前……」
「――以前、とんでもない客に当たったことがあってな」
それは、トールがジェフを連れ、彼らが話をしたあと。あくまでも冷静に、ギャラガーは警察に通報すると言った。ジェフは顔色を青くしたが、判りましたとうなずいた。
サンディのことをお願いしますと深々頭を下げ、当たり前だとギャラガーは返した。
少ししてから警察がやってきて、事情を聞いてジェフを連れて行った。ギャラガーはあとで向かうと約束した。
そのあとだった。
ギャラガーがぼそりと呟いたのは。
「リンツェロイドは、初心者が買っても、マニュアルを見れば基本設定くらいはできるようになってるな。だがそいつは、言語を解する人間なら絶対間違えないようなことを間違えて……いや、やるなとされてる禁止事項を意図的に、片端からやってくれてなあ」
「虐待癖でもあったのですか」
〈クレイフィザ〉の店主は尋ねた。
「そう思えるわな。そのクソ野郎は、〈シェリー〉がリンツェロイドではないことを証明したかったとか、トチ狂ったことを言った」
「フェティシストとは、少し違いますね」
「違うどころじゃない。フェティシストはリンツェロイドだからフェチズムを覚えるんだ。連中はたいてい、ロイドを正しく丁寧に扱う」
ふん、とギャラガーは鼻を鳴らした。
「たとえセクサロイドに改造するとしても、改造して、その、何だ、そうした機能をつけてから、正しく、ほら」
あれだ、とギャラガーはごまかした。
「俺はあんたの話を聞いて、まずその野郎のことを思い出したんだ。俺はジェフがサンディにその」
こほん、と彼は咳払いした。
「彼女の機能には存在しない、口では言えんようなことをしてたんじゃないかと案じたが」
「強姦や挿入を試みた痕跡などはなかった」
「さらっと言うなよ」
「先ほどから、何を恥ずかしがっているんです」
店主は目をしばたたいた。
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