第11話 どんな意味があるのか、はたまた意味などないのか
「面白いよなあ、あいつ」
〈トール〉は〈クレイフィザ〉の最年長ロイドだが、外見年齢は最年少だ。
穏やかで控えめ。と言っても人の言いなりという訳ではなく、反論はするし大声も出すが、感情的に喚いたりはしない。旧型のヴァージョンにコンプレックスを持っていて、その悩みを抱え込んでいる。――という、性格設定。
彼らのマスターはトールが可愛くて仕方ないと見えて、実は彼に一番時間をかけている。だが当のトールはそれを知らない。いや、知ったとしても、ヴァージョンアップをしてもらえればマスターの時間を取らずに済むはずなのにとまた落ち込むだろう。奇妙なリンツェロイドである。
それとも、奇妙なのは彼らのマスターと言うべきか。
〈トール〉のために組まれた独特のプログラムの数々は、〈アカシ〉にすらアクセスが許されていない。
さて、とアカシはトールの淹れたコーヒーを口に含みながら――と言っても、これは彼ら用に特化された「ステッパー」であった――、椅子に座り直した。
サンディが指示を聞かなくなった原因を特定すること。
アカシはまず、当然、「聞き取る」ことに問題が生じたのだと判断した。だが音声認識プログラムは正常に動くように見える。だいたい、オーソルがおかしくなる理由にはならない。
あちこち調査をしても何も判らず、アカシは半日で降参しかけたが、マスターを怒らせる前に両手を下げた。
〈クレイフィザ〉の店主は声を荒げたりしないが、その代わり、問答無用で「懲罰」をくれる。あれは洒落にならない。一部の重要機能をオフにされたあと、数日間に渡って徹底的に放置される。冗談ではなく本当に廃棄されるのではないかと、トールのような心配性でなくとも不安になる。
「言っとくけど、あんなぶっ壊れロイド、もっかい見るのなんかヤだかんね、俺」
金色の髪をした二十歳過ぎほどの青年は、椅子にもたれかかると、行儀悪く足をテーブルの上に乗せた。
「こっちに投げないで何とかしてよ、アカシ」
「ライオット、てめえな」
アカシはライオットと呼んだ相手を睨んだ。
「さぼる気か」
「マスターの命令なら聞くさ。でもそうじゃないだろ。マスターはあんたにやらせてるんだし。俺の出番を決めるのはアカシじゃなくてマスターだし」
「上等だ、この野郎。てめえの手なんか借りるか。エミーに添い寝でもしてやがれ」
「何だ。うらやましいのか。俺がエミーの世話、任されたから」
「阿呆か。お前らはクラッシャー同士、お似合いだ。お前はマシン、エミーは人間を壊すがな」
「――アカシ。ライオット」
こほん、とトールが咳払いをした。
「喧嘩はやめてください。みっともない。それからライオット。足」
「ああ、ごめんごめんトール」
はははと笑ってライオットは足を下ろした。
「でもつっかかってきたのはアカシだから」
「そっちだろうがよ」
「あんただよ」
「お前だ」
「その辺に」
ばん、とトールはテーブルを叩いた。はずみでコーヒーカップが数センチ浮かび上がって、器用にまたソーサーに収まった。
「いいですね?」
「あー、はいはい」
「判りましたよ、おニイちゃん」
こうしたやり取りは、いつものことだ。〈クレイフィザ〉の裏にある休憩室に彼らが集まれば、話す内容は違っても、その役割分担は同じ。アカシとライオットの意見がずれて口喧嘩になりかけ、トールがとめる。
決まっているのだ。プログラムで。
ロイド同士のお喋りには、ほとんど益がない。製作者が異なれば、学習機能が働いて語彙を増やすということもあるが、同じクリエイターから作られた彼らが会話をするのは、時間の無駄遣いに近かった。
しかしそれも決まっているのだ。一定の時間には、休憩室に集まって進捗状況の報告や雑談をすること。
そこに何か意味があるのか、どんな意味があるのか、はたまた意味などないのか、そんなことは彼らにはどうでもいい。プログラムに組み込まれ、マスターに命じられ、彼らはただ実行する。
何も知らぬ他人が〈クレイフィザ〉の休憩室で彼らを見たなら、ごく普通に工房の技術者たちだと思うだろう。彼らの手首に番号はなく、彼らの指先には爪がある。
もし誰かがその「正体」に気づいて訴え出たなら、大きな騒ぎになるはずだ。
だが他人はここに入らない。店主さえ、滅多にやってこない。
〈クレイフィザ〉の休憩室は、彼らのためだけに存在した。
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