第6話 あなた次第

「トークレベルについてうかがっていませんでしたね」


「え?」


 男は聞き返した。


「レベル……?」


「ええ。いまどきのリンツェロイドは八割方、トーク機能が備わっています。ない場合はレベルゼロ、ということになりますが」


 店主は説明をはじめた。


「『はい』『いいえ』等の簡潔な返事だけするものがレベル1。『おはようございます』『こんにちは』『いってらっしゃい』『おかえりなさい』、そうした状況に応じた挨拶ができれば2。3になると人間の話に返事をします。ただし、個々の単語や語調で話の内容を判断するので、大外れの台詞を返す場合も」


 苦笑めいたものを浮かべて店主は続けた。


「トーキングロイドと呼ばれるには、レベル4から5が必要ですね。ここになるとほぼまともな返答をしますし、話題をふくらませることもします。5のプラスとなると自分から話しかけることもでき、語彙も豊富で、人間と話しているのと変わらないほどです。5プラスは、ダイレクト社でも数体しか扱っていません。値段は、4からぐっと跳ね上がりますが」


 どうですかと店主は尋ねた。


「2……かな」


 ゆっくりと客は答えた。


「挨拶をする、から」


「となると、深刻なエラーが起きたときは言葉で知らせるソフトが入ってると思うんですがねえ」


 どうです、と店主はまた尋ねた。


「何か、普段と違うことを言っていませんか」


「いや」


 客は首を振った。


「――何も」


「ふむ、成程」


 〈クレイフィザ〉の店主はそう言って、コーヒーカップを弄んだ。


「だいたいのお話は判りました。つまり、ミスタ」


 彼はかすかに笑みを浮かべて客を見た。


「どこの工房製かも判らないリンツェロイドと思しき一体が、ある時を境に、仕事をしなくなり……」


「思しきってのは何だ、思しきってのは」


 男は顔をしかめた。


「サンディは、れっきとしたリンツェロイドだ」


「所有証明書は?」


「何?」


「リンツェロイドを扱う工房であれば、ご購入の際に、必ず原本をお渡しします。製作者、製作日……誕生日、なんて言い方をすることもありますね。工場名、ヴァージョン、初期オプション、その他いろいろ。普通のやり方ではコピーが取れませんが、専用紙を使って複製し、それにサインとIDナンバーをいただいて、こちらも購入者に一通、工房にも一通」


「え……」


「中古市場は大きくありませんが、売り払うときには証明書の原本もつけるのが常だ。つまり、二人目、三人目の『マスター』であっても同じことです。企業でも個人工房でも、リンツェロイドを購入した場合は、必ず所有証明書と仕様書が渡されます。個人間の譲渡や、道ばたで拾ったとでも言うのであれば別ですが」


「道ばたに落ちてるはず、ないだろう」


 困惑したように男は言った。店主は片手を上げた。


「道ばたは冗談ですが、生憎と『量産品ではない』だけではリンツェロイドとして認定されないんです。審査を通り、認定証がもらえないと、それはただの類似品です」


 店主は手を振った。


「認定証は作製工房にありますが、所有証明書には認定証の番号も書かれています。所有ロイドの内部にはめこまれたプレートの番号と認定証の番号、つまり手首に刻まれている個体識別番号が一致しないことには、何ぴとたりとも『リンツェロイドを』『所有している』ことになりません」


「認定……証明……そんなものは……なかった」


 客はうつむいた。


「なかった?」


「あ、いや、な、なくなった。あったが、なくしたんだ」


 男は言い直した。


「再発行いたしますか?」


「え?」


「〈リンツェロイド協会〉に申請すれば再発行が可能です。時間も手数料もかかりますが」


「……どれくらい、かかるんだ?」


「時間ですか、手数料ですか」


「両方、教えてくれ」


「もっともですね」


 店主はうなずいた。


「手数料は数百クーラン。うちではしばらくやっていないので値上がっているかもしれませんが、五百を超えることはないはずです。時間は」


 彼は客をじっと見た。


「あなた次第」


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