7 撃破
無名のバンドである〈潮風SEVEN〉が、和泉橋女子の〈AMUSE〉を破って準々決勝に駒を進めた事象は、衝撃を以て話題となった。
和泉橋女子高校の〈AMUSE〉といえば第5回の優勝当時、その実力と人気でアニメ化され映画化もされた、いわばスクバンの顔とも言わるべきバンドで、アニメ化から10年近く経過したこの時期でも人気は高く、グッズがフリーマーケットアプリで取り引きされるほどである。
それだけに同じ準々決勝グループAに入った、
3校は特に、彗星のごとくあらわれた〈潮風SEVEN〉とどう対戦するか、研究に他念がなかった。
他方で。
「なんぼ研究されても、うちらのやれることは変わらんし」
菜々は泰然としたもので、いつも通りの練習をする。
「菜々ちゃんって度胸据わってるよね」
日向子の件にしても、スクバンのエントリーの件にしても端緒は菜々で、いわば玖浦高校の怪進撃──誤植ではない──を生み出したのは、身長149センチと小柄ながらパワフルなキーボード演奏で一躍時の人となった菜々がきっかけであった…といってもいい。
この菜々のときに放胆ともいえる言動が、
──セオリー通りに来ないバンド。
という特長をもたらしてもいた。
そんな菜々が準々決勝用にと作曲したのは『Flying train』という曲である。
デモを聴いた萌香は驚いた。
「ドラム、スネアだけ?!」
「うん。そのほうがかっこえぇかなって」
しかもまずスクバンではないであろう4分の3拍子である。
他にもベースとギターは控えめで、メインはトランペットとバイオリン、ところどころにリコーダーを入れてある──という、およそバンドらしからぬ曲ではある。
しかし。
花と日向子は全く同じ感想であった。
「これさ、めっちゃカッコいいね」
こんな曲スクバンで聴いたことない──そこで練習をしてみると、ギターのパートがほとんどないことに日向子が気づいた。
「これ…うちがリコーダーパートやらなアカンやつやん」
さすがに日向子も苦笑いをしたが、試してみると存外上手いこといったので、
「まぁたまにはこんな掛け持ちもえぇんとちゃうか」
日向子は菜々の才能に賭けたらしい。
準々決勝当日。
グループAは午前10時開始である。
まず部長ないしリーダーがくじを引いて演奏順を決めるのであるが、リーダーの萌香が引いたのは4番。
「トリかぁ」
曲には制限時間があり5分と決められてある。
「大丈夫、調べたら4分23秒やから」
最初は糸島女子高校の〈AQUARIUM〉である。
「みんな美人だよねぇ」
聖良は言った。
とりわけボーカルでギターの3年生・濱島
「そりゃバリバリのスクールアイドルやもん、ブサイクやったらつとまらんやろ」
日向子にかかると身も蓋もない。
2番目は桜城高校〈チェリーブロッサム〉。
京都らしい和のテイストが持ち味のバンドで、珍しく和楽器が組み込まれたサウンドから、海外で人気のあるスクールバンドでもある。
「生でチェリブロ聴けるなんて思わんかったわぁ」
ファンの間ではチェリブロと略して呼ばれ、私設のファンクラブサイトまであって、どうやら菜々はそうしたところまで情報を仕入れてあるらしく、
「次にアニメ化されるのは桜城って言われてるし」
菜々はすっかり目をハートにしてステージを見ていたが、
「菜々ちゃん、うちらの対戦者なんよ」
「でも桜城は人気やし…」
花にたしなめられても、好きなものは好きであったらしかった。
3番目は袖ヶ浦国際情報高校〈インターメディア〉で、テクノポップを組み合わせた新感覚のバンドである。
「いちばん音楽としてカッコいいのはココよね」
パソコンに強くテクノポップが好きな愛はすでにチェック済みであったらしく、
「あとでサインもらわなきゃ」
推しのアイドルでも見に来たかのような感であったので、
「それは後でね」
花に静かにたしなめられる始末であった。
そうしていよいよ4番目の玖浦高校〈潮風SEVEN〉の出番である。
一斉に7人が所定のフォーメーションの位置に散ると、
「それでは聴いてください、『Frying train』」
菜々のキーボードから静かにイントロは始まり、萌香のスネアドラム、ケイトのバイオリン、ギターを肩にかけた日向子が吹くリコーダーがあとから加わって、語りかけるように愛は歌い始めた。
結果発表までの間、愛は〈インターメディア〉にサインをもらいに行き、菜々はチェリブロこと〈チェリーブロッサム〉と一緒に写真に収まったり──とすっかりミーハーぶりを発揮していたが、チェリブロの2年生ボーカル・
──話題の玖浦高校の小梁川菜々ちゃんが来た。
と言って、同学年でもあったので、菜々が戻るときにはLINEの交換までしていた。
愛も戻って暗転し、結果発表が始まると、
「うちらどうなるんだろうね」
「今回はさすがに厳しいかなぁ」
花と聖良は結果が気になって仕方がなかったようである。
ドラムロールが止まった。
それでは今回の結果発表です──アナウンスのあと、ステージのスクリーンが明るくなった。
玖浦高校は──2位。
1位桜城、2位玖浦、3位袖ヶ浦、4位糸島…という結果である。
「桜城高校と玖浦高校が、準決勝進出となります!」
強豪として優勝候補にも挙げられていた袖ヶ浦国際情報〈インターメディア〉を破っての準決勝で、
──大物食い。
とのちに呼ばれたのであるが、このときの彼女たちはまだ知らない。
「どうしよ…遠征費、足りるかなぁ」
真っ先に萌香が心配したのは旅費である。
ここまで約8日間、取り敢えず学校に寄せられた寄付金の一部から賄われて来たのであるが、底をつき始めていることを萌香は分かっている。
「どうしよ…勝っちゃった…」
萌香だけは浮かない顔のまま、準決勝の組み合わせ抽選をするため席を立った。
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