第6話 あなたの風になりたい
「ほんと言うとね、大学へ行けて
家から出られると、楽ね、って
そういう気持もあるの。」と、陽子さん。
僕は頷いて「それで自然だと思うよ。
家の事情まで背負う事ないよ。」と。
「・・・でもね、女でしょう。民宿をしてれば手伝わなくてはならないし
お客さんもそういう風に見るでしょう。『キチンとしなくちゃ』ってしてるのは
辛い時もあって。だから、民宿じゃなくなってホッとしてるし。
大学へ行けて、あの家から出られるのは・・・。弟や妹の事が無ければね。
嬉しい事なのね。」
ふつうの女の子はそうだろう。
サラリーマンの子だったら、躊躇いなく仕送りを貰って
遠くの大学に行くだろう。
たまたま、そうでなかった。
「それは僕も同じだよ。」と言うと
陽子さんは「それでかな。なんとなくあなたの力になってあげたい、って
思うのは。お世話してあげたいって思うし。」と。
そういうものかもしれないな・・・・・。と、僕も思う。
「親は選べないものね。」と、僕は笑う。
陽子さんも、そうそう、と笑って
「良妻賢母タイプじゃないのね、わたし。こんな私は嫌い?」と。
僕は「そんなことないよ。」と、微笑んだ。
大変なんだなぁ、って思う。
夢想の中で、愛でているのとは違う
生きている人を労わる気持、それは
愛なのかな、なんて思ったりもした。
「祥子はまだ小さかったから、お父さんをとても素敵に思ってるけど
私は少し大人だったから、いろいろ、好きになれないところもあって。
それは母に対しても同じで。」と、陽子さん。
駅前に止めた軽トラックに乗り込んで。
エンジンを掛けた。
可愛らしいスターターの音がして、軽快にエンジンが掛かる。
「うん、お父さんだってお母さんだって人間だもん。いい所ばかりじゃないよ。」
「だけど、全部捨てちゃえー!って言う勇気もないのが、わたし。ふふ。」と。
笑ってアクセルを踏み込む陽子さん。
「それは、僕だってそうさ。誰だってそうだと思うよ。健気に生きてるから
愛しいって思うんじゃないかなぁ。」と。
陽子さんの横顔が、笑顔になった。
「ごめんね、愚痴になっちゃった。」と、陽子さん。
少し親しくなれたのかな、なんて
僕は思った。
家に戻って陽子さんは「さあ、ご飯の支度。」と
急いで歩いていった。
僕は、ちょっと遅れて。
まだ、お母さんは帰っていないらしい。
「ひとり立ちする時期なんだよね、僕ら。」と
思う。
いつまでも、親や兄弟の事ばかりでなくて
自分の事も、考えないと。
それは、自戒でもあった。
かわいそうだから、と言って
自分を犠牲にしてまで尽くす事もない。
そう言う強さを持たないとね。
まだ、お母さんは仕事のようで
帰った様子は無かった。
孝くんの姿が見えたので「祥子ちゃん、どんな様子?」と聞くと
「まだ寝てる。少し熱は下がってきたみたいね。」と
お兄ちゃんらしく、看病をしてくれていたらしい。
「立派なお兄ちゃんだね。」と、僕が言うと
「えへへ、テレるなぁ。」と、日焼けの顔で
坊主頭を撫でた。
「町野さんにお兄さんが居るんでしょ?どんな感じ?似てる?」って
孝くん。
「あんまり僕に似てなくて、元気で。ブラスバンドやったり、応援団したり。
女の子にモテてたっけ。中学の頃。」と。
「ふーん。今大学生?」と孝くん。
「いや、社会人。」と言うと
孝くんは「高卒で働いたの?」
と、率直に聞くので
「そう。正確に言うと中卒だね。会社に入りながら、会社の付属高校に行ったんだ。
働きながら高卒の資格も取れる。」と言うと
孝くんは「それ!いいね。俺も探すよ。そういうの。」と。
「大学行くならね、高校は普通に出てから、そういう企業の支援で
大学に行った方がいいよ。防衛大みたいな、ああいうの。」と言うと
「自衛隊かー。なんか軍隊は嫌いだなぁ。」と、笑う。
「普通そうだね」と。僕も笑った。
「それでさ、お姉ちゃんと、町野さんのお兄ちゃんがカップルになれば、さ。
祥子も悩まずにすむよ。」と
孝くんは、数学みたいな事をいった(笑)。
「まあ、辻褄は合うよね。」と、僕は笑う。
「そう、簡単じゃないよね、はは。」と
孝くんも笑う。勿論冗談だろう。
「好きとかなんとか言うのは女の子の方だし。」と僕。
「そうだよねー。ハハハ。」と孝くんが笑った。
お母さんが帰ってきたようで、すこし早いから
祥子ちゃんの様子を聞いて、早退したのだろう。
僕に挨拶をし、祥子ちゃんの部屋へ。
祥子ちゃんは、すこし落ち着いていたらしい。
戻ってくるなり、お母さんは
「ご迷惑をお掛けいたしました。」と
僕のような少年にも、きちんと頭を下げる。
筋の通った人だ。
「いえいえ、僕は何も・・・・。」と。
そのくらいしか言えなかった。
夕食は、祥子ちゃんはまだ、お部屋で寝ているので
陽子さんは、特別メニューを作って
祥子ちゃんの部屋に持っていって。
「ひとりで食べられるそうです。」と、少し安堵の表情。
「あの子は痩せてるから。病気すると心配ね。」と、お母さん。
「もっと食えばいいんだよ。」と、孝くん。
「孝みたいにね。」と、陽子さん。
ひととき、和やかな雰囲気だった。
「町野さんには、お休みまでして頂いて・・・・。本当に何と言って
お詫びしていいか。」と、お母さん。
「また、お世話になってしまいます、一晩。」と、僕。
僕は、元々連休にするつもりで
夕方帰って、明日は一日のんびりしてから
バイトに夕方行こう。
そんな風に思っていた。
その方が、旅の余韻が楽しめると思ったのだった。
日常に戻ると、それまでと違って
途端に、何もかもが色褪せて見えてしまうーーー。
そんな経験を、幼い頃にしていたから
少し、余韻を楽しんでから、徐々に日常に戻ろうかと
思っていたのだった。
まあ、夕方の列車でもぎりぎり間に合うのだけど。
「陽子は明日、仕事?」と、お母さん。
「そうだけど、私は奨学生になったから。しなくてはならない仕事って無いの。
嘱託みたいなものね。だから、休めるわ。妹の病気なら。」と。
正社員だと、いろいろとあるのだろう。
仕入れとか、経営とか。
そういうものから解放されるのは、確かに楽だ。
お母さんは「そう・・私が休んでもいいけど。」と。
陽子さんは「いいの。さっきもう、電話したから。」と。
お母さんは「そう・・・じゃ、お願いね。陽子がいてくれれば安心ね。
町野さんは、お帰りになるのでしょう?明日。早い時間ですか?」
と、計画性のあるお母さん。
僕は「はい。午後辺りに列車に乗れば、夕方からですから、アルバイト。」
・・・・ちょっと、旅の余韻が楽しめないが仕方ない。
それより、祥子ちゃんが心配だ。
夕食の後、祥子ちゃんのお部屋の側で
そっと、様子を伺うと・・・。
ご飯を食べて、少し横になっているようで。
眠ってはいないようだった。
「元気になってね・・・。」と、心の中でささやいて
僕は静かに離れて行った。
今は、休むと良いね。
「でも・・・・明日はお別れだ。」
それを思うと、心痛い。
夕食の後、お風呂に入って
部屋で夕涼み。
代えの下着を持ってこなかったので
風呂場で洗って、窓辺に
ハンガーに掛けて置いた(笑)
よく、ひとり旅だとそうする。
その時、陽子さんが廊下から「入っていい?」と
「どうぞ・・あっ!」と
僕がハンガーを慌てて隠すと
陽子さんがくすくす。
「気がつかなくてごめんなさい。祥子の事が気になってて。」と
「少し落ち着いたみたいだね。」と、僕が言うと
「そう。あとでね、祥子がお話したいって。お部屋に行ってあげて?」と
陽子さん。
・・・・そっか。最後の夜だもんね。
僕も、なんとなく淋しい。
陽子さんが階下に下りていった。
「その事を告げにきたのかな。」と。
祥子ちゃんの気持を大切に思っているんだなぁ、と思う。
妹思いのやさしいお姉さん。
妹も、お姉さんを思って。
「いい姉妹だな・・・。」と、思う。
僕も、階下に降りていくと
祥子ちゃんのお部屋に、陽子さんが
生ジュースを持って来ていた。
「レモン、好きでしょ?」と。
綺麗に磨かれたクリスタルなグラスを見ると、僕は
なんとなく、あの夜を思い出す。
初めて、陽子さんと会った、あの日。
回想していると、陽子さんが僕を部屋に招きいれて。
「ゆっくり飲んでね。」と。
気を利かせて。
祥子ちゃんは、レモンのジュースを飲みながら、笑顔。
そういう時は12歳なりで、愛らしいな、と思う。
「こんな格好で、恥かしいですけど・・・。」と
ナイトウェアの上に、カーディガンを羽織って。
「いえいえ、僕だって部屋着のままで」と。
祥子ちゃんはすこし、優しい笑顔になった。
疲れたんだろうか、ちょっとやつれた感じ。
「・・・・明日、午後にお帰りなんですね。」と
祥子ちゃん。
真面目な表情。
「そのつもりだけど・・・。」と、僕。
「わたし、一緒に行きたいです。」と。
飛躍した発想。
熱のせいだろうか。
僕は「そうだね・・・・。でも、新学期もあるし。
来てくれるのは嬉しいけど、僕の家はこんなに広くないから
泊まるところもないんだ。」と
正直に言った。
祥子ちゃんは、夢想の中にいるのかもしれないと思った。
熱があるときに見るような。
でも。
「・・・・そうですね。我侭言って甘えてみたいな、って
思ったんです。ごめんなさい。あなたなら許してくれるって
そう思いました。」
女の子だなぁ、って思う。
「今度、いつ会えますか。」と、祥子ちゃん。
正直、よく判らない。
夏休みはもう終わりだし。
家に帰れば、アルバイトと学校の両方だから
とても休みなんて・・・・。無理だった。
「そうだね・・・・冬休みくらいかな?」と
言ってはみたものの、自信は無かった。
「冬休み、遠いですね・・・・。」と
祥子ちゃんは淋しそうな表情。
「さあ、あまり起きているとまた、熱が出ちゃうと・・・ね。」と。
僕は、祥子ちゃんを横にしてあげた。
とても軽いな、と、思う。
祥子ちゃんは僕の手を握り「すこし、こうしててください・・・。」と。
瞳を閉じた。
そうしていると、ちょっとLadyのようにも見えた。
熱があるのだろうか、まるい頬がうすももいろ。
愛らしかった。
しばらくそうしていてあげて、眠ったようだったので
僕は部屋を出ようとすると。
祥子ちゃんが「いかないで・・・・。」と
振り返ると、眠ったまま。
「夢を見ているんだな・・・。どんな夢なんだろう。」
と、僕は思った。
かわいい夢をみていてほしいなぁ、と思った。
その夜、ひとりになって
なんとなく思うのは「恋愛って、楽しいものじゃないのかな?」
なんて。
16歳だもの。
可愛い女の子と、遊びに行ったり、踊りに行ったり
映画みたり。
コンサート行ったり。
そういうもんじゃないのかなー。なんて思ったりもした。
なんとなく、求められているってだけだと・・・。
ホントに龍宮城みたいだ(笑)。
最初は陽子さんに会いたいってだけで来たけど
なんとなく、人生の問題とか、家族とか。
そういうものに縛られるって、なんか・・・・。
もっと、歳取ってからでいいんじゃないかな、って。
そういう風にも思ったけど。
具合の悪い祥子ちゃんが「いてほしい」って言うから
一日、帰るのを伸ばしたけど。
それは、恋じゃなくて思いやりだと僕は思う。
陽子さんにも、孝くんにも思いやりがあって。
思いやり、に触れるのは
恋とは違う、素敵な体験だと思った。
「それはそれで、貴重な体験かな。」
こんな感じで、旅人って、どこかに居つくのかな。
そんなふうにも思った。
静かな部屋で、波の音を聞きながら醒めたので
すこし、海岸をおさんぽ。
秋が、すこしづつ深くなっていくような気がする。
海岸道路を、2サイクルの新聞屋さんのバイクが
走っていった。
軽快なエンジン音に、心も軽くなる。
「楽しい夏休み、だったな。」
学校が無くても、アルバイトがあるから
ホントの休みってほとんど無かったし。
家に居たって、自分の居場所もないから
GR50に乗って、どこかに出かけていたりした。
ーーーーー
ミニバイクレースが、当時ちょっと流行っていて
ミニトレ、GT50が早かったから
そのロードバージョンがGRだった。
造りはほとんど同じで、デザインがロードバイクふうで
タイヤもロード。
そのくらいの違いだったけど、最初から5速ミッションだった。
ーーーーー
家に戻ってみると。
祥子ちゃんの熱は下がってきたけど
まだ、起き上がれる様子でも無かった。
特に心配はない、とは言うものの・・・。
僕も、心配だ。
「ほとんと家族、の心境だよね。」と。
朝、帰ってしまおうかとも思ったが
祥子ちゃんが悲しんで、具合が悪くなってもいけないと思って
やめた。
「まいったなぁ、ホント」
そう、口には出せないけど
正直な心境だったりもする(笑)。
「恋って、見ている時の方がいいなぁ。」
なんて思うのはそんな時だった。
The three degreesの when I see you againを聞いて
「こんど、いつ会えるの?」と、片思いの女の子が思う気持を
歌った曲で
「天使のささやき」って日本語のタイトルになっているけど。
「そういう曲を聴いてる時の方が、いいなぁ。」
なんて、思ったりもする(笑)。
お母さんが、朝ごはんの時に
面白いアイデアを述べた。
「もし、町野さんが鉄道員をお望みなら、ここの鉄道も募集はでていますね。」と。
僕が、国鉄職員になりたかった、と言うお話は、前に陽子さんにした事があったし
孝くんにも言ったから、それでかな。
孝くんが「あ!いいね、それ。ここに住めば。」と、にこにこ。
「宿題やってもらえるし。」と。
僕は「まだ、先の事ですから・・・でも、ありがたいお話ですね。
まあ、入れればの話ですけど。」と言うと
孝くんが「そりゃそうだね。落ちる事もあるもの。」と。笑った。
陽子さんは「そうよー。孝も再来年だし・・・・あたしも、大学に
入れるか、は分からないもの。」
僕は「それは考えてなかったね。」
孝くんは「落ちたらどうなるの?」
陽子さんは「あまり聞いた事ないわね。諦めて、また社員に戻るか、
会社が許してくれれば来年、また受験になるんでしょうね、きっと。
普通は、落ちないようにいくつか受けるんだって。」
お母さんは「孝が大学に行ってしまったあと、男の人が居なくなってしまうのも
少し不安ですし。もしよかったら、でいいので。」
祥子ちゃんの希望、にもなるかな。
お母さん、優しいなぁ。
そのうちに、祥子ちゃんも忘れるだろうとは思うけど。
ごはんのあと、片付けをしている陽子さんに
「祥子ちゃん、具合はどう?」と聞くと
「熱は下がって来たわ。7℃くらい。もうちょっとね。
あの子、割と弱いの。いつも長患いになるわ。」と。
僕は「そんな時、どうするの・・・陽子さんが仕事休むの?」
「わたしが就職してからは、無かったの。子供の頃だから。
民宿だから、オフ・シーズンは暇だし。
あんまり真夏に病気って無かったな、そういえば。」と。
家で仕事、って言うのも・・・便利な事もあるな、と。
僕は思う。
「父はね。それでオフ・シーズンの時は船に乗ってたりしてたの。
元々は船員だったんだけど、結婚して降りたのね。」
「なるほど・・・。」僕は、なんとなく分かった。
孝くんが船乗りになりたい、と言う理由。
それと、お父さんが帰ってくるかもしれないと言う
お母さんの思い。
海難事故だったりすると、遠洋の場合
行方不明のままだったりするから
それでかな・・・・・。
ひょっとすると、本当にどこかで生きているかもしれないんだけど。
「なんとなく、わかったな。僕。お母さんの気持、祥子ちゃんの気持・・・。
お父さんを失くしたからなんだね。」
陽子さんは「そうかもしれないわ。わたしは・・・そうでもないけど。
でも、あなたもそういえば、父に似てるとこもあるわね。
作務衣、父も着てたの。時々。それは違うものだけど。」
「・・・・なるほど。祥子ちゃんの気持もそうかもしれないね。」
なきがらに対面すれば、なんとなく納得はつくものだけど・・・・。
と、子供の頃、誰かのお葬式に付いていった時の事を思い出す。
「あの部屋ね、あ、祥子が使ってる。父が使ってたの。書斎、と言うか
オーディオルームに。」
「ああ、それで女の子にしては・・・古いステレオがあったり。」
「そう。なんとなく分かるけど。」
と、陽子さんは片付けを済まし、廊下へと出て行った。
僕も、そろそろ帰り支度をしないと・・・。
と言っても、ハンガーに干してあるパンツ(笑)を
仕舞うくらいだけれども。
そんなに長居すると、却って祥子ちゃんの病気を
悪くするような気もした。
眠ってるなら、そのまま帰ろうか、とも思う。
お薬を飲んで、また寝るだろうし。
僕が、自分の部屋に戻る。
なんとなく自分の、と
言いたくなるくらい馴染んだ感じ。
和室で、8畳。
普通の部屋で、押入れがあるだけで。
特別、旅館の部屋っぽいところはないけれど
隣の部屋との間が襖ではなく、壁になっているところ
くらいだろうか。
窓が奥にあって。
「いいところだったな・・・。」
この、三日程に過ごした時間を
僕は回想した。
孝くんが来て「帰っちゃうんだねー。残念。宿題やってほしかったなぁ。」と。
「まだあるの?」と、僕。
孝くんは「うん。数学とか、問題解かないといけないし。」と。
「僕もあれは苦手だな。」と。
そうだよね、と、ふたり、笑った。
孝くんが「あ、そうそう、サチがね、お部屋に来てって、帰る前に。」
「わかった。」と、僕は、お別れが苦手なので
そのまま帰ろうと思っていたから、なんとなく
困ったな、と思った。
帰る頃になって気づいたけど、この部屋を
陽子さんは、僕のいない間に
綺麗に掃除していてくれたんだな、なんて。
「よく、がんばる人だな。」と。
そういう人は労わってあげたい、と
自然に思う。
そんなところから、仲良くなっていくのかな、ひとびとは。
なんて、思う。
最初にあった時は、バイト先のお店だったから
ただ、優しそうなお姉さんだな、くらいだったけど。
可愛がってくれたし。
しばらくたってから、祥子ちゃんのお部屋に行ってみると
祥子ちゃんは座椅子をお布団の下に敷いて、起きていた。
「だいぶ、良くなったね。」
「はい、おかげさまで・・・・ごめんなさい、折角のお休みなのに。」と
祥子ちゃん。
「病気じゃ仕方ないよ。どうしようもないもの。」と、僕。
そういう事ってある。
僕も、幼い頃は体が弱かったから
それで、おとなしい子になったらしい。
病気にならないように、失敗しないように。
慎重になるから。
「眠っていて、いろんな夢を見ました。怖い夢、楽しい夢・・今も見ているような
気持です。」と、祥子ちゃん。
「そう、すてきな夢を一杯見られるといいね。」と、にっこりすると
祥子ちゃんも、にっこり、とした。
なんとなく、さっぱりしたような気持なのだろうか。
「また、会えますか、いつか。」と。祥子ちゃん。
僕は「うん、いつか。」と。
とりあえず、希望があったほうがいい。
「母に聞きました。あなたの就職先のお話。
でも、わたしの為でしたら・・・・お気になさらなくても。」と
祥子ちゃん。
「優しいお母さんだね。」と、僕。
「はい。」と、祥子ちゃん。
「そう・・・僕も、二年も先のお話だから。何も考えてなかったし。
僕には有難い話だね。ただ、ここに住むのはちょっと・・・・変だから。
近くにどこかアパートでも借りるだろうけど。」と。
祥子ちゃんは「なぜですか?」
僕は「だって、結婚前の娘さんが居るのに、男が住んでいるって
ヘンでしょう。」と、僕。
祥子ちゃんは「娘・・・さん?姉ですか?。」
僕は「いやいや。その頃は、お姉さんは大学でしょう。
祥子ちゃんだよ。15歳になってるでしょう?お嬢さんだよ、もう。」と。
祥子ちゃんは「わたし・・・・15歳になってるんですね。」
と、すこし希望のある表情になった。
夢は楽しいほうがいいよね、と。僕は思う。
「あんまりお話していると、また、お熱があがるから。
少し休んだほうがいいよ。」と、僕は言う。
「・・・・そうですね。」と、祥子ちゃんは
座椅子をずらして、お布団に横になった。
「眠くなりました・・・。あの・・・すこし、そばに居て頂いてくださいますか?
眠るまで。」と、祥子ちゃん。
はい、と
僕は、お布団のそばで、座った。
祥子ちゃんが、かわいい手を差し出して。
僕は、やさしく包んであげた。
すこし、まだ熱っぽい。
祥子ちゃんは、薬が効いたのか
すぐに、眠りについた。
瞳を閉じていると、神々しいように美しく感じた。
もうすぐLadyだね。
すてきな恋をいっぱい、するといいね・・・・。
僕はそんなふうに思う。
しばらく、そうしていたけれど
だいぶ、陽射しが高くなってきたので。
「そろそろ午後かな。」なんて思う。
11時55分だった。
「お昼よ。」と、陽子さんはにこにこ。
階段を上がって、僕の部屋に。
「ありがとう。ほんと、なんだかお世話になってばかりで。」と
僕が言うと
「いいの。お世話したいの。」と、陽子さんは
クラスメートみたいな口調になる。
ふたりきりの時は、そうなるみたい。
家だと、お姉さんでいないとならないから。
本当の気持を出しにくいんだろな。なんて、思ったりも。
お昼は、軽めに。
イングリッシュマフィンのサンドイッチ。
割と、油っぽいものでも、お魚のフライでも似合う。
お野菜のサラダを挟んでもいい。
「孝くんは?」姿が見えないので、聞いてみると
「友達の所に、宿題を見せて貰いに・・・。」と、陽子さん。
笑顔。
「ああ、僕らもやってたっけ。」と、僕。
たまごサンドを頂く。
「たまご好きね。」と、陽子さん。
「うん、なんとなく・・・。」と。僕。
「優しい感じが、いいわね。」と、陽子さん。
「勉強はできそうね。」と、陽子さん。
「・・・・そうでもないけど。あんまり勉強って好きじゃない。」と、僕が言うと
「私もそう。楽しく学べるといいなぁ。」と、陽子さん。
「絵の勉強は楽しいんでしょ?」と、尋ねると
陽子さんは「そう・・・キチンとした美術って、難しそうだけど、でも
文章が出てこないから。絵でしょう。なんか、わかるもの。フィーリングで。」と。
「まあ、美大に受かるかどうかはわからないけど」と、陽子さん。
和やかな時間が過ぎる。
「じゃあ、僕は歩いて駅まで行くよ。」と、お昼を食べたあと
僕。
「そう・・・・私も、お見送りに行くと泣いちゃいそうだから。
クルマ運転できないもの。帰り。」と、陽子さん。
「泣いた顔なんて、祥子には見せられないし。
あの子もつられて泣くわ。」
と、お姉さんもつらいなぁ、と、僕も思う。
その、少しあと。
僕は、来たときの服装に戻って、部屋を出る。
見回すと、感慨。
「いい休日だったな・・・・・。」
また、来れるかな?
それは、わからない。
階段を静かに下り、祥子ちゃんのお部屋の様子を伺うと
静かに眠っているようだったので。
リビングの陽子さんに、小声で挨拶して。
「それじゃ、また。」と。
陽子さんも、ちょっと淋しそう。でも、妹がいるから、と
耐えている。
あんまり長居すると泣いちゃいそうだから、僕も
そのまま、「お見送りはいいよ。」と。
玄関から、スニーカーを履いて。
さく、さく・・・。と、足もとの砂を踏みしめて。
駅へ歩いた。
松林を抜ける風が涼しく、もう秋だなぁ、と。
ちょっと、おセンチになる。
駅で、切符を自動販売機で買って
駅員さんに挟みを入れて貰って。
「ああ、お帰りですか。また、いらしてください。」と。
来た時のおじさんだった。
そのひとことで、この3日の間の出来事を回想した。
ああ・・・終わっちゃった。
クリーム色と水色の電車が、すぐにやってきて。
かたこと。
ドアが、がらり、と開く。
乗客はほとんど、誰もいない・・・・。
日陰の向かい合わせシートにひとりで座ると
電車は走りだした。
さよなら、夏。
僕は、思い出して
祥子ちゃんの手紙を、読んでみた。
かわいらしい文字で。
もしもなれたら、風になりたい。
風に、なれるかな?
あなたのかたさき、髪をまきあげて
ちょっと、いたずら。
あなたの風になりたい・・・。
と、愛らしい詩が書いてあった。
「文学少女なのかな。」と
可愛らしい笑顔を思い出したら、淋しくなって
泣きたくなった。
・・・・いい休日、だった。
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