7 宿敵

 明るくなったスクリーンを見ると、最優秀金賞の欄に傳教館高校の名前がある。


「兵庫県代表は、県立傳教館高校に決まりました!」


 奇跡、としかいいようがない。


 集計結果は、何と赤穂商業とわずか数票の差であった。


「3か年計画…1年前倒しやん」


 一穂が知る限りの3か年計画は、3年生で全国大会出場──というものである。


 がしかし、伽倻子は、


「私から見たら予定通りかな」


 伽倻子いわく3年生は全国大会の上位進出で、それまでに出ないとはしていない──というのである。


「だから、これでいいの」


 伽倻子の図太さというか、肝の据わり方というか──そうしたものに一穂は半ば唖然としながらも、伽倻子はもしかしたら我が身を持て余しているのかも知れない…というようなことを、うっすら悟っていた。


 ちなみに創部2年での全国大会初出場は最速記録で、ついでながらこの記録は現在も破られていない。





 1年生と2年生だけで構成されているバンドは他にもあったが、創部2年という事実は衝撃的であったのか、


 ──スクバン注目の台風の目。


 と、地区予選を追い掛けている専門雑誌で特集記事が組まれたほどであった。


 この年、つまり第12回大会は創部から5年以下の日が浅いバンドは最終的に4校が全国大会への切符を手にしたのであるが、傳教館高校以外は創部5年ないし4年で、当たり前ながら3年生メンバーがいる。


 中でも創部4年で初出場を果たし、2期連続出場となった静岡県代表・星浦せいほ高校と並んで特集された際には、


 ──人気の星浦、実力の傳教館。


 と呼び称された。


 理由は星浦高校がもともとスクールバンドだけでなく、いわゆるアイドル活動などにも力を注ぐ芸能系に強い高校で、卒業生にはアイドルグループ〈BLUE MOON〉の花島あや菜などがおり人気が高かったことに対し、傳教館高校はりらのバイオリンや伽倻子のギターの演奏力が話題となっていたことによる。


 さらに星浦高校は、創部4年目から決勝進出2回連続という新進気鋭の強豪校であり、そこへ約200年以上の伝統がある旧藩校系の傳教館高校があらわれたのであるから、着目するな──というほうに無理があるであろう。


 その星浦高校と組み合わせ抽選で同じグループBに入り、



  傳教館高校【兵庫】〈AIRSHIP〉

  星浦高校【静岡】〈STAROCEAN〉

  和泉橋女子高校【東京】〈AMUSE〉

  椿ヶ原高校【宮崎】〈Camellia〉

  秋田学院高等部【秋田】〈小町娘。〉

  西ヶ原学園高校【奈良】〈西学軽音部〉



 という、傳教館高校以外みな決勝経験校が揃う激戦必至の組み合わせが決まり、


 ──DEATHグループ。


 という、大会屈指の好カードが出来た。





 先に結果から記すと1位通過は下馬評どおり星浦高校で、傳教館は4位通過でギリギリのラインであった。


 それでも第10回大会の優勝校である秋田学院の上に来たことから、


 ──番狂わせが起きた。


 この一事だけで、早くも騒ぎ立てるメディアが出た。


 さらに驚いたのはこのあとの組み合わせ抽選で、再び傳教館高校は星浦高校と同じ準々決勝ブロックAに入ったのである。



  星浦高校【静岡】〈STAROCEAN〉

  傳教館高校【兵庫】〈AIRSHIP〉

  法華津ほけつ高校【愛媛】〈レギュラー〉

  弘道館大学高校【佐賀】〈がばいバンド〉



 ここでの対決は傳教館高校が2位通過、星浦高校が1位通過で、しかしながら僅差での1位2位であっただけに、


「やっぱり強いよなぁ」


 伽倻子は全国大会のレベルの違いを見せつけられていた。


 ここで部長の一穂が組み合わせ抽選で引いたのは準決勝グループD。


「さすがにまた、ここでも星浦高校と当たるなんて漫画みたいな話はないやろ」


 その直後、星浦高校のバンドリーダー・津島ゆうとすれ違ったのであるが、彼女が引いたのはまさかのグループDで、


「…あの、これって引き直しはできませんか?」


 津島侑が思わず、問い直したほどである。


 同一校が2回連続で同じグループになったことは過去、第4回大会で鹿児島理科大学高校と茅ヶ崎学園高校の例で1度だけあったが、3回連続は史上初の椿事である。


「…二度あることは三度あるとは言うたもんやな」


 一穂のニベもない言い回しがあまりに可笑しかったのか、津島侑は思わずその場で吹き出してしまった。





 戻って来た一穂から説明を受けたメンバーは、


「わざと引いてない?!」


 などと疑われる始末であったが、


「俺が引いたあとに向こうが引いとるから、小細工も八百長もできるスキがあれへん」


 一穂は思わず反論した。


 他方で星浦高校の〈STAROCEAN〉の方でも、


「あの兵庫の部長が隠れイケメンだから狙ったんでしょ」


 とメンバーから揶揄される有様で、準決勝当日の順番決めのくじ引きでは、


「なんの因果でこんなことになったか」


 と、一穂は遭遇した侑と互いにぼやいたりもした。





 準決勝のグループDは、注目の対戦となった。


「奇跡の3連戦」


 と呼ばれ、一般用に開放された1席1000円の2階観客席の前売りチケットが、ネットオークションで17000円という値がつくほどの話題となる様相で、同じグループに入った青森義塾高校の〈イエローアップル〉と、岐阜の郡上第一高校の〈七両三分〉のメンバーたちからも、


「こんなレアな経験に立ち会えるなんてラッキーです」


 などと言われ、もはや自身たちの予選通過より、3連戦の対決を楽しみにしている様子ですらある。


「あのなぁ…いっぺんこんな目に遭ってみぃっちゅうねん」


 一穂は頭を抱え込んでしまっていた。


 史上初の珍事は当然ながらメディアが集目し、普段なら準決勝なんぞには来ないはずのテレビカメラが10基近く集まっているではないか。


「うわあぁー…やりづらいわぁ」


 ボーカルの華子は露骨に嫌な顔をした。


「まぁ場馴れしてる星浦のほうが目当てなんやろしねー」


 茉莉江はリサーチ済みで、津島侑がモデル並みのビジュアルであることから、


「東京のマスコミなんて所詮そんなもんやって。うちらみたいな関西の田舎のイモ姉ちゃんなんか、箸にも棒にも爪楊枝にもかけへんって」


 などと毒づく始末であった。





 順番は星浦が3番で4番が傳教館である。


「やっぱり何回観ても星浦高校の津島侑ちゃん、可愛いよねぇ」


 あの清楚で可憐な佇まい──綾乃は舞台袖で見とれていた。


「あのねぇ…あの子にうちら勝たなアカンのよ」


「そんなこと麗に言われたって…」


 演奏が終わって、星浦高校が引き上げてきた。


「…いいなぁ、バイオリン」


 津島侑が見たのは、りらが手にしていたバイオリンである。


「ストリングスがいるバンドって羨ましいなぁ」


 スクバン終わったらセッションしたい──津島侑は本気のこもった言葉を残して去っていった。


「…さぁ、行くよ!」


 伽倻子の勇ましい声がする。


 AIRSHIPの6人はライトに照らされたステージへ速足で駆け出していった。






 パフォーマンスを終えて、ようやく人心地つけたのは結果発表前の僅かな時間で、


「これで決勝行ったら、また星浦と対戦せなアカンくなる」


 そうなると新記録の4連戦で、それがちらついていたこの最中になると麗なんぞは、


 ──こうなったら4連戦でも何連戦でも同じやん。


 と、半ば投げ遣りなところも、なくはなかったらしい。


 他方で部長の一穂はトイレから出たところで侑に声をかけられていた。


「あの…連絡先聞いてもいいですか?」


 良かったら合同練習したいので──侑と一穂は互いの連絡先を交換すると、それぞれの席へと分かれた。





 司会のアナウンスで、


「それでは決勝進出バンドの発表です!」


 ドラムロールのあと、ステージのプロジェクタスクリーンに結果が映し出されるのは予選と変わらない。


「これが心臓にあかんねん」


 一穂はこの瞬間だけは、悪夢にうなされることが後々まであったらしい。


 歓声が上がった。


 見ると、


  1位 傳教館高校【兵庫】〈AIRSHIP〉

  2位 星浦高校【静岡】〈STAROCEAN〉


 という文字が見えた。


 初めて星浦高校の上の順位になったことのほうが、決勝進出より衝撃的であったらしく、


「…でもこれで4連戦やね」


 という茉莉江の一言で一気に勝利の熱は冷めてしまったのであった。




 

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