4 集結
すっかり聖良になついたケイトは、毎日昼休みになると聖良がいる1年生のクラスに来ては、
「セイラ、ランチしましょう」
そうやって食堂へと連れて行く。
出が貴族なだけに、ケイトは振る舞いが指先まで神経の届いているところがあって、
──ありゃまるで姫と召使いや。
などと言われることもなくはなかったが、
「仕方ないやん、うちの実家…ミカン農家やもん」
とは言うものの、伊予吉田の南ファームといえば規模の大きなミカン農家である。
「貴族の娘と地主の娘かぁ」
どこかお似合いやね──姿を見た萌香はどこか可笑しがった。
聖良によくついてくるせいか、ケイトは部室にも来るようになった。
「ケーオンガクって何ですか?」
などと不思議がっていたケイトであったが、日向子のギターを見るなり、
「BEATLESみたいな?」
やけに発音のいい言い回しをした。
「ケイトちゃん、おもろい子じゃね」
のどかな調子で花が言うと、
「おもろい?」
どうやら方言は弱かったらしい。
さて。
問題はバイオリンのケイトを、果たして軽音楽として扱っていいものかどうか…というところであった。
「ストリングスのいるバンドもあるにはあるけど…でもケイトちゃんがどう思うかよね」
なくはない。
確かに過去には茅ヶ崎工業高校の〈team tecnica〉にはバイオリンのメンバーが一人だけいて、目立ったのもあって第8回大会を全国制覇している。
「ただteam tecnicaは9人編成やったし、テクノポップにストリングスって新しい組み合わせやったしね」
スクバンに詳しい菜々によるとそういうことらしい。
「それにひきかえ、うちはまだボーカルすらいなくて…」
「それなら一人、目をつけてる子がいて」
1年生の
「こないだ、宇和島の市内でのど自慢があったのは知ってる?」
そのときに特別賞を受けている──というのである。
「しかも歌手志望だってそのとき話してたの、生放送で見たし」
たまたま菜々は視聴していたのである。
しばし黙考したあと萌香が、
「まぁボーカルにするには持ってこいよね」
「でも…来ると思う?」
花は少し懐疑的な目をした。
「…話してみないと分かりません!」
声を上げたのはケイトである。
「そんなとき日本人は、当たってくじけろです!」
「…当たって砕けろ、ね」
聖良がツッコミを入れると、
「そんな…くじけても砕けても、当たるのは同じです!」
これにはメンバー全員がハッとした。
「…そうよね、当たってみないことには分からないよね」
日向子の言葉で方向は決まった、と言っていい。
こういうときのケイトは動きが早く、
「ドノモリさん、少し…いですか?」
翌朝には同じクラスの愛に声をかけて早くも話をしてみたのである。
いきなりケイトに声をかけられ愛は驚いたが、
「ボーカリストかぁ…」
そもそも歌手を目指していた愛にすれば、願ってもない話ではないか。
「あなた、歌手になる。バンド、ボーカル決まる。これはウィン・ウィンの関係です!」
ここまでハッキリとケイトに言われては、断る理由もない。
「…見学してから決めるね」
愛はひとまず返答だけしておいた。
放課後にケイトに連れられて愛が来ると、
「まだ入部を決めた訳ではないです」
何とも厳しいことを言った。
しかしケイトは、
「なぜあなたは歌手なりたい言ったのに、ボーカルしないのですか? 当たる前にくじけたのですか?」
「まぁまぁケイトちゃん、そんな責めやらんでもえぇやろ」
花がたしなめた。
「愛ちゃんにもプランとかあるやろし、やりたくない人に無理されてもこっちが迷惑になるだけやし…」
ダメなら他当たればえぇだけの話なんやし──日向子の言い回しがことさらドライに聞こえたのか、
「…だったらやります!」
愛が思わず大声をあげた。
「どれだけ負け嫌いなん、しかし」
少しあきれ気味ではあったが、萌香は悪い顔はしなかった。
3学期を迎える頃にはケイトも愛も正式に入部し、7人での編成となった。
「で、エントリーするにはバンド名が必要なんやけど…」
誰も良い案が浮かばないのか、部室は重苦しい
もう今日は諦めるか──そんな空気すら流れ始めてき始めたタイミングで、
「少し換気しようか」
花が窓を開けた途端、一陣の風が吹いた。
「今日は風強いんやね…」
萌香がつぶやいた瞬間、花が急に何かひらめいたように、
「…ね、潮風SEVENってのはどう?」
うちら7人やろ──花は口にした途端はずかしかったのか、顔をほんのり赤らめた。
「えぇんとちゃう?」
日向子が案に乗った。
「まぁどっかで7とかセブンは入れたかったよね」
菜々は述べた。
「…シオカゼ?」
首をかしげるケイトに聖良が翻訳ソフトでsea breezeと示すと、
「Oh! seabreeze!」
納得した様子で笑顔になった。
正式に潮風SEVENと名前も決まって、作曲は菜々とケイト、作詞は花と日向子がそれぞれ担当し、アレンジは部長の萌香、聖良、愛とグループ分けも決まって、本格的に始動することになったのは、3学期の終わりが近づいた3月も近づいた頃になっていた。
それぞれ進級も決まり、新しい1年生が入る──はずが、
「今年は新入生募集は休みです」
それどころか、
「ねぇねぇ、今の在学生がみんな卒業したら休校になるって噂聞いたんやけど…」
どうやらそれは事実で、寄附金と教育支援団体の活動だけでまかなわれている玖浦高校の運営は、だいぶ苦しいところまで追い詰められているらしい──との由であった。
「そんな…じゃあ、この学校はなくなるの?」
「それは分からないけど、いつまでもある訳ではないみたいやね…」
日向子は冷静に述べた。
「…やっぱりうちらスクバン出て優勝して、学校の名前だけでも残さなきゃ」
田舎の小さな学校でも、できることはあるんだ──花は力強く言い切ってみせたものの、
「でも松山外語を倒さなきゃならないんだよ?」
萌香は疑問を呈した。
「…そんなん、戦うからにはしゃーないやん。人間社会には、嫌でも戦わなあかんときがあんねん」
日向子は醒めているようで、実はどこか割り切っているところがあって、それでも可能性だけは信じていたかったのかも分からない。
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