第15話 ギャラガー
それから、およそ一時間後。
〈クレイフィザ〉の前に車がとまった。
「マスター」
トールは店主の袖口をつんつんと引いた。店主は本――古典的な紙の書籍を真似て作られた、「めくって読む」ことのできるもの――から顔を上げる。
「きましたよ」
「早いねえ」
彼はまた感心したように言った。
「〈カットオフ〉からここまで、普通に一時間くらいかかるだろう。とるものもとりあえず、やってきたというところかな」
まるで、と彼は続けた。
「家出娘を案じる親だ」
店の主人が言ったとき、オートドアが開いてふたりの人物が店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
反射的にトールは言った。
「連絡をいただきました、〈カットオフ〉の者です」
グレイのスーツに身を包んだ二十代後半と見える女が言った。通信の声の主のようだった。
「ご店主は」
「私です」
〈クレイフィザ〉の店主は立ち上がってふたりを出迎えた。女の一歩後ろにいた男が、すっと進み出た。
「このたびは知らせを有難う」
そう言って手を差し出したのは、三十代後半から四十と見える大男だった。喪服のような黒いスーツを着ているためか、SPか何かのように見える。だがもじゃもじゃの頭と無精髭が、少なくとも訓練を受けた要人警護のプロではなさそうだと感じさせた。
「〈カットオフ〉工房主の、ギャラガーだ」
男は、そう名乗った。
「これはこれは。ミスタ・ギャラガー。お噂はかねがね」
にっこりと笑うと、店主はその手を取った。
「私は〈クレイフィザ〉代表の」
「リンツ」
ギャラガーは先取った。
「こちらも噂は聞いてるよ、ミスタ」
そう返してギャラガーは手を離した。
「まさか」
〈クレイフィザ〉の店主は笑った。
「うちは弱小工房で、御社のようにコンテストにも参加していませんのに」
「〈レッド・パープル〉のサラから、と言えばいいかい」
「ああ、成程。彼女は顔が広いですからね。はてさて、どんな噂をされているものやら」
彼は肩をすくめた。
「なぁに。ロイド革命を起こせるほどの腕を街の片隅でくすぶらせている、なんて話だけさ」
「買いかぶりです」
店主は肩をすくめた。
「とにかく、いまは〈サンディ〉だ」
手を振ってギャラガーは言った。
「あの子はどこに?」
「裏です。お話ししました通り、起動を拒否していますので、寝かせていますが」
「出荷前は、定期的にパスワードを入れないと二日で落ちるようにしてるんだ。以前にも被害があったものでね」
「それはまたご不運だ」
「以前の犯人は捕まっていない。〈ジュディス〉は行方知れずのまま。セキュリティは強化したんだが」
〈カットオフ〉の責任者は顔をしかめた。
「警備会社に任せたらこれだ。前回は窓を割られたが、今回はいるはずの警備員が不在というていたらく」
「それは実に、ご不運でした」
同情するように店主はまた言った。
「いまどきは、セキュリティもみんな自前で自己責任ってな時代なのかね?」
「ですが、警備そのものを本当に自前にするのはたいへんでしょう。強力な武器でも片手に、寝ずの番を毎日など」
店主は肩をすくめた。
「もっとも、それをしてくれるはずの警備会社が頼りないようでは、自分でやりたくもなりますか」
「やっぱり警備も自分とこでやるのがいちばんかもしれんな。マリアに任せときゃ安全だってのに、人間を雇うと事件が起きる」
警備会社に金は支払わん、と被害者は言い放った。
「マリア」
〈クレイフィザ〉の店主は呟いた。
「御社の警備ロイドは女性体ですか」
「それがどうかしたか」
「いいえ、特には」
「マリアをメンテで休ませてた日のことだった。偶然にしちゃできすぎだ。計画的な臭いがする」
「成程。素早いご反応も道理ですね」
こちらへ、と店主は言った。
「トール。コーヒーと」
彼はちらりと、連れの女を見た。
「――ステッパーを」
「……は」
ギャラガーは笑った。
「ひと目で見抜かれたか。この〈シャロン〉は自信作なんだがねえ」
全くもって悪びれずに、ギャラガーは白状した。
「見事な製品ですよ」
店主も笑った。
「かまをかけただけです」
「……は」
〈カットオフ〉工房主は天を仰いだ。
「やられた」
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