第16話 ai



少しづつ、靖子さんとも話ができるようになってきた。

それは、よかったなぁ、と思う。


パイロットになりたいと言う夢を持つ、その気持が素敵だった。


僕は、別にそういう夢も無かった。


そういうものだと思っていた。職業に別に就かなくても

音楽だったり、本だったり。


ふんわりとして居られれば、それでよかったから。



・・・なので。

別に、無理して転校しようとか、そこまでは思っていなかった。



ひとりで音楽を聴いていられれば、それだけで良かった。


いい音楽が一杯あったから、それもあった。

普通にラジオからそれが流れていて、それを録音して

聞いていて。



それだけで十分だと思った。



陽子さんが「キミはいつも音楽の事を考えているのね」と言ったけど

考えていると言うか・・・・気持のなかにいつもある、と言う感じ。


マサエちゃんや靖子さんのように、音楽に関わっている人だと

なんとなく、そういう、似た所があるような気がした。


ひとりで音楽と関わる時空間、そういうものを持っている。


そんな感じ。



まあ、絵を描く人、演劇をする人。

みんな一緒なんだろう。




「じゃ、お風呂はいろっか。タマちゃん、一緒にどう?タマ洗ってあげる」と

礼子さん。



いいですいいです、と、手を振る。




わはは、と、みんな笑う。




「じゃ、キミが先に。お客さんだもの。」と、言われたけど



「レディーファーストだから」と言ったけど



「女の子が入った後だとさー、キミ、コーフンするでしょ?お風呂でしこしこしちゃうよ」

と、うららさん。



「あ、そっか、わはは、それじゃ先に」と、僕は素直に。




「あ、パンツとかシャツはさー、脱衣場に洗濯乾燥機があるから。入る時に入れれば

出るまでに乾いてるよ。」と、玲子さん。



「便利だなぁ、すみません。」



「・・・男の子が入ったあと、コーフンしないんですか?」と、僕はいたずらっぽく聞くと


うららさんは「するかもね、しこしこじゃないけどーーー。襲っちゃう!」と。


わはは、と笑った。


みんなも笑った。


「怖い怖い。」と、僕も笑って。

お風呂に入った。



お風呂は広くて、綺麗に片付いていて。

それはまあ、寮だからそうなんだろうけど


男湯は無かったりする(笑)。


それはそうだけど。


女子寮だもんねぇ。



お風呂を出る時に、ちょっと気を使う。


陰毛が落ちてないか、とか(笑)



確かに、女の子が入った後だと

いい香りがしたりして、毛が落ちてたりすると


コーフンするかも(笑)。と、思った。




それは、トイレとかもそうだろうから

「嫌いな男が来たら、それは入れないだろうなぁ」とは思う。



ケンタイ期の夫婦とかが、それで喧嘩するとか聞くけど(笑)。




「あー、いいお風呂だった、ありがとうございます」と、僕は

さっぱり。




「夏だからね、お風呂はいいねー。温泉だともっといいけど。」と、礼子さん。


「じゃ、あたしらも入るかな」と。


レイコシスターズ。


「いつも一緒に入るんですか?」



「時間バラバラだもん、だいたい。きょうは珍しいね。一緒に入る?・・・のは、陽子ちゃんと


か。いいのよ、ここなら」


と、うららさん。



陽子さんは、いいですいいです、と、俯いて手を振った。



「それは新婚旅行のお楽しみーー。」と、玲子さん。



「あ、でも去年も陽子ちゃんの家に泊まったんでしょ?」と聞くので


「だって、民宿だし。家族も一緒ですよ。」と、僕。



「なーんだ、つまんない。でも、公認なんだ。いいなぁ。」と、玲子さん。



「未公認もあるんですか?なんか教習所みたい」と言うと


「そうだね、アハハ。キミは面白いねぇ。」と、礼子さん。



ロミオとジュリエット、みたいなの、と、陽子さん。



「ああ、なんか、ありましたね。『マダム・バタフライ』とか」と、僕が言うと。



「いくわよー、ひろみ!」と、礼子さんはテニスの振りをして。


「それはマンガでしょ」と、うららさんは笑う。



「稲妻サーブ!」と、玲子さん。



「それは、バレーの・・なんだっけ」と、マサエちゃん。



「稲妻カンチョー。あ、カンチョーだって、アハハ、風呂いってこよ」と、うららさん。




わはは、と、みんな笑う。





「面白いひとたちですね」と、僕が言うと



陽子さんは「そう。明るいね。みんな。いつもはバラバラだし、疲れてて。

喋る事ないなー。」




「そうでしょうね。僕も学校終わってバイトでしょ。みんな同じだもんね。

大変だよね。」



「ふつうに奨学金貰った方が良かったかなー、なんて思う事もあるけど」

と、靖子さん。



「まあ、お蔭様で返さなくていいんだし」と、マサエちゃん。


「そうなんですか?」と、僕はびっくり。


「そう。会社にねー、なんだっけ、5年だっけ。勤めれば。返さなくていいの。

ほら、ナースがそうでしょ?あれは2年だっけ。あれと同じ。」


と、マサエちゃん。



「へーえ。驚いた。あ、じゃあ、うららさんとかも?」



「そう。まあ、実際・・・辞める人っていないと思うけど、ただ、転職したくなったときに

大変ね。」と、靖子さん。




僕は、ああそうか、パイロットにね・・・。と思った。


それで「違う道に進みたい!って思った時とか、別の会社に行きたいとか・・・

独立したいと思った時」


と言うと「そう思わなければいいんだけどね。これからの人生で。

私達は女だから、スティディが見つかって、寿退社!ね。

その後、フリーで音楽したって、絵描いても、別にいいわけだし。」



「なーるほど。色々有るんだな。」と、僕は思った。



でも、靖子さんみたいにパイロットになるなら、若いうちに

道を変えないとならないから、それは悩みかな、なんて・・・。







「ねね、それでさ、去年の夏は陽子ちゃんの家へ泊まったんでしょ?

よーく、平気だったね。」と、マサエちゃん。


「そうですか?だって・・・ねぇ。民宿だったし。」と、僕はネェ、と


陽子さんに相槌を求めたり(笑)。



「キミが行きたいなーって言ったの?」と、靖子さん。

楽しそうな笑顔。


ちょっと、お酒を飲んでる・・のかな。なんか、傍らにある液体は・・・。



「あ!靖子ちゃーん。ダメだよ、明日、仕事だしー。」と、マサエちゃん。



靖子さんは、「だいじょぶ、このくらい。」と、言いながら。

結構ぐい、と。


酒豪だ。



シャツのボタンをひとつ、ふたつ、外して。

白い胸元がまぶしい。


股をひろげて。

細身かと思ったが、案外にグラマーな感じだ。



内股が、可愛らしい・・・と、色っぽい、の

中間。微妙な危うい感じだ。



陽子さんは立ち上がり、僕の目の前に「見ちゃダメ!」 (笑)



靖子さんは、のっし、と起き上がり

「んー、タマちゃーん。愛してる」と。


酩酊しているのか、僕の唇を吸った。



ウィスキーの香りがして。


女の子らしい、ふくよかな体。いい香り。


陶然となった。



陽子さんは「・・・・。」絶句。




そこに、うららさん。お風呂から出てきて。


「あ、やっちゃったかー。これ、靖子!、ダメダメ。」と、頭をひっぱたいて(笑)。



引き剥がした。



僕は、あまりの事に、まだ呆然と・・・(笑)。



「ごめんねー。この子酒乱なの。酔うと襲うのよ。誰彼構わずに。

女だって襲われちゃうから。」と、礼子さん。


「でも、良かったでしょ?」と、うららさん。



「はい・・あ、いえ、その・・・。」と言うと


陽子さんの視線が冷たい(笑)。




「まあ、犬に噛まれたと思ってね。許してやんな、陽子ちゃん。」と、礼子さんが言うと


陽子さんは、泣き出した。




部屋に駆け込んでいっちゃった。


「あーあ。あの子も泣き虫だからなー。」と、玲子さん。



「そうなんですか?」と、僕。



「そう。なんかね。普段無理してるから、余計。」と、うららさん。




「ほっといていいの?」と、マサエちゃん。



「だって・・・今行ったらさ・・・。」と、僕が言いかけると



「そっか、アハハ、そうだねー。女子寮じゃな、流石にまずいな、そりゃ。

後で宥めとくから。あの子も引き摺らないから。大丈夫よ。」と、礼子さん。



「泣いちゃうってことはさ・・・本気なんだね。陽子ちゃんって。」と、玲子さん。




・・・・そうなんだ?  (笑)。




「なーんか女子高生みたいね、あの子。そのまんま。」と、うららさん。




「まあ、かわいいからいいじゃない。ねえ。タマちゃん。」と礼子さん。



「え、あ、そうかな・・・そうかも。でも、21歳ですから。はい。」と、僕。



「普段さ、お姉ちゃん・お母さん・優等生、の役で疲れちゃってるの。

もうちょっと砕けていいのに。」と、うららさん。



「・・・・そうですね。それは思います。」と、僕。



「キミが支えてやんな。」と。礼子さん。



「はい。」とお返事はしたけど。


さて、どうしていいものやら。









マサエちゃんが、酔っ払い靖子さんを連れて

お風呂へ行っている間。


うららさんが「ごめんねー。わたしも。まさかああなるとは。

お酒、どこから出したんだろ。」と。少し笑いながら。



「まあ、私らもさ、キミとはしゃぎすぎて。陽子ちゃん、堪えてたんだね。

『ほんとは、陽子に会いにきたのに』って、思ってたのね。」と、玲子さん。



「そう言えば、あんまり喋んなかったね、陽子ちゃん。怒ってたのかな。」

なんて、礼子さん。




「どうする?」と、うららさん。



「僕は・・どうしよう。」と、笑ってしまった。



「そうよね。事故だもんね、あれ。・・・まあ、みんな悪気はないのよ。

靖子ちゃんも淋しかったのよ、きっと。」と、玲子さん。




「じゃ、寝よっか。明日は仕事だし。」と、うららさん。



「はい・・・って、僕はどこで寝ます?」



「陽子ちゃんとこ」と、礼子さん、にやにや。



「・・・それはさすがに・・・まずいでしょ?」と、僕もにやにや。



「だいじょうぶ。ゲストルームが一階の奥だから。広いよ。両親が来たときとか

の為のお部屋だから。」と。玲子さん。


「なーんだ、びっくりした」と、僕。



「ちょっとはドキドキした?」と、うららさん。


「・・・まあ。」と、僕はにっこり。



「よし!キミは正直でよろしい。じゃ、寝よう。また明朝。では。しばし。さらば!」と


うららさんはははは、と笑って。


階段を静かに上がっていった。



「おやすみなさい」

「おやすみ」


と、僕らもお休み・・・・。



時計を見たら、まだ9時だった(笑)。



「健康的だなぁ」と。






静かな、池の畔。


ダイニングの灯りを消すと、窓の向こうに見える青池は

湖のようで。


ちょっと、リゾート気分。




「楽しい休日だったなぁ」


と、僕は思う。



いろんなこと、あったな・・・。





ゲストルームは和室だったので、なんとなくくつろげる。



押入れから布団を出して、広げて。


部屋の真ん中。


横になった。


寝巻きを持ってこなかったけど、浴衣があったので

それを着て。


ちょっと大きいけど。まあいいか。



電気消して寝た。






水の音がする・・・・。



「あれ?なんだろ」と、僕は起きて。


豆電灯を付けて。


お風呂場かな・・・・。



廊下も真っ暗。



お風呂場から、灯りが洩れていて。




「ああ、陽子さん入ってるのかな。」と、思って。


僕は、そーっと、部屋に戻った。





水の音が止まって。


しばらく。


ドライヤーの音がした。



「ああ、やっぱ。誰か入ってたのか。」と、僕は安心して。


寝よう、と。

灯りを消した。




お風呂場の引き戸を開ける音がして。


静かに閉じる音。



静かなスリッパの音がして。



近づいてくる。


「寝てる?」



と・・・。




僕は電気を点けて。


襖を開けると。



湯上りの陽子さん。だった。



ノーメイクの陽子さんは、女子高生みたいにかわいらしい。

ちょっと、恥かしげに下向いて。


「ごめんね・・・取り乱したりして。」




僕は「・・・うん、でも、あれは・・・仕方ないよ。」



「そうね・・・・。」と、陽子さんは静かに。



「私もね。一杯、いろんな事を話したかったんだけど

何も言えなくて。」と、陽子さん。


「僕も気になってたけど。いろんな事があったし。

付属高校のことや、奨学金のこととか。」


と、僕は素直に。



「また、来るから。意外に近いし。電車だと。」と、僕。




「そうね・・・。」と、陽子さんは

少し仰ぎ気味に僕を見た。



ちょっと、まだなみだ目みたいに見えて

愛おしかった。



その瞳が、閉じられて・・・・。



優しい時間が過ぎた。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る