2 夜景


 日向子にメンバーたちが会ったのはそれっきりではあったが、


「まぁ向こうには向こうの人生もあるし」


 萌香は気にしておらず、


「気になったら向こうから来るって」


 花もどこか大らかなところがあったのであるが、


「うーん…」


 菜々だけは気になっていたらしかった。


 練習終わりに、菜々は港の近くにある、留学生用の寄宿舎へと立ち寄ってみた。


「あ、菜々ちゃん…どうしたん?」


 最初に声をかけたのは同じ1年生の南聖良せいらという女子である。





 聖良と菜々は席も近く、何とはなしであるが話も合う。


「うん、あのさ…今度来た兼康日向子って子のことなんやけど」


 聖良と菜々はともに宇和島市内から来たが、菜々の家が大橋を渡ってすぐの坂下津さかしづであったのに対し、聖良の実家は市街地から少し離れた伊予吉田であるところから、寄宿舎に住んでいた。


「あー、名前は聞いたことあるけど、あの子寄宿舎にいないんよね」


「…え?」


「詳しくは知らんけど、何かどこだかにアパート借りて住みよるって」


 寄宿舎のほうがご飯も当たるしえぇのに──聖良は惜しむような言い方をした。





 翌日、菜々は宇和島市内まで用があると言い部活を休み、バスで港の近くにあった曙町の市役所まで出ると、


「あのさ…例の日向子ちゃんの件なんやけど」


 と市役所にいる母親に、菜々は連絡をつけてみた。


 すると母親から返信があって、


「あの子、ちょっと複雑なんやけどね…」


 そう言いながらも、日向子の家が和霊神社にほど近い鶴島町であることを教えてくれた。


 母親が送信してきた住所を頼りに鶴島町の日向子の家のあたりまで来ると、そこは新しく出来たマンションで、オートロックまでついている。


「これはさすがに無理やわ」


 すっかり諦めてしまった菜々は、ターミナルからのバスで帰るつもりで宇和島駅までとぼとぼ歩いた。





 すると宇和島駅の前で、


「…小梁川さん?」


 振り向くと、そこには日向子がいる。


「どうしたの?」


「…うちの母親、仕事が市役所なんやけど用事あって来て、その帰り」


 さすがに日向子の様子を探りに来たとは言えなかったのか、とっさに嘘をついた。


「そうなんだ…せっかく来たんだし、うち近いから家に寄る?」


「でも時間帯も夕方やし、そっちにも親とかおるやろし…」


「いないよ」


 だから大丈夫──日向子は言った。






 歩きしな日向子が菜々に語ったのは、日向子の両親の話であった。


「うちね、親が離婚して父親がいないの。まぁ厳密に言ったら新しく母親が再婚したんやけど…あんまり新しい父親とソリが合わなくて」


 それで離婚時の条件で、母親の地元である宇和島へ来たらしい。


「でも母親は宇和島に戻りたくなかったし、もう祖父母もいないから頼る実家もなくて、それで母親がツテコネで借りてくれたマンションに一人で住んでるって訳」


 年頃の娘やからってオートロックにしてくれたのはいいんやけど、毎日始発のバスで通わなアカンから眠くて──気持ちがほどけたのか、日向子は関西弁が出た。


 菜々は相槌を打つぐらいしか出来なかったが、


「小梁川さんって、どこか私と似てるような気がして」


 確かに島にいるときは少し孤独を感じなくもないが、それが日向子には、何となく似たような雰囲気をまとっているように思われたのかも分からない。





 例のオートロックマンションの中へ入ると、日向子の部屋は最上階で、慣れた様子でずんずん日向子は進んでいく。


 菜々はついていくのに必死で、気づいたときには日向子の部屋の前にいた。


「入っていいよ、まぁ何もないけど上がって」


「お邪魔します…」


 おずおず菜々が入ると、家具が少し置かれているだけの殺風景な部屋から、ライトアップされた宇和島城の天守閣が丘の上に見えた。


 菜々は思わず、


「こんなアングルで城見たの初めてや」


 感動の声を上げた。


「まぁ住んでたら分からないよね」


「でも眺めえぇね」


「ここからの景色は好きなんだよね、城があって…まるで子供の頃にいた大阪みたいで」


 規模も明らかに違うが、日向子にすれば城が見える窓は、かろうじてホームシックにならないであったのかも知れなかった。





 何気なく菜々は問うてみた。


「…友達とか来るの?」


「うぅん、小梁川さんが初めて」


「何で招いてくれたん?」


 しばし日向子は考えていたが、


「…何となくやけど、小梁川さんって私とどこか同じようなところがあるような気がして」


「そうかな?」


「だって…うちの高校ってアットホームやけど、たまに家族って息苦しくなる日があるやん」


 そこは分からなくもない。


 普段はありがたいことでも、余計なお世話に感じてしまう日もなくはない。


 その日は時分どきだから…と日向子が焼いたネギ焼きを一緒に食べて帰ってきたのであるが、


 ──何となくやけど、小梁川さんって私とどこか似てるような気がして。


 というフレーズが引っ掛かったまま、菜々は坂下津の家まで帰ってきたのであった。





 翌朝。


 いつものように部活に菜々がやって来ると、


「あ、おはよう菜々ちゃん」


 なぜか聖良がいる。


「あれから何となく…久しぶりに吹いてみたさ」


 そうやって手にしていたのはトランペットである。


「中学まであんなに好きで吹いてたのに、何か高校来てから吹いてなくて。でも菜々ちゃん見てたらまた吹きたくなっちゃって」


 たまに練習加わってもいいかな──聖良は述べた。


「私はえぇけど、軽音楽部は萌香ちゃんが一応部長さんやし」


 菜々は答えた。


 そこで聖良は萌香に話をしてみると、


「参加するぐらい気にしないで来ればいいのに…水くさいなー」


 萌香は笑顔で迎えてくれた。



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