6 制服

 スクバン全国大会出場が決まった玖浦高校のある宇和島市では、第3回大会で優勝した県立宇和島商業高校以来の市内からの出場とあって、街はざわつき始めていた。


 ちなみに。


 四国勢の優勝も、公立商業高校の優勝も、宇和島商業いらい絶えて久しい。


 そんな中。


 ──全校生徒約50人の小さな島のスクールバンド。


 ということもあって、スクバン公式サイトで玖浦高校が取り上げられると、にわかに校内外は騒がしくなりだしたのである。


 7人の個性も目立った。


 関西弁でお嬢様風の日向子、可憐なたたずまいの花、小柄ながらパワフルな演奏をする菜々、しっかり者でメンバーを引っ張る萌香、ここぞというときにトランペットで決める聖良、金髪をなびかせバイオリンを奏でるケイト、そして抜群の歌唱力を持つ愛──4人あるいは5人の編成がほとんどのスクバンで珍しい7人編成というのも個性となっている。





 いよいよ明日は宇和島を出発──という日、支度に余念のなかったメンバーたちは、せっかくだからと集まって夏合宿以来であった、寄宿舎で一緒の宿泊をした。


「…うちら、どこまで出来るのかなぁ?」


 珍しく萌香が不安を口に出した。


「萌香ちゃんが不安がるなんて珍しいやん」


 日向子が明るく、取り払うような言い方をした。


「だって…初めてやし」


「まぁ人生未体験がなくなったら、あとは三途の川渡るだけやもんね」


 日向子は冗談めかして返した。


「大丈夫だよ萌香ちゃん、うちら7人で戦うんやから」


 そうは言っても。


 初戦の1次予選の組み合わせが決まって、その面々を見ると、心配するなという方に無理があろう。



  秋田学院高等部【秋田】〈小町娘。〉

  和泉橋女子高校【東京】〈AMUSE〉

  聖ヨハネ学園津島高校【愛知】〈リトルデーモン〉

  西ヶ原学園高校【奈良】〈西学軽音部〉

  玖浦高校【愛媛】〈潮風SEVEN〉

  八重山学院女子高等部【沖縄】〈かりゆし〉



 初出場の八重山学院と玖浦高校以外はどれも上位の常連で、4位までが準々決勝に出られるとはいえ、かなり厳しい戦いでもある。


「まぁ勝負は出たとこやからね…あんまり気にしてもしゃーないやん」


 と日向子は明るく励ましたが、根が真面目な萌香はやはり気になるようであった。





 翌日、宇和島駅から特急で八幡浜まで出た一行は夜行バスで約14時間ほどかけて横浜駅に到着した。


 島を出てから約16時間ほどである。


「やっぱりこっちまで来るのはといいけぇ」


 聖良がぼやいたのも無理はない。


 1次予選はハマスタの近くの神奈川県民ホール、通称カナケンで行なわれる。


 ハマスタこと横浜スタジアムでは開会式と決勝戦のみが開かれるのであるが、開会式では全47都道府県の代表と前年度優勝校──このときは聖ヨハネ学園津島高校である──の全48校が勢揃いする。


 問題は、翌日にひかえたチーム入場の際の服装であった。


「うちの高校、制服ないやん」


 特に規則がある訳ではないが、大概は制服ないし揃いのコスチュームで、部活動用の公式ブルゾンやポロシャツなどを持っているバンドがほとんどである。


 しかし。


 玖浦高校には、そんな金銭的な余裕がない。





 しばらく考えていた萌香は、何かスマートフォンで調べたあと、川崎の駅前にあったショッピングモールまで行くと、作業服屋で揃いの真っ白いパーカーを10枚、さらに100円ショップでクリアファイルやらアートカッターやら、定規やらマスキングテープやら赤のスプレー塗料やらをワサワサと買い込んで帰って来た。


「萌香ちゃん、どうするん?」


「そりゃあ、ユニフォームがなかったら作るしかなかろ?」


 そうやって宿舎のホテルのロビーでもらったコピー用紙に大きく「K」と定規で書いたあとそれをクリアファイルに挟んでマスキングテープで留め、文字をアートカッターでくり抜いてから、真っ白のパーカーにクリアファイルをあてがい、マスキングテープで貼り付けると赤のスプレーでKの字を染め始めたのである。


「これなら問題なかろ?」


 1枚試しに塗ってみたら良かったので、あとは萌香が同じように残り9枚をすべて赤いKを塗って、すべての作業は終わった。


「…すごいね、萌香ちゃん」


「うち、なかったら何でも作る家やったけん」


 とは言っても、寸分たがわずKの字を胸元に持ってくる技は簡便ではない。


「…これでコスチュームは出来た」


 手作り感はあるが、白地に真っ赤なKが映えるパーカーではある。


「これなら入場しても大丈夫やろ?」


 萌香は昂然と胸を張った。


 このあと音合わせをしてからメンバーは休んだのであるが、萌香だけは夜中に一人だけこっそり起きると再び何やら細工めいた作業をして、明け方近くなって再び終わると休んだ。





 翌朝。


 パーカーを見た花は驚いた。


「これって、萌香ちゃんが塗ったの?」


 6枚のパーカーにはそれぞれ、ポケットやらフードやら袖やら肩やら違うところに、金の星があしらわれてある。


「たまたま1本だけ金があったから使ってみた」


 とは言うのだが、1枚だけ星がない。


「6枚塗ったらなくなったし、これは私が着る」


 それにドラムは星入れても目立たんから──萌香は笑った。


「さ、ご飯食べたら行こ!」


 萌香にはそんな面があるらしい。





 ファンファーレが横浜スタジアムに鳴り響くと、


「チームが、入場します!」


 行進曲にアレンジされた前年度優勝校、聖ヨハネ学園津島高校〈リトルデーモン〉のナンバー「ヨワキモノタチ」に合わせて、北から南へとチームが順番に入場行進してゆく。


「愛媛県代表・玖浦高校、初出場」


 例のパーカーで7人のメンバーが入場すると、それまでコスチュームや制服で入場していたほとんどのバンドと違って、シンプルなパーカー姿で手を振る姿に、却って新鮮な雰囲気を覚えたのか、観客は拍手を送った。


 この日の玖浦高校の様子をたまたま観客席で見ていた、第9回大会準優勝のときの聖ヨハネ学園津島高校のリーダーであった、当時モデルとなっていた駒崎れいは、


「昔のスクバンって、こんな感じだったんだよね」


 と述懐している。


 駒崎礼によるとかつてのスクバンはコスチュームもどこか牧歌的で、演奏や曲のレベルもプロに求められるそれではなかった──という。


「それがいつしか本格的なバンド日本一を決める大会になってからは、少しずつ変わっていった」


 というのであるから、そうした中での玖浦高校のパーカー姿は却って高校生らしく、新しく見えたのかも分からなかった。





 玖浦高校のいる1次予選グループBは初日の午後開始で、少し休んだ程度ですぐ予選が始まった。


 演奏順は5番。


 採点と専用アプリを使って投票された点数のランキングで決まるシステムは変わらず、数字によって決まるためシビアではあるが、しかし点数がすべてなだけに明快で分かりやすく、それがスクバンの面白さにも繋がっていたらしい。


 もっとも。


 演奏する側にすれば数字で可視化されてしまう。


 正直たまったものではないのであるが、


「忖度ないからええんとちゃう?」


 というのが日向子の、冷徹を過ぎて却って清々しいばかりの見解である。


 4番目の八重山学院が終わると入れ替わりで玖浦高校が出てきた。


「それでは聴いてください、『MAP』」


 ボーカルの愛の声質に合わせた、どこかやわらかいバラードナンバーである。





 結果発表が始まると、萌香も花も緊張しているのか少し顔が紅潮し、動悸が他人に聞かれてしまうのではないかという

ぐらい高鳴っていた。


 画面に一度に出る予選結果を、ドラムロールと共に待つ。


 止まった。


「こちらの4校が準々決勝リーグ進出です!」


 画面を見た。


 4位に、玖浦高校の名前があった。


「…和泉橋が5位にいる」


 余りにも予想外過ぎたのは、それまで一度も初戦を落としたことがなかった和泉橋女子高校が5位で、初戦敗退となった事実であった。


「えっ…」


 菜々がいちばん信じられなかったようで、


「あの和泉橋が…」


 それっきり、菜々は言葉を失っていた。




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