第24話 好きでたまらなくて

「もっとも、うちではそうしたところまで精巧にはしてないんだ」


 顔をしかめてギャラガーは言った。


はもとより、形の上すら、な。リンツェロイドの見た目が人間に限りなく近くあるのは、まあ、昔からの人類の夢もあれば製作者の趣味もあろうがね、建前としちゃ、人間の生活を手助けするなら同じ形の方がいい、ってなところだろう。それだけなんだから」


「生殖器を模す必要はない。同意ですね」


「だろう?」


 ギャラガーは息を吐いた。


「だがここだけの話、コンテストの類じゃ、服で隠れる部分を『きちんと』しないのは手抜きだという判断でね。いいかリンツ。声高には言われないが、あの手の優勝者はみんな変態だぞ」


「そうですか」


 店主は苦笑した。


「あんたの言う通り、あいつ……ジェフにはろくな知識がないようだ。だが……何て言ったらいいのか」


 〈カットオフ〉の店主は頭をかいた。


「たった二日とは言え、サンディは真っ当に使われていた。いや、家事にすら使わず、ただ眺めてたとしか思えんが……ログには、初心者がやらかす、ありがちなミスのひとつも残っていなくて」


 正常に動いていたサンディは、データを残していた。


 アカシに破れなかった――と言うより、彼はまだ、そこまでやっていなかったのだが――ロックの向こうに、記録は残されていたのだ。


 それは、シンプルな記号と数字の羅列だ。日付や時刻、アクセスされたプログラム名などは、見れば誰でも判る。


 だが、〈カットオフ〉には〈カットオフ〉なりの〈クレイフィザ〉には〈クレイフィザ〉なりの記録法があって、ほかの工房が詳細を知ろうとすればかなり面倒臭いことになる。仮にアカシが見ても、ぴんとはこなかったかもしれない。


 それを見た〈カットオフ〉工房主は、判断したのだ。


 ジェフは確かに、サンディに惚れたのだと。


「転売目的じゃないどころか。セクサロイドにという欲望もなく、ただで使ってやろうという魂胆でもなかった。好きでたまらなくて、一緒にいたかっただけ。メインエネルギーも使わず、ただ眺めて、ただ話してたんだ。フェティシストと言うにも可愛すぎる。まるで……」


「思春期の少年の、初恋のような」


 〈クレイフィザ〉店主はあとを引き取った。うなるような声を発しながら、ギャラガーは同意した。


「それにしても、窃盗団、ねえ」


 ギャラガーは首を振った。


「洒落にならんな」


「お信じになるのですか」


「有り得るとは、思う」


 〈カットオフ〉工房主はうなった。


「うちだって無防備じゃない。前回は乱暴な侵入手段にしてやられたが、言ったように自分でも何かしなきゃならんと思ってな。警備会社の手はずと一緒に、防犯装置を自作した。異常があれば普通は、警備会社に連絡が行くだろう。それを俺のところにも必ず知らせがくるようにして、同時にうちの警備ロイドたちを全員、起動させるように」


「全員」


 どこか面白がるように店主は繰り返した。


「警備ロイドは何名、ご用意なさっているので?」


「何。たったの四体だ」


「十二分でしょう」


「言っておくが、リンツェロイドじゃないぞ。標準装備の警備ロイドだ」


「通常のロイドには、三原則が義務づけられていますからね。人間に危害を加えることはできない」


「もちろん、そういうことだ。性能、外観、リンツェロイド並みでも、三原則を取っ払ってる以上は、ニューエイジロイドにだってなれない」


「見目麗しき警備ロイド……需要がありそうです。ギャラガーロイドとして売りに出したらどうですか」


「阿呆らしい。余所に嫁に出すのはリンツェロイドだけで充分だ」


 ギャラガーは言い切った。


「お前さんが一部の『リンツロイド』を売りに出さないのとは、ちょっと違うがね」


「そうですか?」


「そうだろうさ。とぼけるなよ」


 ギャラガーは鼻を鳴らした。


「ともあれ、警備員が不在だろうと何だろうと、展示ルームや研究室につながる扉は、時間外に開けられたら必ず連絡がくるようになってるんだ」


 たとえ開けたのがギャラガー自身でも、シャロンやタキでもそうなのだと彼は言った。


「なのに、連絡はこなかった。システムはハングしてた。もちろん、偶然壊れたんじゃない。壊されたんだ」


 両腕を組んでギャラガーは息を吐いた。


「ジェフみたいな無知丸出しの素人がシステムを破れるとは思えん。実を言えば俺は、犯人は常軌を逸したフェティシスト、或いは……組織立ったものと考えてた」


「組織」


 繰り返して店主は少し笑った。


という訳ですか」


「茶化すなよ」


 ギャラガーは顔をしかめた。


「失敬。実際、闇ルートは存在しますね。数が少ないのが幸いと言えますが」


「盗難リンツェロイドは企業や工房が誇りや愛情かけて捜索するからなあ。敵さんもやりづらいはずだ。……うちの愛情が余所に劣ってるとは思わんが」


「でもぽつぽつと、聞きますね。『消えるリンツェロイド』の怪談話」


「知ってるのか」


「噂に聞く程度ですが」


 彼は肩をすくめた。


「盗難事件の裏に謎の組織あり。リンツェロイドたちは転売目的で盗まれたのか、フェチズムのためにさらわれたのか、はたまた……なかなか、よいミステリアス・オペラになりそうです」


「茶化すなと」


 ギャラガーはうなった。店主はまた謝った。


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