第12話 趣味が悪いです
「ああ、ちくしょう。もっと簡単かと思ったのになあ」
コーヒーことステッパーを飲み干して、アカシは勢いよく立ち上がった。
「よし。もうひと踏ん張り」
「頑張れよー」
「マスターに何か言っておくことでもありますか?」
「いんや。ああ、そうだ。修理を依頼されても、最悪の場合、どうしたって無理って可能性がありますとだけ言っといてくれ」
「そんなこと、本当に、言っていいんですか?」
トールは目をぱちぱちとさせた。
「弱音なんて、アカシらしくないですね」
「一、二回の上書きなら、どうにかできる場合もある。実際は必ずしも『上』に書いてる訳じゃないしな。だが」
アカシは肩をすくめた。
「あの〈サンディ〉についちゃ、実際に上に書かれちまってる部分も多いんだ。類推でできなくもないが、根拠のない類推で『できました』と所有者に返却はできないさ。俺のプライドとしても、〈クレイフィザ〉の名誉としても」
「『無理です』よりはましな気がしますが」
「やるなら同意書、もらっとかなきゃな」
「もっともですね。その可能性もありますとマスターに話しておきます」
「頼むわ」
ひらひらと手を振って、アカシは休憩室をあとにした。
「……プライドだってさ」
ライオットが呟いた。
「おかしなこと、言う奴だ」
「名誉。誇り。判りませんか、ライオット?」
少し口の端を上げて、トールは尋ねた。
「判るも何も。俺らは機械でしょ」
しかめ面でライオットは返す。トールはゆっくりと、続けた。
「――マスターの名に恥じない仕事を。あなたはそう思わないんですか?」
「……あー、成程ね」
判った、とライオット。
「因果だねえ、俺たちゃ」
「僕は特にそう思わないようです」
「だって、何をしても、あの人の操り人形だよ」
「それが何か?」
トールは片眉を上げ、ライオットは「そうだよな」と言うとけらけら笑った。
という訳です、と言いながら少年は――本物の――コーヒーを店主の前に置いた。
「あれだけ時間をかけてもアカシが手がかりを見つけられないというのは、本当にどうしようもないという可能性が高いかと」
「だろうね」
さらりと店主が言ったので、トールは一瞬、何か聞き違ったかと感じた。
「マスター、いま何て?」
「『だろうね』。『そうだろうね』ということ。つまり、アカシに無理でも当然だろうという意味だ」
「な」
トールは口を開けた。
「なら何で、意味のないことやらせてるんですかっ」
「意味がないとは言っていないよ。できなくても責められることじゃないというだけの話だ。彼が降参するまでどれだけかかるかなとの興味はあるけれど」
「マスター。意地が……いえ」
少年は息を吐いた。
「趣味が悪いです」
「有難う」
主人は笑みを浮かべた。
「そう在りたいと思っているよ」
彼の返事にトールは、今度こそ聞き違っただろうかと感じたが、確認しない方がいいような気がして黙っていた。
「そろそろ、協会から返事がきてもいい頃なんだが」
店主が呟いたときだった。まるでそうした言葉を合図として待っていたかのように、ポーンと小さな音がして、メールの到着を知らせる光が点滅した。重要度は「最大」。
「きたね」
「開きますか?」
「頼むよ」
マスターの言葉にトールは立ち上がり、端末を操作した。
「音声が添付されています」
トールが言うと同時に、声が響いた。
『〈クレイフィザ〉様。お問い合わせに回答いたします』
感情を抑えた機械音が言う。
『該当リンツェロイドは、以下のように登録されております。個体名称〈サンディ〉、工房名〈カットオフ〉、製造者名カルヴィン・ギャラガー、製造年月日……』」
音声は登録内容をぺらぺらと喋った。
「〈カットオフ〉」
店主は呟いた。
「へえ」
「ご存知なんですか?」
「名前は聞いたことがある。〈カットオフ〉のギャラガー。なかなか面白いクリエイターだよ。大きなコンテストで何度もいいところまで行くんだけれど、派手さが足りないせいかな、優勝は逃してる。成程、彼の製品か」
「大きなところなんですか」
「個人の工房としては、大手と言えるね」
「遠いところにあるんですか?」
「とんでもない。この都市のなかだよ。『旅行先』と言うにはいささか近いね。もちろん、感覚は人によってそれぞれだが」
さて、と店主は軽く手を合わせた。
「トール。〈カットオフ〉の連絡先は公開されていると思うから、メールを書いてくれるかな」
「何て書きますか」
「〈サンディ〉のメンテナンスを依頼されたが、所有者が仕様書をなくしたと言うので、コピーが欲しい。そんなところでいいよ」
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