8 未来
準決勝はABCDの4グループに分かれ、上位2校の計8校がハマスタこと横浜スタジアムでの決勝戦に進むことができる。
萌香が引いた抽選は、グループD。
勝ち残りの全16校が組み合わせ抽選を引き終えて決まったグループDは、
玖浦高校【愛媛】〈潮風SEVEN〉
聖ヨハネ学園津島高校【愛知】〈リトルデーモン〉
海老名実業高校【神奈川】〈カドゥケウス〉
これを見た菜々は、
「Flower Castleって…伝説のバンドやん」
思わず目を見開いた。
華城高校の〈Flower Castle〉は第2回大会の優勝校のバンド名と全く同じで、しかし当然ながら中身は違う。
「Flower Castleがいたから、今のスクバンがあるってぐらいスゴかったからね」
当時のメンバーの中に現在は女優となっている城間薫がおり、人気も歌唱力も圧倒的であった──というのである。
「城間薫って…あの城間薫?!」
「うん。今は女優さんやけど、スクバンOGなんよ」
菜々は知っていた。
日頃よくドラマや映画で見かける女優が、実はスクバンに出ていた──萌香は驚きを隠そうとはしなかった。
ところで。
準決勝あたりに来ると、バンド同士の交流も盛んになって来るのがスクバンで、しかも毎回顔を合わせる常連校となれば、
「お、今年も来たねぇ」
などというような調子で、ときにはスクバンの全国大会の直前ごろに、近隣県の強豪校同士の合同での合宿や対バンライブなども開かれる。
対バンでは特に全国大会でもめったに見られない組み合わせで開かれたりもするところから、中にはライブをネットの生中継で有料で配信したりするなど、活動の資金を調達する手立てにもなっていた。
グループDでいうところの聖ヨハネ津島と華城なんぞは毎回のように対戦するので、互いの手の内も知っているらしく、
「今回はボーカルの声質が少し低いから、大人っぽく攻めてきそう」
などと細かい見方をする。
華城高校あたりの有名高校になると、インディーズでCDを出したりしているところもあって、ちょっとしたアイドルバンドなみのような状況ですらある。
だが玖浦高校の場合は、そんな余裕すらない。
遠征費のことも萌香の様子に気づいた、菜々から聞いた市役所づとめの母親が市役所に掛け合い、市の予備費から一部を出すことでどうにか賄うことができたが、綱渡りのような状態であったことに変わりはなく、
「観光やないんやから、余計なもん買うたらいけんよ」
などと、金銭感覚にいささか難がある、貴族育ちのケイトに萌香が注意をする一幕もあったほどである。
聖良に至っては、なぜか隠しポケットのついた肌着に1万円札を何枚か忍ばせてあって、
「昔ながらのかなりアナログな手段やけど、母親が『遠出で現金持ち歩くならコレがえぇ』って」
まるで腹巻きよろしく身に着けていたが、ちょっとゴワゴワするらしく、違和感をおぼえながらも準々決勝まで戦っていたらしかった。
準決勝の日。
まずリーダーの萌香が引いた順番は4番。
演奏は華城、聖ヨハネ、海老名、玖浦と決まり、用意された控室でそれぞれ時間を過ごすのであるが、
「うちは…ちょっと」
日向子だけは何かあるのか、ナーバスになっていた。
やがてその原因が、華城高校のメンバーの一人であることは程なく分かった。
「お姉…ちゃん?」
入っておずおず近づいてきた一人のメンバーが発した単語で、日向子がなぜ控室を嫌ったのか、その理由で明らかになった。
「姉がお世話になっています、華城高校1年・兼康美奈子です」
折り目正しくお辞儀をした。
日向子に妹がいる話も聞いたことがなかったので一同、面食らったが、
「姉は少し気難しいところがあるんですけど…皆さんありがとうございます」
深々と頭を下げて、その場を離れた。
妹といるのが苦手であったのか、日向子はしばらくパウダールームにいたが、やがて頃合いを見たのか控室へ戻ってくるなり、
「さ…ほな行こか」
いつもの日向子に戻ったようで、ステージ袖へとスタンバイの声がかかったので楽器を手に移動した。
「あ、先行ってて。ピック忘れたから」
このとき取りに戻った花は、
「あのさ美奈子ちゃん」
「はい」
「ヒナちゃんに見つからないように、袖で見てたら?」
「でも…」
「だって久しぶりにお姉ちゃんに会ったんでしょ?」
だったら見ておきなって──そう美奈子に言い置いて花はステージに駆け出して行った。
ステージの演奏が終わって花がチラッと目線をステージ袖にやると、コッソリと去っていく美奈子の姿が見えた。
「…ヒナちゃん、今日はビックリやったよ」
まさか妹がいたなんて──戻りしなに花は言った。
「うちもまさかやったけど、でもこれで良かったのかも」
「…えっ?」
「うちら、姉妹でスクバン立つの夢やったから」
結果発表の前の休憩時間、日向子は宇和島に来た理由を語った。
「菜々には話したけど、そういえばみんなには話してなかったもんね」
顔を赤らめながら、しかし希望が叶ったのか、日向子は何かを果たしたかのような誇らかな表情を浮かべた。
結果発表が始まると、スクリーンが明るくなった。
1位は聖ヨハネ学園津島高校。
実力通りの、2年連続の決勝戦進出である。
そして玖浦高校は──3位。
点数は2位の華城高校とわずか4点差で、玖浦高校の快進撃はここで終了…ということとなったのである。
しかし〈潮風SEVEN〉の大躍進は出場バンドの間で、
──潮風フィーバー。
と呼ばれ、日向子はそれまでネックのペグに付けていた、いつも片時も離さなかったヒマワリのリフレクターを、美奈子に無言で渡した。
「お姉ちゃん…これ」
「…あんた、負けたら承知せぇへんで」
照れくさかったのか、ぶっきらぼうな言い回しではあったが、しかしそれは日向子なりの愛情の表現であるように花には思われた。
花たちメンバーが宇和島に戻った翌日、横浜スタジアムでの決勝戦は行なわれた。
部室のパソコンでネットをつなぎ、配信での生中継を見ていたが、華城高校の順番のときに日向子は、どういうことか離れたところで後ろを向いたまま、音だけを聴いていた。
「ヒナちゃん、美奈子ちゃん出てるよ」
萌香が呼んだ。
「…美奈子、緊張しとる」
「えっ?」
「…1箇所、音飛ばしよった」
果たしてあとから聴き直してみるとその通りで、内心は心配でたまらなかったらしい。
華城高校の結果は、準優勝であった。
優勝は桜城高校の〈チェリーブロッサム〉で、京都勢は第1回大会の
「やっぱりチェリブロかっこよかったなぁ」
菜々の明るく弾んだ声がする。
日向子は後ろを向いたまま、声を殺して泣いていたのかしばらく肩を震わせていたが、
「…まぁ、これでえぇんとちゃうかな」
目を真っ赤にしながらも、日向子は笑顔を花たちに向けたのであった。
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