第7話 悪いことじゃありません

「……何?」


 意味が判らない、と男はまばたきをした。


「つまり。リンツェロイドのIDナンバーを協会に提出すればいいという話ではないんです。所有者の調査も行われます。たとえばの話ですが」


 店主は眼鏡の位置を直した。


「盗品、などであってはいけませんから」


「俺はサンディを盗んでなんかいない!」


 がたん、と男は立ち上がって叫んだ。店主はびっくりした。或いはそのふりをした。


「私はそのようなことは言っていませんよ、ミスタ」


 たとえ話ですと穏やかに彼は言った。


「時にミスタ。お名前は?」


「タ……タキ、だ」


 目線をうろつかせて、男は答えた。


「ミスタ・タキ」


 店の主人は繰り返した。


「どうなさいますか。お預けいただければきちんと調査とメンテナンス、必要ならば修理をいたします。再申請の手続きはうちでもできます。調査は所有者に入りますが」


 ゆっくりと彼は続けた。


「うちに預けるも余所に預けるも……いいえ、預けるも預けないもあなた次第。あなたの選択が彼女の命を救い、或いは奪うのであるとご理解を」


「い、命だなんて」


 タキは引きつった。


「ロイドじゃないか」


「ミスタ・タキ」


 またしても店主は呼んだ。


「彼女らを『機械』であると考える者は、恋人の不治の病を疑って病院を訪ねるように、躊躇いがちに何度も修理工房に相談にきたりしません」


 すぐさま修理に出すか、壊れたと諦めて廃棄するか、そうしたところだと店主は言った。


「ヒトガタに心奪われる。それはまだ人類にとってアンドロイドが仮想に過ぎなかった頃から存在する物語だ。悪いことじゃありませんよ」


「悪い……わ、悪いだろうが。リンツェロイドを人間のように扱うなんて」


 声をうわずらせてタキは言った。


「『人間と誤認させるな』。法が言っているのはそういうことです。一時期、詐欺事件が横行しましたからね。最近は拡大解釈が進んで、リンツェロイドのことを人間のように話すだけで非常識のように言われますが、互いに『それがロイドである』と判っている場合、彼女と言おうが娘と言おうが恋人と言おうが、法には触れません」


 店の主人は肩をすくめた。


「そう、あくまでも『騙してはならない』ということ。それが機械であると知る当人が恋をすること自体は禁止されていませんし……だいたいそんなもの、禁止できるはずもありませんね」


「ま、待てよ。恋だとか、そんなこと」


 タキは慌てた。


「人類には二種類しかいません、ミスタ・タキ」


 にっこりと〈クレイフィザ〉の店主は笑みを浮かべた。


「ヒトガタに恋をする人種と、しない人種です」


 その言い切りに、タキは反応に困るようだった。


「うちにいらっしゃるお客様の大半は、前者ですね。自覚のあるなしは別ですが、彼らはリンツェロイドに並々ならぬ愛情を抱いている」


「機械だからってぞんざいに扱うとは限らないだろう。それどころかリンツェロイドは高価なんだから、大事にして当たり前」


「そういうお話でも、ありません。お判りと思いますが」


 主人はにこにこと返し、タキは黙った。


「さて、ミスタ。そろそろサンディに会わせてもらえませんか」


 彼は言った。


「そうして焦らされては、どのようなリンツェロイドなのだろうかと期待の大きくなるばかりです」


「いや、焦らしてなんか、いないが……その」


 タキはうつむいた。


「金が……いや、い、いまは、手持ちが、なくて」


 言い訳をするように、タキは「いまだけだ」とつけ加えた。


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