はるかなるスタジアム─玖浦高校編─

1 九島

 唐突な話ながら、


 ──離島留学。


 という制度がある。


 僻地などにある小中学校、あるいは高校などで全国から生徒を募集し、地域ぐるみで生徒たちを見守りながら育ててゆく──というシステムである。


 主に子供の数が少ない離島の学校で盛んに行なわれ、中にはいじめや不登校などで学校に行けなくなった子供を里親として預かり、夢や進路など将来性のある子供を育ててゆく…というコンセプトで積極的に受け入れている学校もあり、愛媛にある私立玖浦くほ高校なんぞもそうした学校の一つで、玖浦高校の場合は教育を支援する団体が、かつて島にあった小学校の校舎を市から借り受ける形で、運営がなされてあった。


 しかし。


 当たり前ながら地元から通う学生もあって、大橋の近くにある集落から通う弘瀬ひろせ花という1年生に至っては自転車で通学している。


 全校生徒は50人足らずと規模は小さく、花の1年生のクラスも16人しかいない。


 しかし、各クラス約15人前後というコンパクトなクラスであったため、余り学年で別れてどうのこうのといったようなところもなかった。





 花が所属するのは唯一の文化系部活動である軽音楽部で、同じクラスの小梁川こやながわ菜々という宇和島市内からバスで通う女子と、花と同じ保育園からの幼なじみであった2年生の清家せいけ萌香もかという女子と合わせて3人で集まっては、楽器の練習をしたりするなど比較的のどかな部活動ライフを過ごしていた。


 ちなみに萌香は3月生まれ、花は4月生まれなので歳も近く、萌香がよく花の面倒を見たりもする。


 その点、菜々はどこか大人びたところがあるのか、一人で淡々とキーボードの練習をすることも多かったのはいうを俟たない。


 花は1年生の夏休み前、新しく留学してくる生徒の噂を、菜々から聞いた。


 菜々の両親は市役所づとめで、そうした人事の話題はよく食卓にものぼるようで、


「何か2年生らしいんだよね」


 しかも。


 菜々の母親いわく、関西から来るのだという。






 関西かぁ──そんな感想を漏らしたのは花で、


「やっぱり関西弁キツイのかなぁ」


 萌香は他方でそんな感懐を述べた。


「でもさ、こんな時期に来るなんて珍しいよね」


 通常なら来るのは4月か、あとは人事異動がある10月である。


 ところがこの話が出たのは夏休み前の7月で、少なくとも花や萌香はこの時期の留学生など聞いた例がない。


「どんな子なんやろね?」


「さぁ…何か聞いたところでは訳ありっぽかったけど…」


 萌香も詳しくは知らなかった。





 ところで。


 玖浦高校には制服らしい制服はない。


 そのため各自私服であったり、所謂なんちゃって制服のような服装でめいめい過ごすのであるが、放課後に職員室の近くで見かけた、ダークグレーのセーラー服姿の見かけない女子を花は、もしかして例の編入生ではないかと察した。


 髪質に恵まれた美しい黒髪が印象的な女子で、どことなく清楚で、深窓のお嬢さまのようなたたずまいをしている。


「…やっぱり都会の子は違うなぁ」


 小さく呟きながら、思わず花は見とれていた。


「花ちゃーん、早く早く」


 遠くで萌香の声がしたので、気にしながらも花は廊下を回れ右して萌香の声がする反対側の方へ、小走りに駆け出していった。





 夏休みが始まり、練習の登校日に花が校舎へやって来ると、校内を例のセーラー服を案内しながら歩いてくる担任と出くわした。


「お、弘瀬ちょうど良かった」


 2学期から2年生に入る兼康かねやす日向子ひなこや──紹介されると日向子と花は、互いに無言でお辞儀をした。


「こっちは弘瀬花。今日は軽音楽部は登校日か?」


「はい」


「じゃあ、ついでに見学させてやれや。兼康はギターやってるって話やから」


 担任に言われるがまま、花と日向子は部室の方へ向かうこととなった。


 担任は道中、軽音楽部が学校唯一の文化系部活動であること、残りはサッカー部とテニス部でたいがいの女子はテニス部を選んでいること──などを説明した。


「でも軽音楽部は人数も少ないし、何か重要な大会がある訳でもないしな」


 確かに。


 3人だがドラムとキーボードとベースなので、ギターやボーカルがいないし何か活動ができる訳でもない。






 どうも担任は日向子を入れたがっている様子ではあるが、しかしギターが来たところでボーカルがいる訳ではない。


「先生、うちのバンドはボーカルもおらんし、だいいち顧問もあんまり見に来よらんやないですか」


 花は思ったままのことを言った。


「それに日向子さんの気持ちも考えんと、仮に日向子さんが嫌じゃ言うたら先生どうすん?」


 これは花にすれば、


 ──大人は大人の都合でしかモノ考えよらんから。


 ということに対する反撥のようなところがあったのかもわからないが、


「それは兼康が決めることぞ」


 花は頭ごなしな調子に少し不満げな顔をした。





 部室に着くと、


「あれ、花ちゃんお客さん?」


「今度2学期から編入することなった兼康日向子ちゃん」


 取り敢えず部室見学させぇ言われたから連れてきた──あけすけな花の言い方に担任は渋い顔をした。


「一応、ギター出来るからって先生は軽音楽部入れたがっとるけど、本人の意志も確認しよらんでよう言うわって」


 花は遠慮なく物を言うところがあって、誰か相手でもいうなれば容赦がない。


 しかし。


「まぁ日向子ちゃんとせっかく知り合ったのも縁やし、少しお茶でもしようや」


 花が言うと萌香と菜々は、冷蔵庫から緑茶を出して日向子に渡した。





 話題は日向子のことが中心で、


「ギターは弾いてるけど、どちらかといえばソロで弾き語りとかしてるから、バンドはどうかなって」


「ほれ、やっぱり先生の思惑どおりにはいかんテ」


 花は勝ち誇ったような顔をした。


「まぁでもここにはいつでも遊びに来んさい。音楽やっとる子に悪い子はおらんから」


 萌香が言った。


「うちの学校は学年問わずアットホームやけど、たまに一人になりたくなる日もあるやろから」


 そのときはここに来たらえぇ──別に入部しろとも言わなかった。





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