8 奮闘


 第11回全国スクールバンド選手権大会、通称スクバンの本選が始まると、1次予選のグループGに入っていた己斐高校〈スクールバンド同好会〉は、大会7日目に登場した。


 演奏順は当日のくじ引きで決められるのであるが、


  相模原国際情報高校【神奈川】〈blue stars〉

  西ヶ原学園高校【奈良】〈西学軽音部〉

  靖脩館高校【高知】〈靖脩館スクールバンド〉

  岩見沢商業高校【北海道】〈軽音楽部〉

  己斐高校【広島】〈スクールバンド同好会〉

  聖ヨハネ学園津島高校【愛知】〈リトルデーモン〉


 という順番となった。


 下馬評では聖ヨハネ学園津島高校がダントツの評価で、己斐高校を挙げる評はほとんどない。


「まぁそのほうが気楽じゃし、それにうちらは初出場みたいなもんじゃし」


 千沙都は表向き平然としていたが、


「千沙っちは嘘ついとる。だって千沙っちは嘘つくとき鼻触りよるし」


 僅かな仕草で見抜くあたり、舞との付き合いの長さが分かろう──というものである。





 出番が5番目というのもあってチューニングやリハーサルには余念がなく、しかしあっという間に出番は来た。


「己斐高校の皆さんはスタンバイしてください!」


 スタッフに促され舞台袖まで来ると、前の岩見沢商業の軽音楽部がすでにステージに立っている。


「何かワクワクするね」


 千沙都は初めての本大会に少し顔が紅潮していたらしい。


 岩見沢商業の歌唱が終わると、


「5番広島県代表・己斐高校、スクールバンド同好会」


 一斉にステージに出ると、ギターのセンターボーカル・千沙都、キーボード・舞、ベース・翔子、ドラム・美鶴──といつもの位置に着いた。


「それでは聴いてください、『あの日の空』」


 翔子の詞に舞が曲をつけた、バラード系のナンバーである。


 パフォーマンスが終わり、予選と同じように観客席へやってくると、


「緊張したー」


 小さく千沙都に舞が囁いた。





 評価はインターネット投票と、カラオケにも使われている音程やミスなどで減点する自動審査の点数を合算して出た評価で順位が決まる。


「千沙っちが歌上手いから大丈夫やって。だって千沙っちカラオケで満点取ったことあるけぇ」


 舞は千沙都が満点を取ったことがあることから、1次予選は通過するだろうと見ていた。


 確かに何人かピックアップされる今大会注目のボーカルの一人として、織原千沙都の名前は知られており、


 ──カラオケ満点の注目ボーカリスト。


 として、専門雑誌で特集記事が組まれたほどである。


 ところが当の千沙都は内心では「もしかしたら1次予選を通過できないかも知れない」という思いを持っていたらしく、


 ──逃げ道かも知れんけど、でも自分のことは自分がいちばん知っとるけぇ。


 という偽らざるところもあったようである。


 そうした中、結果発表は始まった。


 ステージのスクリーンに1度に結果は出る。


 ドラムロールが鳴ると、誰もが手を組んで祈るように結果が出るのを待った。


 出た。


「マジ…?!」


 舞の悲鳴にも近い声で千沙都は悟った。





 己斐高校は──6位。


 つまり最下位で1次予選敗退である。


「うそ…あんなに千沙っち上手かったのに」


 あとから分かったが、技術点が伸びずに最下位になってしまったらしかった。


 千沙都は無言のまま頬に涙を伝わせ、


「…でもここまで来たんだもん、胸を張って帰ろう」


 気丈に笑顔を浮かべた。


 翔子も美鶴も確かに涙は浮かべたが、舞ほど悲鳴を上げるようなことはなかった。


「千沙都ちゃん…」


「美鶴ちゃんと翔子ちゃん、そして何より舞やんのおかげでハマスタの開会式まで来れた。うちらには来年がある」


 だから今回は胸を張って広島に帰ろう──千沙都の健気な言葉の端々からにじむ悔しさが、ありありと手に取るように美鶴は分かったのか、帰りの新幹線のトイレの中で、美鶴は声を放って泣いた。





 雨の上がった広島の街は虹がかかっていた。


 広島駅には帰着を伝えていなかったはずの佐伯海と、阿品璃子と世羅茜が迎えに来ており、


「おかえり」


 スクバンお疲れ様──茜の言葉に翔子は涙をこらえ切れなかった。


 思わず二人にハグをして泣きじゃくる翔子を、茜と璃子は頭を撫でて慰めた。


「みんなありがとう。でも…期待に応えられなくてごめんなさい」


 千沙都は深々と頭を下げて詫びた。


「千沙都ちゃんが謝る話じゃないって…だってあれだけ強豪ばっかりいたら難しいって」


 また合宿して一緒に頑張ろ──世羅茜が述べた。


「それに…うちの会長も今回の件でスクバンに理解を示したみたいやから、次はこっちが頑張ればえぇんかなって」


 海は今度の生徒会長選挙に出ることを決めたらしかった。





 以下、余話となる。


 海が生徒会長となったのはスクバン本戦の翌週で、軽音楽同好会は晴れて軽音楽部へと昇格を果たした。


 予算もついた翌年度、3年生となった千沙都が率いる〈スクールバンド同好会〉は広島県予選で呉一に次ぐ3位となり、ハマスタへ行くことは最終的にかなわなかったが、一緒に合宿をしていた厳島高校のスクールバンド部が優勝して全国大会の切符を掴んだ。


 世羅茜がいるバンドである。


 この世羅茜は2年生部長として全国大会に初出場を果たすと、次々と並み居る私学を倒して勝ち進み、初出場で決勝戦まで進んで最後は8位となった。


 広島県代表の決勝進出が実に3年ぶりであった──というのもあって世羅茜は一躍時の人となり、


 ──宮島の女神。


 という異名を取り、後に京都の大学へ進学し、しかしその後は一般の企業に就いて現在に至る。


 また阿品璃子はこのとき予選で4位となり、玖波高校を出たあとは専門学校へ進んで美容師となり、そこで偶然知り合った佐伯海と交際した。




 桜庭美鶴は卒業後はすぐ銀行へ就職し、転勤で大阪へ異動。


 頼兼翔子は千沙都の後を受けて部長となったが広島県予選の壁を遂に突破することが出来ず、卒業してから後は音楽の世界とは縁を切った。


 阿川舞も大学では音楽をせず、そのまま市役所へ就職。


 そうした中、もっとも激動であったのは千沙都で、卒業してのち横浜の大学へ進んだあと、一時はプロのギタリストとして音楽番組に出たりなどもしたが、どういう訳か忽然と辞めてしまっている。


 もともと一人っ子であったところに来て、この段階で千沙都の両親は他界しており、周囲にも知らされないままの出来事であったらしく、動機は皆目分からずじまいであった。


 風説では海外に渡ったという噺もあるものの、確証がなく噂の域を出ない。





 はるかな後日、璃子と翔子、舞が袋町のカフェで再会した折にスクバンの話題となり、千沙都の話も出たが、


「でも千沙っち先輩がいなかったら、多分スクバン出られんかったよね」


 翔子が述べると、


「あんなにリーダーらしくないリーダーもいなかったけど、逆に千沙都さんだからみんな集まったんじゃない?」


 璃子は千沙都がよく気を配っていたところを合宿のときに見ており、それを指したらしい。


「…また会えるかな?」


「きっと会えるよ」


 そんな会話を交わしながらアーケード街へ出ると、夜風が心地よかった。


 しばし赤信号を無言で待っていたが、青に変わると電停を目指して、3人は歩き始めた──。





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