8 決着
初めてのハマスタは秋晴れの高い空と、まるでコロシアムのような勾配のある観客席がまず目に入った。
当然ながら初の決勝戦である。
「ここまで来たんやから、やれる限りのことはやって終わろうや」
一穂は部長らしいことを初めて述べた。
「まぁ実際にステージで戦うの、うちらやけどね」
綾乃は減らず口を叩けるほど気持ちにゆとりが出来ていたらしかった。
決勝進出は8校。
北から順に、
神居別高校【北海道】〈ウパシカムイ〉
和泉橋女子高校【東京】〈AMUSE〉
星浦高校【静岡】〈STAROCEAN〉
聖ヨハネ学園津島高校【愛知】〈リトルデーモン〉
傳教館高校【兵庫】〈AIRSHIP〉
厳島高校【広島】〈厳島高校軽音楽部〉
那覇女学院大学付属高校【沖縄】〈うりずん〉
優勝経験校は神居別高校と和泉橋女子高校のみ、あとは県勢初優勝がかかっていたり、聖ヨハネ津島のように、悲願の優勝に向け勝ち上がってきたバンドなどが並ぶ。
順番は傳教館は8番目の大トリ、主な曲順は星浦3番、和泉橋女子5番、厳島6番──といったところである。
さすがに4連戦となると星浦のメンバーとも顔見知りになっており、
「伽倻子ちゃんコスメ何使ってるの?」
「侑ちゃんが前にツイッターで言ってたプチプラのオススメっての使ってるよ」
などと互いに女子高校生らしいトークに花を咲かせたり、
「りらちゃん、一緒にランチ行こ」
と一緒に食事に行ったりもする間柄になっていた。
特に部長の一穂と、星浦のバンドリーダー兼部長の侑とは説明会や組み合わせ抽選で顔を合わせる機会も多く、互いの連絡先を知っているほどである。
「あの…高梨部長、ちょっといいですか?」
この日も演奏直前の侑に呼び出され、非常階段の踊り場までやって来ると、
「これ、受け取って下さい」
紙袋を渡されると、侑は慌ただしく階段を駆け下りた。
中を見ると小さな包みの手紙が入っていたので、裏取り引きの賄賂と間違われても困ると思ったのか、ロッカーのリュックにしまうと、何食わぬ顔で控室まで戻って来た。
「…高梨先輩、何かさっき津島侑と出て行きませんでした?」
華子に問われたので、
「今度良かったら、みんなで星浦高校のある沼津に来ませんかって合同練習のお誘いやった」
一穂の手に紙袋はない。
「そっかぁー…でも紙袋さっき、津島侑が持ってたような…」
「紙袋? さすがにそれは知らんで」
一穂は小さな嘘をついた。
順番が進んで、いよいよ最後になった。
「敗けても勝っても締めくくりやから、ええ顔してパフォーマンスしょうや!」
初めて円陣に一穂が加わった。
ボーカルの華子を先頭にAIRSHIPの6人がステージへ小さくなってゆく。
消えたのを確かめると一穂はロッカーへ行き、津島侑からの手紙を開いた。
「いろいろありがとうございます。私の心ばかりの感謝を受け取ってください」
というメッセージカードであったが、小さな包みはチョコレートで、それはベルギーのブランドのチョコレートである。
「…でもただのお礼には値が張るし」
なんとも悶々とした心中のまま、再びしまうとステージ脇に戻った。
舞台袖に戻ると間もなく歌い終わったメンバーが帰ってきた。
「…カズ、ステージどうやった?」
「いつもより良かったような気がするんやけど」
問うてきた麗に答えた。
「…あのさ、もしかして侑ちゃんのこと気になってる?」
「なんで?」
「いや、何となく」
「…麗も変なこと訊くなぁ」
冷や汗が滝のように流れるような心持ちであったが、しれっとした顔で一穂は笑いながら引き上げていく。
決勝戦の結果発表はステージにメンバーが登壇し、まずベスト3を残して一度に発表される。
傳教館高校は、大健闘の5位入賞であった。
星浦高校は7位。
泣き出してしまった侑を、隣に居合わせた茉莉江が慰める一幕もあった。
「それでは優勝グループの発表です!」
暗転したステージにドラムロールが鳴り、やがてピンスポットライトが聖ヨハネ学園津島高校の〈リトルデーモン〉を照らした。
「今年の優勝は、聖ヨハネ学園津島高校・リトルデーモンです!」
通算最多、9回目の出場にして初の栄冠である。
風で紙吹雪が舞うなか表彰式が始まると、5位の賞状と入賞盾をボーカルの華子が受け取り、この年のスクバンはフィナーレを迎えたのであった。
以下、追記となる。
創部2年で5位入賞を果たした傳教館高校軽音楽部は翌年、西兵庫ブロック南地区予選敗退という、まさかの結果を残した。
部長の一穂が欠けたことが原因の一つといわれている。
地区予選の直前のゴールデンウィーク、一穂が横浜からの帰路に長距離バスの交通事故に巻き込まれて落命し、それまで敏腕マネージャーとして動いていた存在がいなくなってしまったことにより、バンドが機能不全に陥った──とされる。
「でもなんで横浜に…?」
伽倻子の疑念は、一穂のスマートフォンが破損したことで通信記録が分からず、長らく謎のままであった。
一穂の動機が判明したのは、麗が大学を出て卒業し、大阪の新聞社に入ってからのことである。
バス事故の取材を進めていくうち一穂の名前があらわれ、思い出した麗が開示請求でもたらされた資料をあたっているさなかに、同じ日に津島侑とともに行動していたことが判明したのである。
そこで津島侑に麗が連絡をつけてみると、
「…あのとき、私が逢いたいなんて言わなかったら」
侑から語られたのは、一穂と侑の秘められた関係であった。
ライバル校の部長兼マネージャーであり、侑は人気のあるバンドリーダーで、一穂も関わるつもりはなかったらしかったが、
「私が相談できるのが一穂くんしかいなくて」
ことあるごとに侑が相談するうちに親しくなり、自然と遠距離の交際に発展したようである。
「それで私があまりに逢いたいなんて言ってしまったから、わざわざ高速バスのチケットを取って逢いに来てくれて」
話を聞くうち麗は、一穂らしい人の良さが手にとるように理解できた。
「でもそれで帰りにあんなことになって」
侑は自分で自分を責めているようであった。
「…そんなことないよ、津島さんは何も悪くないと思う」
麗にはそうとしか言えなかったが、気性の激しい伽倻子に知らせることはためらわれた。
伽倻子が一穂の件の一部始終を知ったのは、スクバンの記念大会の際に特集されたエピソードドキュメンタリーの番組である。
「何で話してくれなかったの?」
伽倻子に問われた麗は、
「だって…そうやって怖い顔で言ってくるやろって思ったから」
これには思わず伽倻子は笑い転げてしまい、
「そんなんで怒るほど子供じゃないし」
伽倻子は少しだけ大人になっていたようであった。
一穂の件はその後ドキュメンタリー番組となり、
「スクバンサイドストーリー」
というエピソードの一つとして広く知られるようになると、マネジメントに脚光が当てられるようになった。
──高梨さんみたいなマネージャーになりたくて入部しました。
という希望者すら出た。
この一事だけで、一穂の事故は無駄ではなかったともいえるのであるが、このドキュメンタリーの際に求められたインタビューで伽倻子は、
「天に意思があるとしか思えない」
と述べている。
確かに高梨一穂という、いわば伽倻子たちの夢を叶えるため世にあらわれた者を、彼女たちが夢を叶えたあと天が惜し気もなく召し還した──そう見られても仕方がないであろう。
ちなみに事故後の一穂は荼毘にふされ、今は静かに町はずれの菩提寺の地下の納骨堂に眠っている。
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