5 学祭
酒井華子と伽倻子が和解したことで、AIRSHIPは新しくメインボーカルが加わることとなった。
華子の歌声を聴いた麗は、
「こんな声の子が世の中にいるんや…」
思わず口をポカンと開けてしまった程である。
部活動としても本格的に始動し、まずはゴールデンウィークの初ライブに向けた練習も始まった。
オリジナル曲はピアノが麗とギターの伽倻子が一緒に作って、それに英語に強い綾乃と現代文の成績が良い茉莉江が詞をつける──というスタイルが固定していった。
が。
それだけでは卒業後に続かないと見た一穂は、
──作詞作曲の出来る部員を募集する。
という手を打つことにした。
予想もつかない一穂の発想に、
「そんな先のことなんて…考えんでもええんとちゃう?」
麗にはそう言われたが、
「打てるだけの手はすべて打つ。それがマネジメントや」
この時期から一穂が読んでいたのは、意外なことに古本屋で二束三文で買った「孫子」の兵法書である。
──どうしたらスクバン3か年計画を完遂できるか。
という大目標から、フィードバックして何をすればいいか…ということを盛んに練っていたようで、
「それで行けば、今の時期にはこれをしとかなアカンってことがだいたい分かる」
それで作詞作曲の出来る部員を募ることにしたらしい。
ゴールデンウィークの初ライブの日は5月5日。
「場所は高校のグラウンドで、晴れやすい日を選んだ」
屋内ならわざわざ来なければならないが、屋外なら風にのって音が拡がり、関心の薄い人も来る。
「そんなところまで考えるようになってたなんて…」
マネジメント能力を見て、部長に推挙した綾乃は炯眼であったといっていい。
当日、初めてのライブを見に生徒や保護者、あるいは近隣から観衆が集まってゆく様子を校舎から見、
「私たち大丈夫かなぁ」
この頃いっぱしのベーシストになっていた茉莉江が不安を口にした。
すると。
「茉莉江ちゃんなら大丈夫。俺は見とったけど、すごく努力して練習してたやん」
一穂は信頼しきった顔で述べた。
キーボードの麗に至っては少し震えていたが、
「へぇ…麗でも緊張するんやね」
初めて見たわ──幼馴染みらしいジョークでほぐしてみせた。
ライブが始まると、それまで数十人といった観衆は次第に集まりだした。
「私達の初めてのライブ、楽しんでますか?」
ボーカルの華子は少し表情が硬かったものの、次第にほぐれていったらしく、中盤ごろからはすっかりいつもの華子になっている。
曲数はカバーを含めて10曲ほどであった。
舞台裏で無事に成功したライブを見届けた一穂は、
「次は文化祭やな」
早くも6月の文化祭に向けたプランを考え始めていた。
伽倻子の3か年計画を着実に成功させるために一穂が重要視していたのが文化祭で、
──ここで上手いこと行けば夏合宿のあとの県予選が楽になる。
という計画であった。
というのも兵庫県予選は全国大会と同じくグループ予選を何度も勝ち抜かなければならず、しかも四天王と呼ばれる強豪校が4校もある。
特に傳教館高校のある西兵庫ブロックには姫路の
ちなみに東兵庫ブロックは
全国有数の激戦区である兵庫県予選を勝ち上がるには、オリジナリティと技術的なスキルがないと勝てない──伽倻子がエントリーを1年延ばした理由を、一穂は理解できていたのである。
なお、文化祭ライブは講堂が会場となる。
ここで。
一穂が打って出たのは、ライブをオンライン配信で生中継する──という奇想であった。
「高校生のバンドの生中継なんか誰が見るの?」
伽倻子は懐疑的であったが、一穂には勝算があった。
この時点から遡ること3年前の第9回大会で初優勝を遂げた、北海道代表の
神居別高校は傳教館高校と同じように地方の小さな高校であったが、しかしオンラインで注目されたことから実力がレベルアップし、最後は全国大会で初出場初優勝という快挙を成し遂げている。
「せやから、オンラインで生中継してゲームの実況動画みたいにしたら見る人出るかも知れんやろ?」
ある種の賭けではあるが、
「敢えて無人の荒野を征く」
というところに拠った策であったらしい。
結果から記す。
一穂の策はものの見事に当たった。
ライブに実況をつける──という誰も思いつきそうで思いつかなかった奇策が、物見高くシビアな海外のネットユーザーの間で話題となったのである。
一穂が自らのタイムテーブルを作りあらかじめ大まかな原稿を英語で用意し、それをアドリブで日本語で肉付けする──という手法を採用したのも、このときには奇跡的に上手く運んだ。
海外で話題となって、いわば逆輸入された格好となったのも大きかった。
「まぁ日本人は外圧に弱いから」
などと一穂は
「ほらね、高梨くんはやっぱり違う視点で見てる」
綾乃だけは昂然と胸を張った。
エントリーが済んで県予選の組み合わせ抽選の結果が知らされると、AIRSHIPのメンバーは愕然とした。
いきなり初戦で赤穂商業のいるブロックに入ってしまったのである。
「…終わった」
麗が呟いたのも無理はない。
赤穂商業といえば全国大会の決勝進出3回、最高成績は準優勝という四天王の中でも屈指の強豪校で、いまだ無冠ながら毎回優勝候補に挙げられる安定した実力が持ち味のバンドである。
「うちの街が鳥取だったらなぁ」
という茉莉江の発言には解説が要る。
日本でもっともエントリーが少ないのは隣の鳥取県で、わずか13校しかなく、逆に最多は大阪府で199校である。
兵庫県予選の参加校は120校。
それを東西南北のブロックに分かれて勝ち上がり、最後に16校で最終予選を戦う。
そのため少なくとも3曲は用意する必要があり、当たり前ながら勝つには技術や総合力も求められるのである。
これにはさすがに一穂も頭を抱えた。
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