第10話 夏



翌日。

学校に行かなくていいだけでも、かなり楽だ。


なにせ、普段はほとんど自分の時間がないのだ。


朝7時ー16時 学校

18時ー21時 バイト

23時頃ー6時 寝る


こんな感じだった。


「陽子さんもそうなんだろうなぁ」なんて、気になった。


学校に行かないと言っても、家に居ると

仕切りババア(笑)が、煩いので。


まあ、昼間は仕事に行っていて居ないが。

関わらないように、避けて(笑)


どこでもそうだと思うけど「なーんで女ってああなんだろ」とか思う。







・・・・陽子さんも、そういえば・・・(笑)。

なんとなく、引っ張り込まれた感がある。


「まあ、そんなもんだろう」



「サチのほうがいいよ」と言っていた

孝くんの言葉は、実感がこもってたな(笑)なんて。




夏だし、暑いから

図書館にでも行って涼もうかと・・・・。

僕は、GR50で出かけることにした。


シルバーのボディーカバーを外して、丸めて仕舞う。


ヘルメットを持ってきて。


キーを差して。


チョークを引いて、キック。


1回、2回。


ばらばら、と爆発したら

チョークを戻す。


それで、キック。


バラバラバラ・・・と、掛かったら

アクセルを呷りながら、チョークをちょこ、と引いたり。

これは、エンジンの様子で決める。


「パイロット・ジェットを大きくすればいいのかな」

あとは、ジェット・ニードルの段か。


とも思った。


まあいいや。走れば。



ぱらぱらぱら・・・うぁーん、わーん・・・・。


煩いので家の前では掛けず、国道まで押してから掛けていた。




ミニバイクだし、押すのも苦にはならない。


ギアを1速に。


かちゃり。


クラッチも軽い。

GRは、ふつうのアルミ地のままのレバーで

僕は好きだった。

磨くと光るし、酸化してくると鈍く光る。

それを見るのも好きだった。



3000rpmくらいで、クラッチをつないでも

低速トルクがあるから、走る。



ノーマルのGRを、クラスメートのマノが買って

乗せてもらったけど、全然違っていてびっくりした。


マノも、僕のGRに乗って「別ものだ」と。笑っていた。






「さて・・・。」



郵便局へ行って来よう。


図書館のそばの。



アクセルを大きく開くと、吸気音が うぉー、と響くので

それが楽しみだった。


6000rpmを超えると、排気音も  かーん・・・。


2速、3速・・・。



回転を上げないで走れば、 うぉー・・・。で

50ccには思えない音だった。




郵便局は昼間なので、ふつうの窓口で

陽子さんからの手紙を受け取る。



郵便局も涼しく、冷たい水もあるから


そこの長椅子で、僕は手紙を読んだ。




時間が無くて、あんまりきちんと手紙を書けませんけど

許してね。


学校と仕事で忙しいけど、夏の終わり頃には

ちょっとだけ家に戻ろうかと思いますから・・・。


良かったら、また、来てね。





と、こんな感じの簡潔な文章だった。



「元気でやってればいいか」と、思う。



忙しいので、淋しい、なんて思っている暇もないのだろう。


それは、僕もそうだったけど、学校が偶々休みになると。



「まあ、陽子さんは社員だから、学校が休みなら

働くんだろうなぁ」



お金借りてる訳だし(笑)



なんか、コントにある

江戸時代の、悪代官と街娘のやりとり、を想像して

ちょっとおかしくなった。



貧乏な街娘が、借金のカタに

悪代官の遊女にされる、とか。



「まあ、悪くはないけど会社に縛られるのは一緒だなぁ」

と、思ったりも。




誰でも似たようなものかもな、なんて思って。




「でも、陽子さんのところはこの街に近いから」



電車で行けば、会いにはいけるかな。


なーんて、思ったりもした。




郵便局の前に止めておいたGR。

木陰なので、木漏れ日が眩しい。



ブランディ・レッド・メタリック、と言う

渋い赤のメタリックで


ヤマハらしい、凝った色だった。


当時のRD400と同じ色。



「RD400もいいかな」と、一時思っていた。


教習所で乗ったRD350が、結構面白くて。


トルクが大きく、なんとなくSR400みたいな感じもした。


回転を上げるとスムーズ、なんだけど。


それで「RD250」と、思ったけど


このバイクは、なかなか街で見掛けなかったし

中古車屋さんにも出てなかった。



時々見ると、スリムで背が高く、SRみたいだな、と思った。


排気音は野性的で、後のRZよりも随分軽快な感じだった。






おちょぼ口だから、「チョボ」って仇名になるように・・。

なーんとなく、そういう仇名がついて、それで呼ばれた。


例えば・・・。弓道部の勝治くんは

眉毛が尖がってるので「デビルマン」と呼ばれたり。


弓道仲間の鈴木くんは、家がはんぺん工場なので

「ハンペン」とか、ペロリ(語源不明)とか。


悪意は別に無く、言われた方も気にしなかった。


僕は名前が変わってるから「タマ」だったり

「ムク」だったり。


むく犬に似てるのかな?



ノリちゃんは、「半魚ドン」とか「朝鮮」とか(語源不明)。

謙二くんは縮れっケなので「陰毛」(笑)。


同様に、もっちゃんはねこっ毛なので「犬」(?)とか。


智治は「おすぎ」(&ピーコに似ている)。





そのデビルマンは、RD50を持っていた。



GRと違って、ロードスポーツとして颯爽としていて

エンジンも違う。


シリンダーヘッドのフィンも長い(ので、後々このヘッドをGRに付けた。

冷却の為に)。



そのエンジン音が、フィンが長いので共鳴して「じーんじーん」と鳴るので


ペロリが「じんじんバイク」と言って笑っていた。



♪じーんじんじんじん・・・じーん、じーん・・・♪


と、ペロリは手まねでハンドルを握って、擬音で語るのだった。


ペロリ君と僕は、小学校の時から一緒だから

気心は知れている。


一緒に、よく登校したものだった。




すると、デビルマンが「なんだ、SRなんて。耕運機ばいく!」

すとっととと・・・・♪  


と、音真似をするのだ(笑)。


まだ、SRは買ってはいないのだが。



でもほとんど、SRを僕が買うのだと

みんな思っていた。





軽音楽部の連中も、そういう風に思っていたらしい。



軽音楽部費を、一度も払っていないので(笑、金が無かったのだ)


「退部させます」と、会計が言ってきたので・・・。


どこか、別のクラブを探さなきゃなぁ・・・なんて

思っていた。





なんて、図書館で涼みながら物思いに耽る夏休み。



玄関のところには、グリーンメタリックのベレット1800GTが止まっている。

今日も。



たまーに、走っていく事があって

独特の低音を響かせて走るベレットは、なんとなくカッコ良かった。



「ああいう車なら、いいな・・。」なんて思って。




祥子ちゃんからの手紙も、開封して読んで見る。




お元気ですか?

わたしは元気です。


夏休みになり、中学は宿題が多くて大変です。

毎日、計画的に進めていますけど、姉がいないので

お兄ちゃんのお昼ご飯とか、わたしが作ったり。


お兄ちゃんは「おいしい、おいしい」と言って

食べてくれるので、ありがたいです。

時々、失敗しますけど。


姉は、仕事があるので帰郷は夏の終わり頃になりそうです。


去年のように、町野さんにお会いできたらうれしい。


母も期待しています。



あ、それから・・・。

姉は女子寮なので、呼び出しですが電話はあります。


寮の電話なので、遠慮はいらないと言っていました。

わたしも、時々掛けています。


町野さんも、お時間があったら、掛けてあげてください。

姉は淋しがりなので。



暑いですので、お体にお気をつけてください。


祥子




と、しっかりした文章を書く子。


かわいいイラストがついていたりして。



絵が好きなのは、お姉ちゃんと同じかな?



なーんて。微笑ましく思ったり。



「陽子さんの寮と、この町とは・・・結構近いんだよね」


と、思う。


図書館にある時刻表で見ると、私鉄で行くと

500円くらいだった。


国鉄だと遠回りなので、1000円くらい。



「これなら、行けるかもね」とか、思ったりもした。



女子寮に電話?「弟です」と言う事にすればいいか(笑)。





GRを、図書館の裏の公園に止めておくと

時々、誰かが見ていて。


僕が行くと「これ、キミの?凝ってるね」と。


ハンドルバーエンドミラーになっていたり、

エア・ファンネルがついていたり。

タコメータがあるので、見る人が見れば分かるのかな。



ミニバイクレースが流行っていた頃で、このGRにも

水冷ヘッドを付けたりするのが流行っていたりしたけど・・・・

そんなお金なし(笑)。





その晩。


8時でバイトが終わり、国道沿いの電話ボックスで

女子寮に電話掛けてみた。


直ぐにつながる。


「あ、あの・・沢口の弟なのですが・・・姉は帰ってますか?」



管理人さんらしいお姉さんは「はい、ちょっと待ってね・・・陽子ちゃん居る?

そうそう、電話」



陽子さんはスリッパらしき足音、ぱたぱた「はい、もしもし・・・あ、孝・・かと思った。」

と、小声になる(笑)。



「ちょっと、掛けてみたくて。弟ならいいでしょ?」



陽子さんは微笑んだ声で「いいわよ、ここは気にしなくて。」

と、弟への電話を装っている(笑)。



「いい寮みたいね。」と言うと


陽子さんは「そう。寮だから、淋しくないわ。ひとり暮しと違って。

ご飯もお風呂もあるし」


と、


「いいなぁ、僕も住みたい」と言うと


陽子さんは笑って「住むのは無理ね。遊びに来る?いいわよ。」と。


あくまで、弟を装う(笑)。



僕も合わせて「じゃ、そのうち。お姉ちゃん。じゃね、ばいばーい」(笑)。


陽子さんは笑って「ばいばーい」(笑)




・・・元気そうで良かった。


と、思った。











電話で、元気そうな声を聞くと

なんとなく安心するし、女子寮もいいところらしくて。

と、僕は思った。



電話の向こうでは、陽子さんが

すこし、微笑みを浮かべて。

受話器を置いた。


「ねえ、陽子ちゃん」と、さっき、電話を取ったお姉さんが言う


「はい。」と、陽子さん。


そのお姉さんは、すこし陽子さんより年上の

大人の女性っぽい感じ。

真っ直ぐな髪の毛は、漆黒。手入れが行き届いて

お洒落な感じ。


細面、和風美人。


「カレシでしょ?」と、お姉さんは笑顔。



「え・・・あ、いえ。」と、陽子さんはどぎまぎ。

嘘は苦手だ。



お姉さんは、にっこりと笑って「連れてらっしゃいよ、遠いの?」



陽子さんは「いえ・・・でも、女子寮で、いいんですか?」



お姉さんはにっこり「私達もね、陽子ちゃんがしあわせになってほしいの。」



ここは、寮のリヴィング。


寮・・・と言っても、プチ・ペンションみたいな感じ。

リヴィング、ダイニング。プレイルーム、バスルーム。


女子寮はそういう造りになっていた。



「そうよ、ねえ、うらら?ヘンな男だったらぶっ飛ばしちゃう!」



さっきのお姉さんは「うらら」らしい。


うららは「フダちゃん、勇ましいな。ははは」


フダちゃんは、うららより少し大柄。

年は、陽子さんより少し上、だろうか。


スリム、さっぱりショートヘア、ちょっと洋風の愛嬌のある風貌。

スポーティな感じ。




陽子さんは手を振り「いえいえ・・・・そんな、悪い子じゃないので・・。」



「あ、年下なんだ!」と、ダイニングの方から来たのは


丸顔、穏やか、ちょっとふくよか。元気。

年は陽子さんくらいか。



「あ、スズちゃんも聞いてた?そう思うでしょ?寮の治安を守る為。」


と、うららはそう言って。



スズちゃんは、にこにこ「かわいい男の子なら、お姉さんが可愛がってあげるから」


と、言って。


一同、笑う。



和やかな女子寮だ。







そんな話になっているとは、僕は知らず(笑)。



なんとなく、落ち着いた気分で。


電話を終えて、アパートに帰った。


GRは、家に置いて来たので

徒歩でとことこ。


近所だしね。


国道を渡ってすぐ。





夏らしい、いい夜だ。


ちょっと涼しい。



「バイトが休みの日に、ちょっと行ってみるかな、電車で。」



まだ、夏休みも始まったばかりの


この感じが僕は好きだ。



これから暑くなる。それはあまり好きじゃないけど

秋に向かう淋しさよりはいいと思う。




なんとなく、ヴァン・マッコイの「ハッスル」を歌いたくなった。


あの、コーラスのところ。


♪おー・・・おおおお・・・・♪ to do hastle !  フルートのソロがカッコイイので

中学の頃、よく学校で吹いていた。


音楽室の楽器で。


でもそれは、ブラバンの楽器なので


フルート担当の女の子が、後で知って

泣いてたっけ・・な。


「悪い事しちゃったなあ」

なんて、今でも思う。




そんな風に、僕は歌うのが好きなので


よく、バイトしながら「バビロンの河」とかを歌うと


守くんが、ディスコのステップで踊ったりした。


振り付けもあるのだ。


「怪僧ラスプーチン」とかも。






陽子さんに手紙を書いた。







さっきはごめんなさい、驚かせて。

でも、元気そうで安心しました。

良かった。


電車で、遊びに行こうかなー、なんて思ったりしてます。



来週の木曜とか、あ、別にお休みでなくてもいいから。

ちょっと、行ってみたくて。


再来週でもいいです。

休みがこのところ、木曜だから。




と、手紙を書いた。



返事は直ぐに来て・・・。








いつでもいいなら、今週でもいいの?

寮の人は、来ていいって言ってるから。

みんな、いい人よ。

あ、それから、弟じゃないってバレちゃったから

お芝居はしなくていいわ。




と、陽子さんから。




「へえ・・・女子寮か。」



ちょっと、ドキドキ(笑)。



どんなんだろうな・・・・。





と、それからは

バイトも気がそぞろ(笑)



早く木曜がこないかなー、天気がいいかな?なんて。



そんな様子を、フロアー掛かりのおばちゃん、鈴木さんが


僕の、おちんちんのところをズボンの上から撫でて(笑)


この人は、挨拶代わりにそうするけど

お母さんくらいの年だから。ヘンな人ではない。





「いい事あった?にこにこだね」とか。



僕は「うん、まあね。」とか言って。

悟られると恥かしいから、そのくらいにして。


調理場に引っ込む(笑)。




鈴木さんは、フロア仲間の尾崎さんに話す「タマちゃんが、デートだってさ」


と、尾ひれがついて。



その話が、妖怪人間ベラちゃん(笑)を通して・・・・。


あちこちに伝わる(笑)。








水曜のうちに、ちょっと支度して。



いつものバッグはそのままだけど。

こざっぱりと。

ワークシャツにジーンズ。

青い帽子。


スニーカーはいつもの。


コンバースに似たの(笑)。



詮索されると厄介だから、隠しておいた(笑)。




木曜。


朝5時に起きちゃったけど・・・。ちょっと早すぎる。


台所で、ご飯を食べた。

納豆ごはん、生野菜、お味噌汁。

がんもの煮物。


ふつうに和食が好きだったりする。



静かに、静かに・・・・。

誰も起きないうちに。


足を忍ばせて、着替えて。



出掛けた。


兄には「ちょっと出かけるから」と

前夜に言っておいた。



兄も、にんまり。


なーんとなく伝わる(笑)。




国鉄で3駅、そこから私鉄に乗り換えて。


真っ直ぐ、上り。


白い電車は、かなりの速度だ。



「一時間くらいかなー。」



山間いを走るので、車窓はローカルムード充分。


朝早いので、誰も乗っていない。



米軍仕様の水筒も持ってきた。

かばんの中から取り出し、冷えた水を飲んだ。




ちょっと、うとうと・・・。



急行なので、直ぐに着く。



段々、東京に近づくと

人が増えてきた。



「やっぱり都会だなぁ」と、思う。




車窓も、建物が増えてきて。


大学、病院、工場。



そういう建物が増えてきた。







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