第28話 恋するオーナーたち
「禁じられた言葉を知っているね、トール」
「リンツェロイドが……最高級のリンツェロイドでも言えない言葉のことですか」
「そう。『死ね』だの『殺せ』だの、物騒な言葉を禁止にしたのはダイレクト社だけれど、もともとはリンツェ博士の意向だそうだよ。彼は自分のロイドがここまで話をし、ここまで人間に近くなると判っていたのかな。いいや、きっと彼なりのロマンだったのだろうけれど」
「法もルールもマナーも破りまくりのマスターでさえ、守ってますね、それ」
「私が作るのは『リンツェロイド』だから。先人の遺志は大事にするとも。ただ、そろそろ限界だと思っている」
「……ついに破りたくなったんですか」
「いいや」
マスターは苦笑した。
「私じゃない。世の恋するオーナーたちが限界だ。愛の言葉を語り合いたくて」
「好きです、くらいなら言えるんですけどね」
「日常会話にはそれで充分だろう。必要ない。『愛する』なんて言葉は」
「でも、それが?」
トールはよく判らないと顔をしかめた。
「そろそろ、ダイレクト社の一大ブランド社会に挑むため、それを解禁にしたリンツェロイド……いや、非リンツェロイド、何とかロイドというものが出てくるだろう。私はそう睨んでいる」
「え? でも、あるでしょう、既に。自社の名前をつけてリンツェロイド並みの性能を謳ってる企業製品」
「あれらの評価は『リンツェロイドの認定審査を通過する自信がないからオリジナルにした』というものだからね。実際、動きはぎこちないし表情もわざとらしくて、審査に出しても通らないだろう」
「でも」
やはりトールはしかめ面を見せた。
「それが?」
「バークレー氏、ブロウ氏、ジェフ氏……うちのような小さな工房でも、リンツェロイドに惑わされた男たちが最近だけでこんなにいる。もしもどこかの大手がダイレクト社を敵に回す覚悟でリンツェロイドそっくりの非リンツェロイドを扱い出したらどうなると思う?」
「……判りません」
正直にトールは答えた。
「マスターが何を言っているのか判らない。だって、たとえばバークレー氏は彼の注文通りのエミーの歌に夢中になって倒れられましたが、禁じられた言葉を求めてはいなかったと思います」
「けれど、歌わせられる愛の歌には制限があったね」
「それは、そういうことになりますけど。でもブロウ氏は? 彼がもしリズに禁じられた言葉を言わせたがったとしても、リンツェロイドである以上はその機能は組み込まれない。禁じられた言葉を言わせるためにほかのロイドを買うなんて変だし、考えにくいです。ええと、つまり」
トールは考えをまとめた。
「マスターたちはロイドの外見に一目惚れしたり、一緒に暮らしてみて彼女らを好きます。機能ありきじゃないんです。禁じられた言葉を言えるからという理由で、非リンツェロイドが爆発的に売れるとは思いませんよ、僕」
「その通りだね」
あっさりとマスターはうなずいた。トールは拍子抜けしたような顔をする。
「じゃあ何を心配してるんです」
「心配? 私が?」
「新製品にリンツェロイドの牙城が崩される心配をしてたんじゃないんですか?」
「そんな話はしていないよ」
「じゃあどんな話だったんです」
「大手が新しいロイドを発売し、出回り、盗難が起きて――どこかのマスターの依頼で、トーク機能が入れ替えられる。さあ、リンツェロイドの証明書を持ちながら禁止語句を持たないロイドの誕生だ」
「……え?」
「だから。君がさらわれてオプションを付け替えられたら、君は誰かに『愛している』と言えるようになる。言いたいかい?」
「べっ、別に言いたかないです。相手もいないですし」
慌ててトールは手を振った。
「だいたい、マスターやアカシたち以外にいじられるなんて、考えただけでぞっとします」
少年は両手で身体を抱いて身を震わせた。
「新規格の誕生は、旧規格にも影響を与え得る。いいとか悪いとかじゃない。私はその制限を取り払った製品を作るつもりはないが、メンテの依頼などは受けるだろう。個人工房は揺れるだろうな。ダイレクトか、フューチャーズか」
「フューチャーズ社? そこが新作出すんですか?」
「さあ」
「何です、それ」
トールは顔をしかめた。
「出鱈目を言ったんですか?」
「フューチャーズ辺りならやってもおかしくないな、と思っただけだよ。根拠がないことを出鱈目と言うのであれば、出鱈目かな」
気軽に店主は言った。
「安定と、変化。どちらも、望まれるものだね。リンツェロイドの業界は急速な変化をしてきて、少しずつ安定に向かおうとしている。だがその時間は、長くないんじゃないかな」
「判りません、マスター」
困ったようにトールは首を振った。
「そう? そうだね、簡単に言うなら……『時代は変わるものだね』とでもいうところかな」
「……長々と喋って、それだけなんですか」
「まあね」
と肩をすくめるマスターが何かごまかしているのか本気なのか、トールには判別できなかった。
「さ、アカシたちに顛末を説明してきてくれるかな。やきもきしてるだろうから」
「はい、判りました」
答えながらトールが首をひねってしまったのは、結局マスターがろくに彼の疑問に答えてくれなかったためである。怪訝な顔のまま、少年は踵を返した。
「――トール」
「はい?」
ぴたりと足を止め、彼は振り向いた。マスターはかすかに笑みを浮かべていた。
「君が、私やアカシ以外のアクセスを不快に思う――というのもまた、『心』ではないんだよ」
「判って……ますよ。そんなことは」
曖昧に少年は笑った。
「そう。それなら」
よかった、と言って〈クレイフィザ〉の店主は彼のリンツェロイドの背中を見送った。
―Next Linze-roid is "Vanessa".―
クレイフィザ・スタイル ―サンディ― 一枝 唯 @y_ichieda
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