第8話 眠って、いるのかと

「まずは見積もりということでけっこうですよ。とにかく、本体を見ないことには何とも。サンディはお連れですか?」


「いや……」


 男はまたうつむく。


「外に出せる、状態じゃない」


「――どういう意味です?」


 店主の顔から笑みが消えた。


「う……動かないんだ」


 まるで悪戯を告白する子供のように、タキの声はうわずった。


「何ですって?」


「指示を聞かないと言うのは、ただ仕事をしないと言うんじゃなくて……いや、最初はそうだったんだが、いまはもう、病人みたいに、寝たっきり」


「起動しないほど、異常だと言うんですか?」


 彼は低く、尋ねた。


「完全に停止しているのですか」


「稼働は、してる。電源は落ちてない。なのに、動かない」


「再稼働はやってみましたか」


「試したが、変わらない」


「どちらかのステッパーをお使いですか」


 質問は続いた。


「ス……ステッパー?」


 目を白黒させて彼は問い返した。


「リンツェロイドの動力源に必要なものですよ。通常は、ただの水でもかまいませんけれど」


「え?」


「彼らは燃料電池だけでも動きますが、効率はよくない。水分を内部で電気分解し、水素を反応させます。たいていはごく普通の水道水や市販のウォーターで問題ありませんが、専用の電解水が最適です。その特製の電解水を『ステッパー』と言います」


 店主は首を振った。


「ご存じないなら、ステッパーはお使いではないのですね。では水道水を? ごく稀に、専用に調合された特殊なステッパーでなければ不具合を起こす個体もあるのですが」


「いや……」


 男は困惑していた。


「水? リンツェロイドが、水を飲むのか?」


「飲みますよ。飲むふりをする、と言うのが近いですが。要するに、所定の箇所に水分をセットできるならどういうやり方でもよく、外から注入しても、なかを開けて追加してもいいんですけれど、リンツェロイドは『より人間に近い』ことが求められますのでね」


 店主は「講義」を続けた。


「では、ステッパーも水道水も与えていない。となるとプログラムのハングでしょうか。そういうときは自動再起動するサブシステムがついているはずなんですがね」


「眠っている、のかと」


 タキは呟いた。


「最初は俺、リンツェロイドも眠るんだななんて……思ったけど。そんなはず、ないよな」


「ありませんね」


 すげなく主人は言った。


「眠っている『ように見せる』ソフトならあります。ただ、一部の愛好者以外意味を持たないソフトですから、デフォルトで入っているということはまずありません」


「自己修復中のことを『眠る』と表現するのを聞いたことがあったから、それだろうかとも」


「確かに、そんなふうに言う方もいますね。たいていは数秒、長くても数分ですから、ずいぶん短い睡眠ですが、稀に半日くらい時間がかかることもあります。と言ってもそのかんの反応が鈍くなるだけで、とまってしまうことはない」


「眠って、いるのかと」


 店主の言葉を聞いているのかいないのか、うつむいてタキは繰り返した。


「ミスタ・タキ」


 彼は客を呼んだ。


「あなたが〈クレイフィザ〉の扉を最初にくぐってから、丸二日が経っています。自己修復だって、最長でも半日あれば基本機能を回復させる。いったい何が起きたのか、ここで想像を続けるよりも」


 彼は首を振った。


「いますぐサンディをここへ。これ以上日にちをかけると、直るものも直らなくなりますよ」


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