第2話 困難に立ち向かってこそ
「は」
アカシは天を仰いだ。
「俺はときどき、あんたのことを通報した方がいいんじゃないかと思うときがありますよ、マスター」
その皮肉だか本音だかに、マスターはたた笑みを浮かべた。
「で。こいつなんですがね。話の通りの不具合起こすなら、ここっきゃないんです」
アカシは指の拳銃で空中のディスプレイに狙いをつけた。
「ロックはここには関係してません。でもってここは、問題なく正常値を示してる。どうすんです、マスター」
「もっと探して」
「は?」
「『ここだけ』と決めつけず。思いがけないところで思いがけない反応が起きるのは世の常だ。リンツェロイドの世でもね」
「いや、そんなこと言われても」
口の端を上げてアカシは続けた。
「いくらマスターの命令でも、俺は、左右の合わない式を等式ですとは言えないし、明らかに無駄と判っていることで時間を潰したくもないです」
「無駄? 本当に?」
マスターは肩をすくめた。
「ではけっこう。君は諦めると。私がやろう。サーチが終わったら、そのデータごと私のところに」
「あ……いや」
こほん、とアカシは咳払いした。
「何事も、チャレンジですよね。うん、俺はそう思う訳です。困難に立ち向かってこそと言うか、俺は本来、そういうの得意なんだし」
はははとアカシはどこか引きつった笑いを浮かべた。
「つまり?」
「やります。やりますとも。ぜひやらせてくださいマスター」
「そう。じゃあ頼むよ」
「お任せを」
またアカシは敬礼をしたが、先ほどよりもずっと真剣だった。
「……いやあ、まいったね」
店主が部屋をあとにするのを見送って、アカシは肩を落とした。
「怒るなら怒った顔して怒ってほしいよなあ。……トール!」
呟いたあと、アカシは手元のボタンを押して叫んだ。
『何ですか、アカシ』
すぐに、年若い少年の声が返る。
「コーヒー」
『僕はウェイターじゃないんですけど』
「そう固いことを言うなよ」
『固いとか柔らかいとかじゃないんですが。……まあ、いいです。お客さんもないですから』
「よしよし」
彼はにやりとした。
「いい子だ」
『……アカシ。言っておきますけど』
「おっと、苦情はあとでな。俺はいま忙しいんだ」
『そんなふうに言って、あとで聞いた試しなんか』
「待ってるからな。頼んだぞ」
一方的に、アカシは通信を切ってしまった。トールのしかめ面が目に浮かぶようだ、と彼は少し笑った。
「さて。もう一度取りかかろうか」
それから青年はくるりと椅子を回転させ、台の上に横になって目を閉じている、「少女の形をしたもの」に向かった。
「眠りの国のお嬢ちゃん。あんたいったい、どこがイカレたんだい?」
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