6 変身
話が少しだけ遡る。
無事に文化祭ライブが終わって程なく、
「ライブ観たんですけど…体験入部って出来ますか?」
おどおどしながらもやって来たのは、華子のクラスメイトの
「もちろん、今なら入部もできますよ」
一穂は笑顔で答えた。
「あの、私…楽器はバイオリンなんですけど」
りらの予想だにしない言葉に一瞬、一穂は面食らった顔をしたが、
「バンドでバイオリン…取り入れてみたら面白そうやない?」
聞いていて反応を示したのは茉莉江である。
「ちょっと弾いてみて」
すると上月りらはケースからバイオリンを取り出し、その場でツィゴイネルワイゼンをさらりと弾いてみせたのである。
「…まぁうちの高校に、音楽系の部活はココしかないからなぁ」
よっしゃ、採用──一穂は入部届の書類を出した。
一穂が訊いてゆくうち、りらは作曲ができることが分かった。
「もしかしたら上月さんは、うちのバンドの救いの神になるかも分からんで」
触発されるように華子も、
「私も何か楽器してみようかなぁ」
「初心者向けならサックスかな。すぐ音出せるし」
麗のアドバイスもあって、ハラショー先生が譲ってくれたサックスで華子も練習をすることとなった。
合わせて6人となったAIRSHIPは、エントリーの際に入部したばかりのりらをメンバーに加えた。
「フォーメーション変える?」
「バイオリンは間奏とかイントロとか効果的に使うのがえぇから、キーボードの隣がええのとちゃうかな」
麗たのむわ──一穂はここぞというとき、麗を頼ることがある。
気心の知れた幼馴染みであったからなのかも知れない。
麗は少しだけ面倒くさそうな顔をしながらも、一穂がいちばん頼みにしているのは自分であることを、内心では誇らしく思ってもいたようで、
──もしかしたら私のことを、好きなのかも知れないって思ったりしたこともある。
と後日、語っている。
話を本題に戻す。
夏休みの合宿が終わるとすぐ、西兵庫ブロック予選の地区予選が始まった。
地域にもよるがだいたい4校ないし5校で地区予選を戦い、さらにブロック予選へ進み、最後は兵庫県予選を戦うシステムとなっているのだが、
傳教館高校〈AIRSHIP〉
赤穂商業高校〈レッドソルティ〉
福崎工業高校〈テクニカルガール〉
聖ヨハネ学園姫路高校〈聖歌隊〉
龍野商工高校〈ダブルリング〉
という地区予選を2位で傳教館高校は通過し、8月の西兵庫ブロック予選も2位通過で、9月の県予選出場まで来た。
このとき赤穂商業の〈レッドソルティ〉には2度立て続けに1位を譲っており、
「やっぱり
珍しく伽倻子が電話口で弱音を吐いた。
「ねぇ…カズ、どうなるのかな?」
LINEで伽倻子は甘えたような質問をしてみた。
「伽倻子ちゃんなら大丈夫」
自分を信じなはれ──一穂は諭すように励ましてみせた。
県予選はブロック予選の成績から選ばれた上位16校によって競われ、最優秀金賞が兵庫県代表としてハマスタの全国大会へ進むこととなる。
「上ヶ原学院と葺合国際情報が敗けたのは驚きやったよね…」
強豪でも順当に勝ち上がれる訳ではない──というのが、スクバンの厳しいところで、四天王の一角を崩したのは尼崎
──尼崎じゅうのヤンキーが集まる高校。
といわれていた尼崎城東のスクールバンド〈スケバンスクバン〉は、いわゆるスケバンファッションに身を包んだメンバーによるパフォーマンスで、あまりの斬新さに注目を海外からも集めていたのであるが、
「さすがにうちのバンドは地味やからなぁ」
麗も綾乃も、ブロック予選で見せていたサウンド重視の普通のパフォーマンスでは勝てない──という危機感を隠せずにいた。
一穂も思うような案が浮かばなかったのであるが、
「…こうなったら薙刀部の道着でも着る?」
随分と乱暴な案ではあるが、伽倻子の奇抜な案ぐらいしかなかった。
「さすがに道着やと似たような感じになるから、いっそ甲冑みたいのにするとか、とにかく振り切った感じにせんと勝たれへん」
そこで一穂が思い出したのは、かつて地域の歴史で習った福崎藩の忍者部隊・
渋染組というのはかつて福崎藩にあった情報の収集を目的とした特殊部隊のことで、地味な柿渋染めの装束を着ていたことから渋染組と呼ばれていた。
「そんで、さすがに茶色の忍者衣装はイロモノやから、みんなで茶色のコーディネートにして渋染っぽくする」
いわば現代版の渋染組という訳である。
「なるほど…茶色コーデなら大人っぽくなるし、服も探しやすい」
この案に、茉莉江と華子とりらは乗った。
綾乃も納得はできた。
麗も否定はしなかった。
はじめ伽倻子は難色を示したが「みんながそれでいいなら」と最後には理解を示してくれた。
この伽倻子の変貌ぶりには一同おどろいたようで、
──何か変なモンでも食べたんちゃうか。
などと綾乃にからかわれる始末であったが、しかし伽倻子は、
「いや…別に何も変わってないと思うけど」
と、どこかとぼけたような顔で飄々と述べた。
県予選当日。
会場となっている神戸のホールに来た、制服を着たマネージャーの一穂以外、AIRSHIPの6人のメンバーは全員お揃いの茶色のロゴ入りのパーカーという衣装になった。
ロゴは部活動のユニホームと同じく隷書の縦書きで「傳教館」とある。
「まぁうちのスクールカラー、エンジ色やもんな」
エンジ色が茶色と似てなくもないだけに、違和感もなかったらしい。
くじ引きで決まる演奏順も、16校中14番と決まった。
「取り敢えず11番の尼崎城東とは順番も離れたみたいやし、あとはうちらのパフォーマンスするだけやな」
と、そのときである。
「おーい!」
何やら男臭い一団が、AIRSHIPの前にあらわれた。
「これより、応援団によるエールを送る!」
といってやって来たのは、かつて伽倻子が論破した例の卒業生が率いる、以前存在していた応援団の面々である。
古風な応援団による演舞が始まると、一際大きな声で、
「これより兵庫県立傳教館高等学校の健闘を祈りーっ、三三七拍子を執り行のうーっ!」
どこから担いできたのか、太鼓の音も勇ましく、三三七拍子が始まると、周囲の注目は今どきな雰囲気のAIRSHIPに集まってゆく。
このバンカラというか、どこか前時代的でありながら、それでいて応援のためにわざわざ神戸まで小一時間かけてやって来たことに、メンバーは感動をおぼえていた。
「それでは健闘を祈る!」
応援団たちが去ると、一緒の電車に乗り合わせてそばにいた、予選で見慣れた赤穂商業の制服を着た、沖野やよいというバンドリーダーが近づいてきて、
「何か…感動しちゃいました」
彼女の赤穂商業は強豪ながら、今だに軽音楽部は軽薄なもの──という認識が強いのか、強くなって全国大会に出られるようになった今でもなかなか応援に来てくれる卒業生が少ない旨を述べてから、
「私たちもみなさんみたいに、みんなに応援されるスクールバンドを目指して頑張りたいと思います!」
そう言うと、目を潤ませていた沖野やよいは立ち去った。
控室で出番を待つあいだ、麗と一穂は並んで座った。
「あれだけの赤商みたいな強豪でも、あんなことがあるんやね」
「うちらは…期待されてるんやね」
たまたまAIRSHIPは一穂というマネージャーがいて、それでどうにか成り立っているように麗には思われていた。
「あのさ、カズ…私ね」
「…傳教館高校の皆さんは、スタンバイよろしくお願いしまわす!」
スタッフの声がした。
「えぇ顔してパフォーマンスしてきーや」
「うん!」
麗はうなずいた。
館内のアナウンスが、
「14番、傳教館高校。AIRSHIP」
メンバーたちは促されるように登場し、全て位置につくと、
「それでは聴いてください。『あるいはあの日、あの頃』」
麗のピアノとりらのバイオリンから始まる、ミディアムテンポのナンバーである。
無事に終わると席を移動し、ちょっとした休憩を挟み結果発表は始まった。
スクリーンに集計結果が出されるのは変わらない。
銅賞にも、銀賞にも傳教館高校はなかったことから、少なくとも通称ダメ金であることだけは察せられた。
ドラムロールが鳴る。
暗転した後、スクリーンが明るくなった。
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