第19話 仰る通り

「コーヒーを投げ出したら掃除が大変だっただろう。だいたい、君は私の用心棒じゃないんだから」


 眼鏡の位置を直しながら、彼は笑みを浮かべた。


「何が、おかしいっ」


「冷静に。ミスタ・ギャラガー。あなたを笑った訳じゃない」


「そうですよっ、落ち着いてくださいっ」


 トールは両の拳を握り締めた。


「うちのマスターはちょっと変ですけど、悪い人じゃないですっ」


「……変かな?」


「変ですっ」


「あまり一般的な考えではなくても、変じゃないだろう」


「あまり一般的な考えではないことを変と言うんですっ、お判りでしょうっ」


 少年は力説した。ふっと――ギャラガーが笑った。


「判った。判ったよ。かっとなった。認める。いまのは俺が悪かった」


 その宣言を聞いて、シャロンは主人の手を放した。


「だがな、リンツ。あんたの言い分までは、認められない。俺の娘に惚れたと言うなら、きちんと購入すりゃいいんだ。盗むなんて」


「それはもっともです。いくら金がなかったと言っても、窃盗は犯罪だ。そこは全面的に同意しますよ」


「サンディだけなら、こうしてここにいる。ことと次第によっちゃ、目をつむってもいいさ。しかしジュディスのこともあるんだ」


「偽タキ氏は、ジュディスの件とは関係ありません」


「どうしてそう言い切れる。証拠でもあるのか」


「ですから。彼はサンディに愛情を」


「ロイド・フェティシストには、一体を長々と愛玩するタイプと、次々に乗り換えるタイプがいるんだ。そいつが後者じゃないと言えるのか」


「先ほども言いました。ずいぶんと無知だった」


「二体目なら学んでるはずだとでも言うのか」


「そういうことです」


「そんなの、判らんだろう。あんたは無知だと言うが、無知じゃなくて馬鹿なのかもしれん。失敗から学ばない」


「そういう感じでも、なかったですがねえ」


「全部、あんたの印象じゃないか」


「仰る通り」


「リンツ。いい加減に」


 苛々とギャラガーは拳を握った。


「ギャラガー」


「判ってる。暴力は振るわん」


 彼は拳を開いたり握ったりして、肩に入った力を緩めた。


「とりあえず、コーヒーでも。トールは淹れるのが巧いんですよ」


「それって自画自賛じゃないですか、マスター」


 呆れたようにトールは呟いた。


「淹れたのは君じゃないか」


「プログラムの調整したの、マスターでしょ」


「せっかくだが」


 ギャラガーが主従のやり取りを遮った。


「まずはサンディを見たい。その間にもう一度、俺に伝えるべきことについて考えてくれ、リンツ」


「――いいでしょう。ここにいても?」


「もちろん、かまわん。端末を借りたい」


「もちろん、どうぞ。いま、所有者認証を解除します」


 店主は素早くキーボードを操作してギャラガーに場所を譲ると、椅子を引いて、ギャラガーとシャロンを見守る位置についた。トールからコーヒーを受け取り、何か言う。助手はうなずいて、出て行った。


 シャロンはちらりとそれを見たが、何も言わずギャラガーの手伝いに入った。


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