第19話 励み



そんな、普通の生活はちょっと味気ないので(笑)

僕は、あの、理佳ちゃんの家に電話を掛けてみたりした。



夜8時。


バイトが休みの日。



コール。


コール・・・。


コール・・・。




「はい。橋本です」と、理佳の声。


「あ、あの、町野です、こんばんは」



「あー。町野くん、元気?こっちは変わりないよー。

ねぇ、転校するのー?」と、理佳ちゃん。


おしゃべりしたかったのかな(笑)にぎやか。



「まだ夏休みだもん。学校にも行ってないし。それに、奨学金の方もまだ。」と言うと



「奨学金のほうは夏休みがないから、話だけでも聞いた方がいいかもね。

たぶん、なんかの審査があるんだろうと思うから、夏休み中の方がいいんじゃない?」





・・・そっか。


それには気付かなかった。




「ありがと」と僕。


「ううん、いいのよー。


あ、それからさ。留学ってのもあるかもね。

時々、見かけるよ。そういうの。

音楽技能って、ほら、特殊だから。

もし、音大に進みたいって高校生がね、居た時。

音楽だけ。


普通の勉強はそのままで。


キミの家からだって通えるんじゃない?それなら。

週1回くらいなら。」




と、理佳ちゃんは面白い事を言った。



「そんなのあるの?」

と、僕は。



「うん、あるみたい。まあ、奨学金のところで

教えてくれると思う。」





・・・なーるほど。



面白い制度があるなぁ。それは

学校に電話して聞いてみるかな。



「あ、でも僕って音大に行ける程才能があるかな?」(笑)



問題はそこだった。









「でも、電話してみて良かったな。」と、僕は思う。




次の日の昼間、学校に電話して事務のおばちゃんに聞いてみると・・・。



「留学・・・は、聞いたことないなぁ。海外への英語とかはあるけどね・・・。

音楽はね・・・。調べとくね。あなたは、名前、うんうん、2年のね、4組。町野くんね。

はいはい。じゃね。」




それと、奨学金を出している財団、幾つかに電話した。


音楽だと、課題曲吹奏、オーディション、筆記、面接、テープ審査、など

様々。



とりあえず、願書は必要だそうなので

いつものように、郵便局止めにしてもらった。



また、親や兄に見つかると煩いからだった。







希望、うたかたの夢でも

何もないよりはあったほうがいい。



僕はアルバイトにも励みが出た。



「元気いいねぇ」と、ノリちゃんが言ってくれたり。



ひょっとしたら、ミュージシャンになれるかもしれないと

思ったり。



そんな夏休みの毎日。

なんとなく僕は、音楽に触れていたくて


智治くんの家に遊びに行ったりした。


智治くんはいい加減だけど、音楽は好きで


バンドを組んでいたり、レコードを聞いたり。


「ナベサダ持ってる?」とか聞かれて。


持っていってあげたり。


オレンジ・エクスプレスとか。モーニング・アイランドあたりだったか。



モーニング・アイランドは、フルートを吹いているナベサダさんが

ちょっと珍しいLPだった。



智治くんは、オーディオファンではないので

レコードを雑に扱うから


貸さないようにしたり(笑)


埃だらけになっちゃって、掃除が大変だったり。


でも、バンド仲間とセッションするときに


録音をしてあげたり。



それは、「デモテープ」だったのだろうと思う。




ベースの大隅くんは、後々ミュージシャンになって

誰だったかな、アイドルのレコードをプロデュースしたり。




でも、智治くんはそんなに真面目に音楽する訳でもなく


ふらふらしていて。


ガールフレンドをとっかえひっかえしていて。


いろいろ、悪い噂もあったけど



稔くんと一緒だ、と

僕はあんまり気にしなかった。



そう、智治くんのお父さんは市役所の勤めで

結構偉い人らしく・・・・。



反発、ではないけれど。



お父さんは優しい人で、別に

公務員になる事を薦めてもいなかったから。





若いってそうなんだろうと思う。




智治君にはお姉さんが3人いて、時々

色とりどりのパンツが干してあって。



女ばっかりだと平気らしい。



智治君は、僕にそれを「お土産だ!」と投げてよこすけど


最初はそれが、なんだかわからなくて(笑)



「なんだ、これ?」と

手にとって見ていると・・・


お姉さんたちのだれかが、それをひったくっていったりして(笑)



そういう環境だから、スケベになったんだろうと思う(笑)。



ガールフレンドたちも、まあ、それなり、と言う感じで


どっちもどっち、みたい。




あの、大学のひとたちとは


どこか、人種が違っている、と言う印象が

正直、した。








いくつかの奨学金の案内を見ると

やはり、「中途で」と言うのは無いようで


家の事情を公開する必要があった。



つまり、僕のケースのように・・・・


父が、執着している裁判の費用や・・・・


どこかに産んだ子供の養育費(笑)とか。


そういうもので借金をしている場合は、不利なんじゃないかと

思ったりもした。






デモテープ審査が先、などと言う

ポピュラー系のものは、そのテープを作らなくちゃ、と


上杉くんのよく行く、練習スタジオで

録音を取ったりした。


曲は、あの

大学で演奏した「aqualius--let the sunshine in」だったり

「take five」だったりした。



上杉くんは「何に送るんだ?」と言ったけど

まさか、奨学金申請とはいえないので


「テープコンテスト」と言ったりした。



「じゃあ、俺がドラム叩いてやるよ」と、

上杉くんは、ドラムとベース、それとギターを入れてくれたりした。



後々ミュージシャンになるくらいの腕だったから、それは

とてもよく聞こえた。





いくつか送ったが、返事は来なかった。


そんなもんだろうと思う。







2学期になり・・・・。



あの、事務室のおばさんから話を聞いたのか

音楽の持田先生が、僕に話し掛けた。


「音楽留学したいって?」と。


この先生はTY50で通勤し、DT250を持っている

優しいひと。



「はい」と、僕が言うと



「そういう制度は県立にはないみたいだね。私立ならありそうだけど・・・。」と。


思った通りの返事。



「そうですね。そうだろうと思った。」と、僕が言うと



持田先生は、いきさつを尋ねたから


大学で、即興で曲を弾いたら、それが気に入られて

ミュージカルの作曲を手伝ってもらいたいといわれた、と。

素直に言った。




「どんなの?」と、にこにこして聞くから


音楽室のオルガンで「マシン・ガン」「I wish」


それと、サックスで「teke five 」「morning dance」


を、演奏すると。



「いいね。オルガンはともかく、サックスはいいね。でも

クラシックじゃないな。ポピュラーソングの。だから

音楽大学は・・遠回りじゃないかなぁ。」と。



どこかのコンテストで入賞して、デビューしたほうがいいとか


途方もない事を言った(笑)。



「そんなの無理です」と、僕が言うと


先生は「いつか、できるかもしれないよ。諦めないで。

そう、芸術高校とか、専門学校とか。そういう所に行って

時間を稼ぐのもいいね。音大は・・・どうだろう。クラシックだからなぁ、ほとんど。


作曲とかだったら入れるかもしれないけど。」と。




先生もそれで、途中で教員になったそうで。


元々はクラシックの方で、プロになりたかったそうだ。




「がんばってみます」と、僕はそう言った。


希望が沸いてきた。







修学旅行が2年であるのは、ふつうだけれども

僕は、行く気が無かった。


というのは、お金が勿体無いからで(笑)


旅行先も京都だったし、中学の時も行ったから・・・。


17歳の少年が行って、あまり面白い所でもない(笑)。


中学の頃は、まだ、お金に困っていなかったから

普通に行った。


造幣局に行って。


なぜか、僕と、音楽仲間の朋ちゃんとふたりきりになり。


雨が降ってきて。傘が無かったので


僕の学帽を「貸して」って、朋ちゃんはかぶって。


雨の中を走って、バスへ帰った。


その後もずっと、朋ちゃんは僕の学帽をかぶったままで・・・・。



「朋ちゃんって、野球部のコーズが好きなんだよな」と。


そう、僕に言ったのだが。


僕の学帽をかぶっていたら、彼が誤解するだろうと

僕も、その頃は思わなかった。



夜になって、よくある「誰が好きか」と言う告白コーナー。


男子ばっかりだと、こういうイベントが流行るけど・・・。


意外と、朋、それと音楽仲間の初美ちゃんが人気で


コーズは、おとなしくて控えめな、小柄な明美が好きだ、と言った。



僕は、無難なところで適当に言ったと思う。




そんな、楽しい記憶もあったが

高校では、バイトばっかりだったから

クラスメートの女の子と恋、とか

そういう気持にはならなかった、みたいで。


修学旅行も、従ってパス(笑)。



休暇だ、と思って。

まあ、バイトはあるにせよ・・・。


僕は、GRでツーリングに行こうと思った。


あてもなく、ぶらぶら走って、と言う・・・。



朝、早く起きて。


どうせ夕方に帰るんだから、と

荷物はほとんど持たず。


ただ、雨合羽だけは

ビニールのをテールカウルに入れてあった。




で・・・・。それが役に立つ。




山の方へ行ったのだけれども、平日なので道が空いていて

良かった。



ちょっと走ると雨が降ってきて。



しょうがないから、バイクを道端に停めて


雨合羽を出した。



GRのテールカウルは、鍵でシートと一緒に開閉できるので

トランク代わりに使える。けど、箱がないから

落っこちないように止めないとダメ。



雨合羽なら、大丈夫。


それを着て、仕方なく家に帰ると


アパートの大家さんが「学校から電話があったわよ、出席してって」




・・・え、休みじゃないの?(笑)。





旅行に行かない人は、自習だそうで。



学校に行くと、ピュンピュン丸先生が怒っていた(笑)


どうも、この人は感情的になるので嫌いだった。



・・・と言うか、キッカケがあれば怒っていいと思っている

幼稚な人だな、と思った。




楽しみのない、サラリーマン。そういう印象。

顔に不満が出ている(笑)



持田先生みたいに、音楽が好きな人で先生になった人は

そうではなかった。


柔道の先生もそうだった。


「楽しみを持たないとなぁ」と、僕は思う。





転校の話も、何しろ奨学金の方が進まないので

宙ぶらりんだった。



「まあ、どうでもいいか」


とりあえず、食うために働かなくてはと思って

アルバイトには毎日、行った。



学校は休んでも、バイトには来ると


ノリちゃんによく笑われた(笑)。



けど、生活が掛かってるし。









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