第20話 ハイウェイスター



夏休みの間も、祥子ちゃんとの手紙のやりとりは続いたから

それが、心の癒しところになっていた。


「夏休みの間に、お会いしたいと思います。でも

お忙しいのでしょうね。」と


そんな風な、しっかりした女の子で

13歳なのかなぁ、と思ったりもして。



どちらかと言うと、陽子さんよりも大人、な感じがした。


恋の所有権(笑)を巡って争うような

そういう陽子さんは、なんとなく好きになれなかったりして。




それで、手紙は丁寧に書いたけど・・でも、泊まりに行くほどの

時間の余裕も無かったり。


奨学金の申請とか、デモテープ作りとか。


いろんな事で忙しかった。



「だんだん、祥子ちゃんも大人になると・・・あんな風になるのかな」

そう思うと、今の、そのままでいてほしいと思った。


それは・・・・去年、陽子さんにも思った事だった。





アメニティ青池のひとたち、大学のひとたち。


どこかしら、祥子ちゃんのような清らかさが無いような

そんな気がして。


祥子ちゃんの手紙を読んでいると、いい音楽を聴いているような

そういう気になれた。


そういうほうが「恋」って言葉に近いような・・・気もした。





でも、あそびに行くには遠すぎるし・・・。


どちらかと言うと、僕も・・・祥子ちゃんには相応しくないような

気もする。




会いに言って、陽子さんの時みたいに

祥子ちゃんと、少しふれあってしまう事で・・・・。


祥子ちゃんの気高さを、穢してしまうような気もした。



いい加減な男には渡したくないけれど・・・


僕じゃない、誰か、いい人と

幸せになってくれたらいいな、とも思った。






アール・クルーのギターのLPをよく聴いた。


とても気高い感じがして、好きだった。


そういう気分に似合う、感じだ。






そんな、秋のある日・・・。


僕は、登校して。

アンニューイな(笑)毎日を過ごしていた。


音楽の授業が終わったあと、持田先生が「あ、町野くん、ちょっとちょっと。」と

にこにこ。


「なんですか?」と、僕が聞くと・・・。


先生は、パンフレットを沢山。


いろいろな、音楽専門学校と、その奨学金の案内だった。




「今直ぐでなくても良ければさ、卒業後の進路に、こういうのもあるよ。

ヤマハのなんか、いいんじゃないかな。音楽のレッスンなんかも出来るし。」と。


それは、卒業後にミュージシャンでなくても

ヤマハの音楽教室の教師になれる、と言うもの。


他の楽器メーカーでもあった。カワイとか。


新聞配達をしながら、昼間は学校で、朝夕の配達をすれば

奨学金は返さなくていい、と言うものもあり


大手の新聞社は、大抵持っているようだった。




「ね、こういうのもあるよ」と、友達みたいに話す先生。



「できればさ、音大に行って欲しいと思うけど、ポピュラー向きだもの

町野くん」



「調べてくださって、ありがとうございます」と、僕は

深く礼をした。



「なーになに。教師の務めだよ進路指導って。」と、

持田先生は進路担当ではないのに、親切にしてくれて。


本当に有難かった。


気持がダウンしていたので、涙が出そうになって

挨拶もそこそこ、僕はパンフレットを抱えて音楽室を出た。



泣きそうになって、屋上へ逃げるように上がって。


階段の途中で、涙が零れた。





・・・まあ、転校の話はダメだろうと思っていた。

今から行っても、間に合わないだろうし。



でも、ミュージカルの作曲は気になった。


「渉さん、どうしてるんだろう・・・大丈夫かな。」と。





昼間電話しても居ないかな、と思ったけど

理佳ちゃんの家に電話してみた。




コール。


コール。



コール・・・・。




コール・・・。


かちゃり。




「はい、橋本です。」と、ちょっと眠たそうな声。


「あ、ごめんなさい、町野です。」



理佳ちゃんは、元気になって「あー、町野くん、元気?!、しばらくー。

どうしてる?」


「橋本さんは元気?僕は元気。」


「理佳でいいのよー。友達だもん。」


と、明るい理佳ちゃんに心和む。




「どしたの?昼間電話掛けてきて。」


「うん、ごめんね・・・・あのネ、ミュージカルのさ、渉さんの。

あれ、僕が行けなくなっちゃったから、大丈夫かと思って。」と言うと



「なーんだ、そっちか。大丈夫みたい。靖子ちゃんとさ、マサエちゃんが

書いてるよ。

わたしに用かと思った。  


ま、いっか。


でもさ、電話くれると嬉しい。ひとり暮らしで暇なんだもん。」と。


「理佳さんは、ボーイフレンドとかいないの?」



「理佳ちゃんって呼んで?友達だもん。いないよ、そんなの。

ドラムが恋人」と、理佳ちゃんは

人懐っこい。


かわいいな、と思う。



「そうか、そうだよね。」と言った辺りで


10円玉が落ち、あと1枚のブザーが鳴って。


「あ、10円玉終わり。じゃねー。」と言ったら





そこで、電話は切れた。




「いいなぁ、理佳ちゃん・・・」と、いい加減な17歳である。



祥子ちゃんが気高い、とか言っておきながら(笑)。



「恋愛、と言うのと違うよね。理佳ちゃんも、祥子ちゃんも。」


理佳ちゃんは友愛。

祥子ちゃんは親愛。

そういう感じだな、と思う。







クラスは違うけど、マトー君と言う

すっきり、はっきりした男が居て。


グラハム・ボネットに似ていた。


銀縁眼鏡、ボンタンズボン、中ラン、オールバック。

そういう感じだけど、つっぱりでもない。


筋を通す、カッコイイ、物静かな奴だった。


オートバイは好きで、時々、授業で一緒になると

バイクの話しをして。


彼は僕と同じ進学コースで。英語とかも一緒だった。


僕が、良く英語の先生に発音を褒められるので


マトーくんは「どうして?」と聞くので



僕は「洋楽が好きだから、子供の頃から聞いてて。」と言うと

前の席の斉藤誠が「俺も聴いてるけど」と。



斉藤誠は、長髪、ラッパズボン、スリムな上着と

ツッパリとは違うスタイリストだった。



「歌うからかなー。」と、僕はスティービー・ワンダーの歌を

少し歌ったり。



斉藤誠は、ポップスが好きらしくて

洋画も好きだといっていたけど。



まあ、いろいろあるんだろう。



マトー君は、ハード・ロックが好きだ、と言う。



「そういう感じだよ」と、僕も言った。



「なんで?」と彼が尋ねるので


「正義の音楽だもん」と。


「いいな、正義、好きだ。その言葉」と。



「僕も好きだ」と言うと


「じゃあ、家でレコード聴こうか」と、マトー君。


「バイクがさ、じゃらじゃら言うんだ。見てくれる?」と。



僕がメカニックが分かる事で、こういう色々な整備の依頼が来ていたり。

タダで直すんだから、まあ、それはそうだろうと思う。




放課後、マトー君の家に、ふたりで自転車で行った。


マトー君は、ふつうのスポーツ自転車で。よく似合っていた。

何もついていないシンプルな黒いもので。荷台すらなく


どうやってかばんを運ぶのかな、と思ったりしたけど。


スポーツバッグを担いでいた。


マトー君の家は、学校から1kmくらいの

バイパスのそばの、おおきなバイク屋さんの裏の平屋アパートで

でも、木造じゃなくてプレハブだったから

結構当時としては高級アパート。



そこの、玄関のところにカワサキ400RSがあった。


「先輩から買ったんだ」と言う。


割と綺麗なバイクだった。



エンジンを掛けてみると、ジャラジャラ言うのは

カムチェーンなので「これは直ぐ直るよ」と


マトー君の持っている工具で、チェーン・テンショナーのカバーを開けて

エンジンを止め、ロックナットを緩めて

調整のネジ、マイナスドライバーでそれを少し回す。

当たったところからちょっと戻し、ロックナットを止めて


エンジンを掛ける。



音が消えた。



「すごいな、町野。修理屋になれるな」と



そういわれると嬉しい。「ありがと」






その年の文化祭、僕は録音技師として

ステージPAを担当した。


軽音楽部は、既に首になっていたので(笑)

部費を全く払えなかったから、と言う理由だったが

まあ、いいか、と。


元々幽霊部員だったのだし。



クラブそのものは、囲碁将棋クラブに在籍したが

まあ、幽霊専門の部のような感じで・・・。


一度も出た事は無い(笑)。




それで、文化祭も仕事が無かったが

たまたま、配線が出来てミキシングが出来ると言うだけの理由で

頼まれ仕事で、暇だからそうしてあげた。



音楽だけでいいので、まあ気楽でいい。



祥子ちゃんからも手紙は来ていて「文化祭、見に行っていいですか?」とか

書かれていたけれど


「帰り、遅くなるから危ないよ」とだけ書いておいた。



本当にそうだった。


送って帰るわけにも行かない。バイトがあるからだ。





土曜日のステージ。まあ、音楽のステージは午後だけだから

昼間はのんびり。


一応、出席を取るといけないから8時には出たが


そう、79年辺りは朝は8時始業が普通だった。

土曜も半日は仕事だったし。





そのステージで、フォークやらロック、ポップスの色々な曲が演奏されて

それぞれに、合った音でミキシングしてあげた。


ロックだと、ベースやギターはアンプのボリュームを上げすぎるから

PAの音を下げて。



そうしないと、他の楽器の音が聞こえない(モニターがないので)から

ずれているのに気づかないし

聞いている方は、あまり音楽として聞こえない。


ただの騒音。


そんな感じになっても、演奏しているほうはそれでいいらしい。



ロックのステージはそんな風に進んだけど・・・。


そろそろ終盤。



ハードロックをやっている連中が出てきて。


でも、ボーカルが居ない。



「どうしたんだろ」と、僕は思ったけど・・・・。


待った。





10分。


15分。


観客がざわざわ言い出す(笑)。




ステージ上には見慣れた奴らだ。


ベース、大隅。

ギター、智治。


シンセ、有希子。


ドラムは上杉。


即席バンドらしい。




上杉がドラムセットの後ろから降りてきて、ステージの前で

モニターしてる僕に「タマさ、『ハイウェイ・スター』歌えるよな」


僕が頷くと、手招きする。



ステージに上がれと。


「なんで?」と聞くと



「ボーカルがさ、腹下しちゃって」(笑)



ハードロックなんて無理(笑)。




「じゃ、辞めれば」と言ったら


智治が「頼むよ」



大隅も「お願い」



有希子も「お願いします」




まあ、いいか、と


僕はステージに、学生服の上を脱いで。


具合のいい事に赤いシャツだった。



「okey, !」と、言うと。


上杉がドラムをたたき始める。



有希子がキーボード、のリフ。


大隅がベースを適当に。



「some goes , highway-starrrr ---!!! aaahhh」と、イアン・ギランの物真似。


(笑)。



智治が、あのギターのイントロを弾く。


ドラムが決まる。



nobody goes , on take my bike


wooo- woo the killin machi----ne....



と、そのまんま真似(笑)。


all rite , all fite.


Im a highway- starrrr----rrr !!! ya h ---- !!



と、 


キーボードに渡す。



有希子は、ちょっと、ジョン・ロードよりおとなしいけど

でも、そこがいいかも。



音はオルガンっぽい。



ギターに渡す。


智治が、まったくブラックモアのフルコピーだけど

ちゃんと4連になってる。


それはたいしたもんだ。




僕に戻ってきて。


最後を歌った。





結構受けた(笑)。




「オマエ、いいねぇ」と、上杉。



観客が、拍手を調子合わせて。


「なんだ、あれ?」



「アンコールだってさ」と、智治。

笑ってる。



「どうする?演目は?」と、上杉に聞くと


「用意してないよ」と。



「んじゃさ、あれ。whole lottta love 。出来るよね、あれ。簡単だし。」



智治が「そだな。」と、言って、あのギターのイントロを弾いた・・・。




また、曲が始まる。










ほとんど叫んでるだけ(笑)みたいな

ロバート・プラントの真似だったけど、観客は喜んでいた。




また、拍手の拍子 (笑)


「まだやるの?」と、僕が笑うと



「やろうぜ」と、大隅。



「何を?」と、聞くと


上杉が


「よし、じゃ immigrant song!」と、言うと

ベースの大隅、ギターの智治は

あのイントロを弾き始めたので、上杉も合わせる。

有希子は、適当に弾いている。


上手い。



直ぐに歌だから


 a-aaah-------ah----!!!

 a-aaah-------ah----!!!



と、ほとんど叫んでいた(笑)



まだ、観客は拍手してたけど

生徒会長が、まきまきしてるので(笑)



終わりにした。





ステージの袖で、音楽の持田先生が「良かったねぇ、とっても。町野は

ジャズよりそっちが向いてるよ」と。



ありがとうございます、とは言ったけど



「はて?そんなもんか」。

と。




ミキサーがそのまんまなんで、片付けようと

舞台から降りると


見慣れない中学の制服を着た、女の子がひとり。


お下げで、細面。


「あれー。?」


祥子ちゃん。


「かっこよかったー。もっと歌って!」と

祥子ちゃんは、笑顔で。


頬染めて。


にこにこ。



「ひとりで来たの?」と聞くと


祥子ちゃんは、かぶりを振って「お兄ちゃんと」



ちょっと離れて、孝くん。


少し、大人になったみたい。



「いいおにいちゃんだね。」と。僕もにこにこ・・・。




祥子ちゃんが来たので、どうしようか迷ってると


斉藤誠が「俺達で片付けとくから『彼女』を案内して」と、にっこり。



「いや、そうじゃなくて・・・。」と言おうとしたけど


祥子ちゃんが気にするかな、と思ってヤメタ(笑)。


でもまあ、これで

北高中の噂になるのは間違いなし(笑)。



タマに中学生の恋人が居て、遠くから逢いに来た(笑)と。



この時代、まだそういう感じだった。




斉藤や、謙二が気遣ってくれるから

僕は、北高の文化祭を案内しながら。



「きょうのバイトは休みだな」と思い


ノリちゃんいないかなー。と。



歩きながら。


模擬店を冷やかしながら。



歩いてたら、守くんに逢ったので

「わりぃ、あのさ、今日のバイトだけど。」と言うと

守くんは飲み込みが早い。


祥子ちゃんがいるのに気づき 「はは」と、笑いながら

僕の背中を叩く。


ハグするみたいに。


これが守くんの癖。



「ありがと」と、僕は守くんに手を振って。



祥子ちゃんも会釈。


孝くんも。




「ハード・ロックはいいなぁ」と、僕が言うと


孝君が「かんどーしたなぁ俺。俺も歌いたい」


まだ、カラオケボックスがない時代だから。

歌うのは、バンドがいないとできなかったり。



僕は「高校でバンドやんなよ」と言うと

彼も楽しそうに笑った。





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