第26話 そんな記録はなかった
「さて。万事とはいかないが、とりあえずは解決だ。世話になったな、〈クレイフィザ〉の」
ギャラガーは椅子から立ち上がった。
「サンディの細かいチェックは、戻ってから続ける。まあ、問題はなさそうだが」
「気になることがあります。いいでしょうか」
同じように立ち上がって店主はギャラガーを見た。
「何だ」
「ミスタ・ギャラガー。サンディのトークレベルは?」
「2だが?」
「もう少し詳しくお願いします」
「何を聞きたいのか、それを言えよ」
しかめ面でギャラガーは手招いた。
「仕様を片端から喋らせようってのか?」
「失敬」
店主は片手を上げた。
「彼女はマスター以外にも挨拶をしますか?」
「いや?」
ギャラガーは答えた。
「基本的に、しない。マスターが『客人に挨拶を』と指示すれば別だがな」
「――そうですか」
「それが何だ?」
胡乱そうにギャラガーは尋ねた。店主は眼鏡の位置を直してこう言った。
「ジェフ氏が、サンディと挨拶を交わしていたと言ったら、どうしますか」
「んな、阿呆な」
彼は一蹴した。
「するはずがない。起動させただけじゃマスターとして認証されないのは、あんたもよく知ってるだろう。責任者の立ち会いのもと、パスワードの譲渡に伴って行われる所定の登録をして初めて『マスター』の誕生だ」
「ええ、知っています。よく」
店主はうなずき、そこで黙った。ギャラガーは苛ついたような顔を見せた。
「それから、もうひとつ」
指を一本立てて店主は続けた。
「あなたの防犯ロックは、サンディの機能を徐々に下げるものでしたか?」
「何?」
「つまり、機能停止する前に、何らかの前触れがありますか? 警告の意味合いとして」
「はあ? 何で盗人相手に、そんな親切設計してやらなきゃならん」
ギャラガーは手を振った。
「落ちるさ。ばたんと。前触れなく。いや、倒れて怪我でもしたら馬鹿らしいから、座ってから落ちるようにはなってるが」
「ふむ」
「傷がつく」ではなく「怪我をする」とギャラガーが言ったことには特に触れず、店主は両腕を組んだ。
「指示を」
「何?」
「まず、指示を聞かなくなるようなことは?」
「お前は、さっきから何を言ってるんだ?」
判らない、と言ってギャラガーは眉をひそめた。
判りましたと店主は返し、相手の顔をますますしかめさせた。
「〈サンディ〉は警告などしないはずだった。しかしサンディは、しようとしたんです」
「……はあ?」
「少なくともジェフ氏によれば。機能停止する以前に、彼女は彼の言葉を聞かなくなり、何か言いたそうに――彼を見ていたと」
「そんなのは、気のせいだ。そうじゃなけりゃ、妄想」
ギャラガーは切り捨てた。
「ログには、そんな記録はなかった」
「そうですか」
「お前、仮にもロイド・クリエイターなら、その辺のドリーマーみたいなことを言うのはやめろ」
「おや」
店主は片眉を上げた。
「私が何か、夢を語りましたか」
「ロイドに感情移入しているとしか思えないことを言っただろうが」
「ミスタとそんなに、違いますか」
にっこりと店主は笑った。
「自作品に愛着を持つのと、存在しない機能を夢見るのは全く違う」
「成程」
彼はうなずいた。
「ロイドに心なんて無い。当然のことです」
「そうと判ってるなら、何で妙なことを言う」
「ではジェフ氏は、夢を見たのか? はたまた、あなたのプログラムにバグがあったのか? どちらかということになりますね」
「バグだと。……まあ、絶対にないとは、言えんが」
素直にクリエイターは呟いた。
「彼らは学ぶ。知らないことを覚えます。もちろん、何でもかんでも覚えはしない。彼らの仕事に必要なことだけ」
「そりゃまあ、『マスター』の家族やら友人やら、室内の構造やら家具の配置やらは覚えるし、オプションによっては歌だの言葉だのもどんどん覚えるようになってるわな。そんなのは当然だ。ニューエイジロイドだってやる」
「『ニューエイジロイドだってやる』。では、リンツェロイドであることの意味は?」
「それを言わせるのか?」
ギャラガーは顔をしかめた。
「それこそ――夢だろうさ。ぜんまいや歯車で『からくり人形』を作っていた時代からの」
「とある古い宗教の聖典に寄れば、神は自らの形に似せて人間を作ったそうですよ」
「はあ?」
「もちろん神話というのは人間が作ったものですね。つまり太古の時代から、私たちには願望がある、ということになります。人間にそっくりな何かを生み出したいと」
「ただの支配欲、とも言えるがな。他人は思い通りに動かせないが、作り物なら、と」
「ミスタはそうした動機でクリエイターに?」
「いま話してたのは一般論だろうが」
「そうですね」
「お前な」
「リンツェロイドが特化した方向は、外見。間違いないと思います」
淡々と、店主は続けた。
「ですが、それだけですか?」
「何だって?」
「われわれは神のように、人間を作りたかったのでは?」
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