第18話 世間話だよ
「偽名を名乗るような人間だと気づきながら、依頼を受けたのか?」
「受けなければよろしかったでしょうか?」
「……いや、受けてもらったからこそ、こっちに連絡がきたんだからな。そこを咎めるつもりはないが」
むっつりとギャラガーは言った。
「タキと名乗ったのか。彼を知る人物か? いや、しかし知人の名前を使うなんて浅はかすぎるだろう。偶然か、それとも……」
「タキに恨みを持つ人物、ということはありませんでしょうか」
シャロンが口を挟んだ。
「彼に窃盗の疑いをかけようと言うような」
「有り得るな」
「有り得ませんね」
マスターたちは同時に逆のことを言った。
「有り得ない? どうしてだ」
「ひとつ。彼は偽名を用意していた様子ではなかった。とっさに出てきた名前という感じでした。もうひとつは、仮に彼が盗んだとするならですが、その動機はあくまでも、ミスタ・ギャラガー、あなたの言ったように『サンディに惚れた』ためと思われるからです」
「どうであろうと」
彼はうなった。
「そいつを締め上げなきゃならん。リンツ、連絡先を聞いているんだろう。名前は偽でも、連絡先は本物の可能性が高い。吐け」
「お断りします」
「また言うか」
「言いますとも」
「こいつ」
かっとしてギャラガーはリンツの胸ぐらを掴んだ。
「ギャラガー。いけません。落ち着いて」
「ちょ、ちょっと、何してんですか! マスター!」
やってきたトールも、トレイを持ったままで叫んだ。
「心配するな、シャロン。俺は冷静だ」
「大丈夫だよ、トール。気にしないで」
マスターたちはほぼ同時に言った。
「そうは思えませんが」
「とても気になるんですけど」
リンツェロイドたちもほぼ同時に返した。
「どうしてその偽タキをかばう、リンツ。出るとこ出てもいいんだぞ」
「おや。警察沙汰には、したくないのでは?」
「シャロンのことを言ってるのか。はん、かまわんさ。上の方には顔の利く奴がいるんだ」
「それは、また。けっこうなことですね」
「そっちは特に、コネはないってか? 残念だったな」
ギャラガーは店主を睨んだ。
「なあリンツ。刻印なしの爪ありリンツェロイドを不特定多数に接触させてるなんざ、世間に知れたら、反ロイド団体が徒党組んでやってきそうな楽しい話だと思わんか?」
「脅しですか」
「いいや、世間話だよ」
どちらかと言えば細い体格の店主を持ち上げたままで、大男は淡々と言った。
「どうすんだ? 素直に言うか、痛い目を見たいか。後者には何のメリットもないと思うがね」
「――偽タキ氏はね、ミスタ」
店主は口の端を上げた。
「彼自身が盗んだかどうかはともかくとして、サンディが盗品であることを知っている。私はそう思う。しかしそれにもかかわらず、彼女を直したいと、うちを三日間もうろうろ出入りした。判りませんか、ミスタ・ギャラガー」
「何がだ」
「私は彼の恋を応援したいんですよ」
「ふ、ふざけるなっ」
「ギャラガー!」
すんでのところで、シャロンがギャラガーの手をとめた。あと一秒遅ければ、その拳は店主に届いていただろう。
「放せ、シャロン」
「ご命令でも、聞けません。あなたが私を伴ったのは、犯人に殴りかかることをとめさせるためでしょう。ですから私は、ミスタ・リンツに対する暴力にも、同じようにします」
女の姿をしたシャロンが、体格のよいギャラガーの拳を簡単にとめているように見えるのは、奇妙な光景だった。
「マ、マス、マスター」
泡を食ったトールは、慌てて盆を置くと店主に駆け寄った。
「だだっ、だい、大丈夫ですかっ」
「ああ、何ともないよ。シャロンがとめてくれたからね」
「す、すみません、僕……何もできなくて」
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