第9話 使うために作られたもの

 それでもタキは、しばらく躊躇っていた。費用が払えないからと。


 〈クレイフィザ〉の店主は、買い取りを申し出た。見てみないことには値段はつけられないが、うちで引き取ってもいいと。


 タキは一瞬迷ったようだが首を振り、見てもらうだけでもいいかと言った。店主はかまいませんと答えた。


 そしてその夜、〈サンディ〉はやってきた。


 男に横抱きにされた「少女の形をしたもの」は、確かに眠っているか、或いは病人であるかのように見えた。


 迎えたアカシは口笛を吹いた。


「こりゃ上玉っすね。美女だ」


 表情を曇らせたままだったタキはそのとき、少しだけ誇らしいような顔をした。


「これはうちの技術者のひとりで、アカシです」


「どうも。ミスタ」


 アカシは軽く頭を下げた。


「あ、ああ。よろしく……頼む」


「お任せを。たちどころに直してみせますよ」


「いや……」


 タキは困った顔をした。


「アカシ、こちらのお客様は見積もり依頼なんだ」


「え? あ、何だ、そうすか」


 こほん、とアカシは咳払いをした。


「じゃあ、ええと、調べさせてもらいます。『お嬢さん』をこちらにどうぞ」


 タキは〈サンディ〉を慎重に台の上に載せ、そっとその頬に触れて、名残惜しそうに手を離した。


 それはまるで、恋人の亡骸と最後の別れをするかのようだった。


 マスターがもう一度タキと話をする間、アカシは台を押して〈サンディ〉を運んだ。


 外見は、十七、八の少女。金色がかった茶色い髪はストレート。長さはちょうど、肩の辺り。閉じた瞳の色は、もちろん判らない。


 白地の角襟ブラウスと細かいチェックのキュロットスカートは、活動的な印象を与える。企業製品だと衣服のどこかにさり気なくロゴが入っていたりするものだが、一見したところでは判らなかった。もとより、着せ替えをしていれば何の参考にもならない。


 アカシは服に触った。リンツェロイド用に作られているものだとすぐ判った。


 「マスター」のなかには人間の服を着せたがる者もいるが、人間よりも「体温」の高いリンツェロイドには専用の服の方がいい。そうしたことをよく判っているマスターはリンツェロイド用の衣服を新しく買うこともある。「マニア」と言われる類になると、人間の服を着せて、機械側を微調整をすることも。


 〈サンディ〉のマスターは判っているか、それとも何も判っていなくてデフォルトのままか、どちらかだ。


 大まかな話は聞いていた。


 ハードは稼働しているのにソフトが起動しない原因、いや、もともとは指示を聞かなくなったというエラーの原因特定。


 アカシが〈サンディ〉を預かってから、数時間。


 完了したサーチで判ったことは、オーソル――オペレーティング・システム・オブ・リンツェ、OSoL――の一部がアクセスを受け付けないということだ。起動しないも道理である。


 だが、何故そういう状態になったのかと言えば、まだ判らなかった。


 この〈クレイフィザ〉は、どこの製品であっても対応しますというのが売りのひとつだ。〈サンディ〉はクレイフィザ製品ではないが、そうしたことは珍しくないどころか、普通だ。アカシにできるとマスターが判断したのなら、アカシにはできる。


 だが――。


 簡単では、なさそうだった。


「バックアップの上書きが進んでる」


 ざっと検査を続けると、アカシは舌打ちした。


「おかしくなってからのデータを保存しまくってる。三重バックアップも更新済みだ。……五日なんて」


 彼は顔を歪めた。


「おもちゃに飽きたガキじゃあるまいし。壊れたリンツェロイドを五日間も放置? 相談なんてする前に、さっさと持ち込みゃいいだけじゃないか? 使わないなら売るなり譲るなりすればいいんだ。邪魔なら最悪、捨てたっていい。誰かが拾う。たとえパーツになるとしても、再利用される。放置がいちばん酷い」


「おやおや」


 マスターは片眉を上げた。


「不法投棄の推奨かい」


「あなたに法律について何か言われたくありません」


 アカシはきっぱりと言った。


「……言っときますけどね。『可哀相だ』なんてんじゃありませんぜ」


 それから彼は鼻の頭をかいた。


「俺が言うのは単に『放置なんて無駄だ』ってことですよ。使うために作られたものが使われないなんて、無駄です。……何がおかしいんですか」


「そりゃあおかしいさ」


 店主は肩をすくめた。


「エネルギーの無駄だと言うのなら、稼働させっぱなしの方が無駄だ。もちろん、使うときだけ稼動させることも可能だが、そうするオーナーはあまりいないね。稼働させておくのが普通だ。長いこと使わないと言うのであれば、落とすこともあるだろう。でもアカシ」


 笑みを浮かべて、彼は続けた。


「君の言いようを聞いていると、無駄がどうのと言うよりもやはり『使われないなんて可哀相だ』と言っているようだ」


「マスターがそう言うなら、俺はそう言っているんでしょうよ」


 投げやりにアカシは応じた。

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