ほのぼの高校 11HR-24HR

深町珠

第1話 はじまり

県立北高校は、田舎の高校。

山海に近く、広大な敷地の。

勉強や運動等、顕著な成績はないが

そう言う所が好きな子が入学する。

まず、入試で落ちる事はない。

と言うのは、75年頃は

中学で振分るようになっていたから。


僕も、勿論、後に親友になるノリちゃんも

それで、のんびり入試を済ませた。




学校の北側には山があり、標高は結構あるようだ。冬等は、時折積雪している。


暖地なので、学校の辺りに積雪はまず無いのだが。



東側も以前はずっと農地だったらしい。なんと言っても農業高校だったのだ。


高速道路が出来る時に、接続道路を作るのに分断されたけれど、南側が鉄道の高架線まで、サッカー場が2つは取れるくらい。


なので、野球、サッカー、テニス部が

各々自由に練習しても、大丈夫。

その位広く、周りは割と木があって

敷地の外は、ほとんど田んぼか畑だった。


なので、友達が昼休みにどこに居るかは


見回してもまず、解らない。


それに、一応はバイクやクルマで登校してはイケナイのだが


たまに、乗ってくる子もいた。


田舎なので、暴走族とか

事故とかもあんまり無かったから


のんびりしていた。


美人の先生を、愛車に乗せてデートへ誘うやつもいた。


共学だけど、女の子は街に近い

おしゃれな私立、なんかに行きたがるので

女子は定員割れ。当時は子供が多い時期で

中学等は8クラスもあったから

ABC...H組である。


コンビニで売っているアダルトビデオみたいなタイトル、そのまま。


「ナントカ学園H組」(笑)



だが、当時はもちろんコンビニすら無い時代だし

JKブームのずっと前であるから

そう言う事を、当時の僕等は

思いつく事も無かった。

いい時代、だった。


北高は、6組までだったから

そんなに志願者が居なかったのだろう。


合格発表を見に来た時、落ちた子は

居なかったようだった。


クラス分けも書いてあり、僕は11HRだった。





後々親友になる彼とは、この頃は

それほど親しくも無かった。

出席番号が離れてたし、席も遠かった。



意外とそんなものだと思う。


彼は、隣町の健康優良児(笑)で

幼稚園から1度も休んでない子だとか。


背丈は僕と同じ位。ちなみに10月産まれだから

まだ入学時、バイクは乗れない。

けど、田舎なので。


ヤマハのミニトレ、FT1とJT1を持っていた。


でも、バイクではさすがに登校せず、スポーツ自転車で通っていた。


高架の、出来たばかりのバイパス道路をぶっ飛ばして。


学区外の、面白いやつに出逢えるのも

高校のいいところ。


彼は、お父さんが金物屋さんで、加工工場の人がお兄ちゃん、みたいにかわいがってくれてて。


バイクも、革ジャンやヘルメットも

貰ったから

乗った、らしいのだが。


バイク乗りって、そう言うところ

ありますね。


大事にしてくれれば、あげてもいい。



キモチ、解ります。


僕は5月産まれだから、すぐ原付き免許取っても良かったけど


兄が居り、「デカイの乗れよ。」


兄自身は50ccしか乗っていないのに、である(笑)。


ノリちゃんのお兄ちゃんとは

大違い。


まあ、兄の乗っているTY50を

14才の僕に勧めたのもコイツ(笑)である。


後で貰える事にはなっていたが。


担任の先生は、カワサキ、と言う

バイク屋みたいな名前だったが

本人は、タイプじゃなくて

背が低く、ずんぐりしてたので

よく、生徒にからかわれたらしい。


そう。高校位になると

教師が腕づく、なんてテは無理で。


カワサキ先生も「ピュンピュン丸」

と、仇名を付けられていて。



.....なんとなく、そう言えば似てるかも。




校舎の西の端、1階だった。

2階が2年。3階が3年。


でもまあ、冷房のないこの時代は

却ってこの暖地では、1階が良かった。


校舎が2列で、コの字に西端で連結されていた。


11HRは、北校舎の西端で

カワサキ先生が、書道家なので

書道室の隣がいい、そんな理由だったのかも。

階段を挟んで12HR。だから静かで良かった。


三方が庭である。


北側は因みに職員駐車場で、ギャランΣ、スカイライン、カローラ、コロナと

無難な、高校教師らしいクルマがあったが


ただ、ヤマハのTY50、兄のモノの後期型であったが

これは、音楽の持田先生の持ち物。

DT250も持っているのだが、学校に乗って行くにはちょっと目立つから、と

通勤用に買ったらしいが。


このTYは、ガソリンタンクキャップに

鍵がないので

コーラ入れられたら焼き付く、とか

噂であったが


入れられた、と言うお話は聴いていない??


兄のは、鍵を付けてあった。



僕の席は、出席番号8だから

窓際の後ろ。最後尾がジュンジ。


彼は、小柄で色黒、縮れ毛で

なんとなく黒人みたいなので


ケニア、と仇名が付いた(笑)


高校卒業後、しばらくして


coffee「ケニア」を開いた(笑) 


意外と頑張る子だ。


中学のクラスメイトは、ほとんど市立高校へ行ってしまったので


11HRでも、北高でも

僕は寂寥感を楽しんだ。


ここの高校は、北門にロータリーがあり

駅から遠いので、スクールバスが

乗り入れていた。


僕は、ずっとずっと後になって

アルバイトでそのバスを運転し、ここを走った。


全く変わっていない事に、驚きと

安堵を覚えた。




その初日、僕は

高校生になったと言う実感もなく(笑)


自転車で学校に行った。


中学と、行く方向は同じなのだけど

自転車で行けるのは楽だった。


「行ってきます」と。


中学の時と、制服も同じ詰め襟で

ただ、髪の毛は伸ばせる。

そこは、ちょっとだけ違っていた。



通ってた中学も、自転車だとひとっ飛び。


バイパス国道を超えて、高架を潜れば

高校だ。


まあ、周りに家がないから柵もない。

そこらへんにみんな、自転車やバイク(は禁止だが(笑))。


停めてた。


良く、ひとの通らない高架下に

バイクが停まってたり。

シャリィ、ジッピィ、ダックス。

KH。


KHは人気だった。


ふつうに、僕は駐輪場に停めてた。


11HRに行くと、ホームルーム。


ピュンピュン丸先生(笑)が、教壇で

「僕はよく殴るから気をつけてください」と

強張った顔で。


ホントは怖いんだろな。




そう言う感じで、僕は

貰い物のダブダヴのズボンのポケットに手を入れて聴いていた。


サイズが大きいだけ、だったが。

流行りの突っ張りルック(笑)に

見えなくもない。


上着が大きいのは違うけど。



「オートバイの免許は、絶対に取らないでください」と、ピュンピュン丸先生は続ける。



県立北高は、自由な校風で知られていて。


バイクも禁止では無かった。


なので「お願い」したんだろな、と

思ってると

斜め隣の生徒、ちょっと粋な感じに

おしゃれな制服を着ている

色白の長身が「ってコトは禁止じゃないのか」


と呟いたので

僕は「そうだよ。県立だもん」と呟くと


彼は振り向いて、ニッコリ。




休み時間に11HRから出ると、各々に

楽しそう。


まだ、あどけないような子も多い。


僕はのんびりと中庭の芝生の方へ。

県立北高は、上履きではなく

ふつうのサンダルで、学年で色別。


面白いけど、農業高校だったからかな、なんて思った。


校舎の西端は、屋根の付いた渡り廊下で

簀子が敷いてある。大岡山中学と似てて


ちょっと懐かしく、淋しく。


中学は楽しかった。






「やぁ」と、声の主はさっきの

おしゃれさん。

髪はパーマ、短髪だが

つっぱりふうでもない。

ゆったりした制服は、ちょっとおしゃれな形。


ああ、と。

僕も笑った。中庭には椰子の木が生えていた。


芝生に椰子。ハワイかなぁと思った。

農業高校だったので、造園もしたらしい。


彼は、稔君。

海辺の方に住んでて、ギターが得意。

オートバイも好きなんだそう。

「なんか乗ってる?」と尋ねるから


「兄がTY50に乗ってて、貰える予定」


と言うと


「ああ、いいね。トライアルって。

TYはデザインもいいな。僕は

免許取ったらKHかな」


と、今トレンドの

カワサキの3気筒のコトを言うのだった。


この少し前、400cc免許が出来て

ふつうに750cc、とか

乗れないので

人気は400ccだった。



「KHは音がいいね、なんとなく音楽みたい」


と、僕はギターを弾く手真似をした。

元々、ギターは8才くらいから弾いてるけど


エレキギターは持っていない。

エレキ持ってると不良、とか

言われたものだった。



「あ、ギター弾くんだ。僕も。ジェフ・ベックとか」と、彼。


そう言えば、jeffbeckと、あちこちに書いてあった彼のノート。





ジェフベックって誰だったっけ、と(笑)僕は思ったけど

彼に悪いから


「あ、かっこいいよねー。」とだけ。


その間に思い出そう。



彼は「うん。どの曲がいいと思う?クロスオーバだよね。」と。



僕はわかんなくなった。(笑)。


ジェフベックって、ロックの人じゃなかったかなぁ。


僕はあんまり、ロックって聞いてなくて。


どっちかと言うと、リズム・アンド・ブルースとか

そういうのが好きだったから・・・・。


僕は

「うん、クロスオーバは僕も好きだな。ラロ・シフリンとか。ジョージ・ベンソン」




と言うと、彼は「渋いなあ。うちにあそびに来なよ。レコード聴いたり。

ギター弾いたり。」




そんなふうに、ちょっと盛り上がって。

休み時間は終わった。



授業は大学みたいに、それぞれの専門教室でする事が多かった。


南校舎は4階建てなのも、その専門教室が多かったから、らしい。


次の授業は11HRでやるので、気にすることはないけれど。






その、生物の先生が教室に入って来ると。

漫画好きの小宮くん、くすくす。


はて、と。

僕は視線を先生に。


「ああ、そうか!」


僕もおかしくなった。


漫画のマカロニほうれん草に出て来る

「kuma」にそっくり。


ほか、クラスメイトたちも

くすくす。


先生は「ん、なんだね、どうした」


誰かが「くまー」とコールすると



先生は「いや、クマは他に居るぞ」


ラグビー部の顧問、体育の先生が

そうだとか(笑)。


わいわい、楽しみながら。


授業は進んで行く。


担任のピュンピュン丸先生だけ

つまんない人みたいだなぁ(笑)。




小宮くんは、漫画だけじゃなくて

TVも好きで。

「バイオニック・ジェミー」の大ファンだった。


すらり、長身の秀才で

よく女の子にモテていた。


当時、タイレルF1が6輪になって

スーパーカーブームのあと、F1が

ちょっとしたブームだったんで


小宮くんは「ふぉーん」なんて擬音入りでF1ごっこをしていたり。


無邪気で可愛くて。



僕はと言うと、レガゾーニのヘルメットはレプリカを持ってたりしたけど。


そんなに詳しくは無かった。




つぎの授業、化学の先生が

また個性的で、見た目がペンギンそっくり(笑)

キチンとスーツを着て、ネクタイを締めている所が

そう見えるのかもしれない。


なので、既に「ペンギン」と言う仇名が付いていた。


平塚ペンギン、かな。


ちょこちょこ歩くの。

なんとなく可愛い。


のどかな田舎なので、そんなふうに

僕らものどかに暮らしていた。




学区の外から、いろいろな人が来るのも高校の面白いところで

大学になると、もっとそうなんだと

この頃、思っていた。


尤も、大学なんかに行けるとは思ってもいなかった。


当時は子供が多かったので、大学、と言うのは

この辺りの田舎だと、余程の秀才が行くところで


県立北高校に来るような子の多くは、高卒で就職していたし

僕も進学の予定は無かった。



父は技術者だったが、独立・倒産(笑)と言う

高度経済成長に踊らされたひとりだったし


この頃は、病気で寝ており

療養費も僕らが稼がなくては、と言う

そんな状況だったから、である。


だからと言って、暗く落ち込まないのが昭和の人、だ。(笑)。


僕は、アルバイト許可を貰いに

担任の所まで行った。



書道準備室にいつも居る、ピュン(みんなそう呼んでいた)の所に


生徒手帖を持って。


なんとなく、書道って辛気臭い(笑)のだけど、まあ我慢して。



「失礼しまーす」



ピュンピュン丸は、いつもこの部屋に篭っていて

職員室にもあまり出かけない。暗い性格なのだろう...と

僕は思った。



彼は、机でなんか、俯いて書類を読んでいた。



「お、なんだ。」


と、横柄なのはこの人。虚勢を張っているのだ、と

誰にでもわかる(からかわれる原因なのだが)。



「バイト許可をください」と、僕は生徒手帖を差し出した。


今は、朝、新聞配達をしている。

自転車だが、5月になって16歳になったら原付にしようと

思っていた。


月二万円くらいにしかならないが、県立高校の月謝は安く、

当時で¥1500円くらいだったから

他に、なんかアルバイトを見つけようとは思った。



夕刊の配達は、学校が終わってからでは間に合わないのである。


15時位に、新聞の仕分け・折込等があるからで

配達だけだと、幾らにもならない。



それで、夕方~夜はどこか、スーパーでバイトしようかと

思っていた。


でもまあ、取り合えず新聞屋さんの名前を書いて。


提出。



「よし」と、ピュンはあっさりとはんこを押してくれた。



噂では、なかなか許可が下りないと聞いていたのだが

僕の場合は特例なのだろう。




信じられないなぁ、と

僕は、ホンダCB125JXの切り抜きが入れてある

生徒手帖を貰って、挨拶して退出した。




「意外といい奴なのかもしれないな・・・・。」と

僕は単純にそう思った(笑)



15歳の考える事は、そんなもんだ。



髪の毛が伸びてきた坊主頭を撫でて。



中学はどこも坊主頭、なのがこの時代だった。





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