第25話 金は払ってもらうがね

「ジュディスのことがある」


 小さく、彼は呟いた。


「あいつの話は嘘臭く聞こえただろうが、俺はさらわれたジュディスを探そうと、いろいろ調べた。ロイドが盗まれたことはもとより、盗まれたままだなんて話は不名誉だからどこの工房も隠すんだが、信頼できる数人のクリエイターから話を聞いてな。……リンツ」


 ますます、ギャラガーは声をひそめた。店主は耳を澄まさなくてはならなかった。


「――リンツェロイドの奴隷市場がある、なんて言ったら、あんた、信じるか?」


「それは……また」


 珍しくも、〈クレイフィザ〉の店主は言葉を失った。


「ずいぶんと……クラシックですね」


 数秒の沈黙のあと、彼が口にしたのはそんな言葉だった。ギャラガーは渋面を作った。


「誰もがわくわくして、ひたすら純粋な気持ちから開発を進めたリンツェロイドの黎明期は、もうとっくに過ぎてる。判るか、リンツ」


 彼は続けた。


「いまじゃ、他人の技術や熱意、愛情すらかすめ取って、楽にいいとこ取りしようという連中が台頭してる。もう、そういう時代なんだ」


「判るようです」


 店主はうなずいた。


「名声のため、金のため。時代は流れる。作る方も使う方も、みながみな、あなたや私も含めて、かつて抱いた子供の頃の夢を忘れてしまったとは言いません。ですが、それを抱き続けることは評価されない。かのドクター・リンツェですら、生前の評価は不当なものでした」


「それでも夢を貫いた奴らは、死んだあとでその価値を認められる。それでいい、と思う奴なんか少数派もいいところだ。多くは、いま、この瞬間が快調でなけりゃ気に入らない」


「楽をして稼ぎたい。通俗的ですが、それもまた、一種の夢ですね。われわれの知識、努力、あなたの言葉を借りれば愛情、そうしたものの結晶を盗み出し、転売する方が楽だと思う人種は、確かに存在するでしょう」


「闇の転売市場が整い出してる――なんてことになったら、全国のクリエイターが震撼するな」


 ギャラガーは苦々しく言った。


「まあ、信頼できる筋から聞いたと言っても、結局は噂レベルだ。警察に調査はしてもらってるが、どこまで頼りになるもんか」


「警察に頼れる人がいるというお話はどうなったんです?」


「あんなのは、口から出任せだ」


 ギャラガーは手を振った。


「もし仮に、そうした裏の話が事実で、ジュディスはそのためにさらわれ、たとえばずいぶん高値で売れたとかで再び俺の娘が狙われたんだとすれば。三度目も、有り得る」


「有り得ますね」


 あくまでも仮定ですが、と店主はつけ加えた。


「ジェフの話は手がかりになり得る。それだけじゃない。あいつはサンディを守ったってことにもなる。一週間ばかり行方不明でも、あの子は何の損傷もなく、生きていた」


「ギャラガー。表現に気をつけて。ここはあなたの〈カットオフ〉ではありません」


 鋭く、シャロンから忠告が飛んできた。


「リンツェロイドを『生きてる』なんて言うなって訳か? まあ、反団体はうるさいからなあ」


「ミスタ・リンツはご寛容でいらっしゃいますが、癖になってはいけません」


「判ったよ。気をつける」


 素直にシャロンのマスターは言った。


「罪は罪。罰は受けてもらう。だが俺はしばらく、サンディを店頭から引っ込めることにしたよ」


「――それはつまり、ジェフ氏に?」


「ちゃんと金は払ってもらうがね」


 ギャラガーは唇を歪めた。


「リンツ。言っておくが俺は、お前の話に納得いった訳じゃないぞ。だいたい、惚れたからって許される話じゃない」


 ただ、と彼は続けた。


「あいつの話を信じるなら、あいつはサンディを勝手に連れ帰りはしたが、盗んだ訳じゃない。停止に困惑して直そうとした訳だし、金のことを気にしていたという話も……むしろ誠実さを感じさせる。だから俺は、あいつを殴らなかった」


 ギャラガーは大きく、唇を歪めた。


と認めた訳じゃないからな」


「ミスタ。本当のお子さんは?」


「何?」


「ご結婚はなさっていないと聞いていますが」


「いないさ。妻も子供も。それが何だ」


「いえ、お嬢さんがいらっしゃったら、その子の恋人はそれこそ、父親のもとから娘を盗み出さなければならないのだろうなと思っただけです」


「阿呆。人間とロイドは違うだろうが」


「もちろん、違いますが」


「そうだとも。違う。ロイドは俺の作品だが、本当の娘であれば、それは俺だけで作った訳じゃない」


「それは、そうでしょうね」


「いや、そういうことじゃなく」


 こほん、とギャラガーは咳払いをした。


「ガキのうちはともかく、成人まですりゃ、それは両親のじゃなくて本人の作品だ。誕生のきっかけを作ったくらいじゃ、偉そうな真似はできんよ」


「それは、それは」


「何だ。文句があるのか」


「感心しているんです」


「馬鹿にしているように聞こえたがね」


 彼は唇を歪めた。


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